06話 結婚生活の始まり
私とライナス様は結婚しました。
侯爵家の跡継ぎの結婚式ですからそれは盛大なものでした。
婚礼の式は、王都の大聖堂で行われました。
私は侯爵家からの支度金で仕立てた豪華な純白のウエディング・ドレスに、繊細な刺繍の施された長いヴェールを着けて式に挑みました。
花婿のライナス様はすらりとした長身で、大変な美貌ですから、礼服を纏った姿はおとぎの国の王子様のように素敵でした。
見た目だけは。
ライナス様は終始、無表情で、淡々と式をこなしていらっしゃいました。
「おめでとう、ライナス、セルマ」
クレイトン侯爵は涙を浮かべて、私たちの結婚を祝ってくださいました。
「何か不都合があったらすぐに私たちを頼ってくださいね」
クレイトン侯爵夫人は私を気遣うようにして、そうおっしゃってくださいました。
皆に祝福されて、私たちは結婚式を滞りなく終えました。
◆
結婚式を終えた私は、ライナス様と一緒にライナス様のお屋敷へ行きました。
ライナス様は、クレイトン侯爵から屋敷を与えられて一人暮らしをしていました。
今日からライナス様のお屋敷が、ライナス様の妻となった私の家となります。
(ご子息のライナス様に個人邸宅を与えていらっしゃるなんて……。さすがはお金持ちのクレイトン侯爵家だわ。王都にタウンハウスすら持っていない我が家とは雲泥の差ね)
ライナス様は一人暮らしをしていた、といっても、当たり前ですが執事をはじめとする使用人たちが大勢いて住み込みで働いています。
「旦那様、並びに奥様、このたびのご結婚を心よりお慶び申し上げます」
屋敷に到着した私たちを、玄関ホールに整列した使用人たちが迎え、執事が代表して祝いの言葉を述べました。
(ロマンス小説なら、旦那様に見向きもされないお飾りの妻は、使用人たちに冷遇されるところだけれど……。そんな幼稚な使用人はいないわよね?)
◆
「解らないことがあれば執事か家政婦長に聞け」
ライナス様のお屋敷に到着して、くつろいだ部屋着に着替えをすませると。
ライナス様は私を呼んで、そう言いました。
屋敷での過ごし方や、女主人の仕事についての具体的な説明は、どうやら使用人に丸投げするようです。
「以前にも言ったが、お前に触れるつもりはない。妙な期待をするなよ」
ライナス様は何故か得意気な表情で。私にそう念を押しました。
そして、ぶっきらぼうに言いました。
「三年間は妻として遇してやる。だが、私の生活の邪魔をするな」
結婚したばかりの花嫁に言うセリフでは無いと思うのですが。
私はそれにいちいち傷ついたりなどしません。
ライナス様と仲良くしようという気持ちは、私の中にはもうありませんので。
仕事の話をするのみです。
私は淡々と仕事内容を確認しました。
「ライナス様の妻としての表向きの仕事だけをしろ、ということですね」
「そうだ。公の場には私の妻として一緒に出てもらう。だがそれ以外でお前に関わるつもりはない。必要なとき以外は、私の前に顔を出すな」
「かしこまりました。ではお互いの寝室に鍵をつけるというのはいかがでしょう」
私は、私の身の安全を確保するために提案しました。
「そのほうがライナス様もご安心なのでは?」
私とライナス様のそれぞれの寝室は、夫婦の共通の寝室を間に挟んで、繋がっているのです。
でもライナス様は、私に触れないとおっしゃられたので問題ありませんよね。
「ふん、強がりか? 良いだろう。お前の言うとおり鍵をつけてやろう」
ライナス様は私を見下すようにして笑みを浮かべると、執事に命令しました。
「私の寝室と、こいつの寝室に、鍵を付けろ」
ライナス様の命令に、執事は一瞬だけ「困ったものだ」とでも言いたげにお道化た表情をしましたが、恭しく答えました。
「……かしこまりました」
そして私とライナス様とは、屋敷内で別居して暮らすこととなりました。




