第15話:謎の老人と女性
「もしかして……迷った?」
あれから数時間後。俺は周囲に手入れされた庭と大きな家が立ち並ぶ住宅地の中にいた。
住宅の後ろには大きな壁がそびえている。
今いるのはマーテン中心部の壁の内側、いわゆる貴族街と呼ばれる地区だ。
迷ったとは言っても、大通りさえ見つければ容易に抜け出せる。
実際はそこまで困った状況ではないのだが、入り組んだ住宅地の中に入り込んでしまったので、少し時間がかかりそうだった。
周囲を見渡す。鳥のさえずりが聞こえる。大通りや市場の喧騒が嘘であるかのように静まり返った空気だ。
まるでこの場所だけ隔絶されているようで、妙に居心地が良かった。
とはいえ、いつまでも一人でうろうろしているわけにもいかない。
大通りを探して歩き続けていると、とある住宅の庭に一人の魔族が座っているのが見えた。
庭に置かれた椅子に腰掛け、目を閉じている。
俺がその人物を視認したのとほぼ同時に、その魔族が目を開いた。
灰色の肌に白い長髪、長いひげを蓄えている。この世界に来てから初めて見る種族だ。
肌には六角形のような模様がある。その人物はこちらに気づいていた。
俺がその家を通り過ぎようとすると、「そこの人族の旅人よ」と声を掛けられた。
思わず挙動不審になってしまった。
「な、なんでしょう?」
「もし時間があるなら、少しこの老いぼれの話相手になってくれないかね?こうしていても退屈でね」
かなり貫禄がある人物だが、どうやら魔族の老人のようだ。
急いでいたわけでもないし、話した後で大通りへの道を聞けば良い。
「ええ、俺で良ければ」
「ありがとう、ここでは何だ、中に入りたまえ」
招かれるまま、俺は老人の家に入った。
***
建物の中は装飾が所々にあり、身分が高い者の家である事は明らかだった。
過度なものではなく、どちらかと言えば暗色が中心でシックな雰囲気がある。
扉をくぐると、中には一人の魔族の女性が立っていた。
まず目が行ったのは服装だ。
シンプルで動きやすそうな服の上に、体を覆うような薄いエプロンを付けていて、割烹着のように見える。
外見はとても人間に近いが、薄く青白い肌に青紫色のショートヘアー、
そして側頭部には頭の形に沿うように波打つ形の青黒い角が前方に向かって生えていた。
細く開かれた目は感情を感じさせない表情をしている。
人間としてなら16、7歳くらいの少女に見える。
しかしパッと見た瞬間に大人の女性のような印象を受けたのは、落ち着いた雰囲気と割烹着のような服装のせいだろうか。
「旦那様、お客様でしょうか?」
「うむ、応接室に通してやってほしい。わしは一度部屋に戻るよ」
老人の言葉に女性が頭を下げる。
「かしこまりました。ではお客様、どうぞこちらへ」
女性に案内され、応接室に通された。
***
椅子とテーブルが配置された部屋だった。
装飾は施されているが過度ではなく、玄関と同様落ち着いた雰囲気がある。
テーブルはダークブラウンの木製で、ワックスのようなもので磨かれているのか、室内の明かりを鈍く反射していた。
「こちらにお掛けになってお待ちください」
女性に促されて椅子に座る。
女性は奥の扉を開けて向こうの部屋へ入っていった。
椅子はテーブルに合わせたダークブラウンの木製だったが、
座面は布製のカバーの付いたクッションになっていて座り心地が良かった。この世界で座った椅子の中で一番良い椅子だ。
部屋の中をきょろきょろ見渡していると、奥の扉が開き、老人と女性が入ってきた。
「すまない、待たせたね」
老人が椅子に座る。
続いて女性がテーブルの上にティーカップと小皿を二つずつ置いた。
ティーカップにはお茶が、小皿にはクッキーが盛られている。
準備してくれていたようだ。
「そう言えば自己紹介が遅れたの、ワシはリユードと言う、こちらは」
と言って女性の方を向く。
「リヨと申します、リユード様のお世話をさせて頂いております」
深々と頭を下げる。
慌てて立ち上がった。
「あ、えっと、俺はヨウヘイと言います、宜しくお願いします」
「うむ、よろしく。遠慮せず茶と菓子にも手をつけて良いからの」
改まった空気に微妙に緊張していた俺に、リユードが声を掛ける。
「では、頂きます」
お茶に口をつける。
熱すぎず飲みやすい温度で、砂糖の入っていない紅茶のような味だ。
少し渋みがある。続けてクッキーを食べてみる。
少し固いが、かじる時に良い音が鳴る。
思ったよりも甘く、果物のような甘みのある味だ。お茶との組み合わせを意識した味で、合わせるとどんどん進んでいく。
「作ったのはリヨさんですか?凄く美味しいです。いくらでも食べられそうだ」
その言葉を聞いたリヨが一瞬驚いたような表情を見せた。
「気に入って頂けて、とても嬉しいです……」
気のせいか、頬が緩んでいるように見える。
「美味いか、そうだろうそうだろう」
リユードが俺とリヨの顔を交互に見て満足そうにしていた。
ふと気付く。
リヨがずっと立ちっぱなしだ。
使用人なのだから立っているのが当たり前なのかもしれないが、慣れていないのでどうしても気になってしまう。
「どうした?ヨウヘイ君」
俺の様子に気付いたリユードに尋ねられた。
「あ、いえ、リヨさんがずっと立っているので……座ってもらったほうが楽になるかなと」
リヨの目が少し見開かれた。
そうか、この世界の常識と照らし合わせると、
明らかに行き過ぎた発言だったかもしれない。
リユードがふむ……と言ってからリヨに話しかける。
「リヨ、座りなさい」
「はい、失礼します」
そう言ってリヨはリユードの隣の椅子に座った。
一瞬気まずい空気になった気がしたが、杞憂だったようだ。
「では、話をしようか」
リユードの声のトーンが深くなった。
リユードは手を組み、意味ありげに目線を下に落としそれを見る。




