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第29話:ガオー

「なるほどなあ、記憶がさっぱりか。そりゃ大変だろうが、まあ、こいつも似たようなもんだし、なんとかなるさ」

 これはテオックの言葉の翻訳。


「ありがとう。テオックもヨウヘイも、みんな優しくて嬉しい」

 これはルシュの言葉の翻訳。


「この村の連中は、どいつもこいつもお節介なほど良い奴ばかりだからな。

 ルシュもすぐ馴染める。安心しろよ」

 テオック…の翻訳。


「うん。でも、みんなには迷惑をかけちゃったから……何かお詫びがしたいな」

 ルシュ…の翻訳


「いーっていーって、そんなの気にすんな。

 なあ、ヨウヘイ?」

 テオック…の翻訳。



「えっ、あっ……ああ。ルシュ、テオックの言う通りだ。

 あんまり自分を責めなくていいぞ」

 一瞬固まってしまった後でおれは口を開く。


 通訳を挟みながらの会話は、思いのほか神経を使う。

 実際には「通訳」と言いつつも、脳内で自動的に変換される言葉をそのまま口に出しているだけなのだが、

 専門職の人に申し訳なくなるような妙な気恥ずかしさがある。

 おまけに、不意に話を振られると、思考の切り替えが追いつかずに焦ってしまう。


「でも、俺は嬉しいよ。テオックとルシュが、こうして言葉を交わせていることがさ」


 互いの性格の良さが、この奇妙な状況を繋いでいるのだろう。


「な? だから言っただろ、俺たちなら仲良くやれるって」


 テオックが自慢げに鼻を鳴らす。

 ついさっきまで椅子から転げ落ちそうになっていた男の台詞とは思えない。


「おい、掌を返すのが早すぎないか」


「……テオックは、なんて言ったの?」


「こいつは『俺のおかげだ』って威張ってるんだよ」


 俺が意訳を伝えると、ルシュが楽しそうに声を上げて笑った。

 そして、いたずらっぽく両手を掲げ、テオックに向かって「ガオー」と猛獣のポーズを披露してみせる。


「おおっと! 冗談だ、今の冗談だって。ホントホント!」


 テオックが慌てて両手を振って訂正する。

 竜族を相手に冗談が通じたことが予想外に嬉しかったのか、その顔には隠しきれない喜びが滲んでいた。


 もう少しこの穏やかな時間を続けていたかったが、安堵が広がると同時に、耐え難い眠気が押し寄せてきた。

 夜はもう、十分すぎるほど更けている。


「二人とも、今日はこれくらいにしておこう。

 ……ルシュのことは、また明日みんなに説明する。きっと分かってもらえるはずだ」


 テオックが「そうだな」と同意の声を上げる。


 ふと見ると、ルシュが俺の服の裾を、心細げにぎゅっと掴んでいた。


「……倉庫で一人なのは、心細いか?」


 問いかけると、ルシュは小さく頷いた。


 かといって、ここで彼女を寝かせるわけにもいかない。

 俺やテオックの家で夜を過ごさせるのは、まあこう問題がある気がした。

 何より……。


「明日、朝になって共同倉庫に君の姿がなかったら、きっと村中が大騒ぎになる。

 夜明けとともに俺とテオックですぐに向かうから、今日だけはあそこで眠ってくれないか?」


 ルシュは少しの間俯いていたが、やがて絞り出すように小さく頷いた。


「ありがとう」


 その一言が、夜の静寂の中に儚く響いた。


 その後、ルシュを共同倉庫まで送り届けてから、俺もようやく泥のような眠りについた。


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