14 入るときは少し待って!
私の部屋の扉を叩く大きな音が二回。どうぞ、と返事をする間もなくガチャリと扉が開いた。
「入る」
もう入っているじゃないですか。だなんて言いない。なんたって入ってきたのは左舷副騎士団長アーリアだ。もう部屋の真ん中にまで入って来てるし。
「何をしている」
アーリアは私を見下ろしてちょっと呆れたような口調だった。もしかしたらアーリアには奇妙な光景に見えたかもしれない。
床に広げた幾つかの食材と、それを前に胡坐をかいて座る私。一方それら食材を前にしてもなーんにも関心を示さないおチビ。今は私の指をガジガジと甘噛みするのに夢中だ。そんなときの来客に私はただあぜんと見上げるばかりだった。だって急に来ると思わなかったんだから。
「餌をあげようと思って。これは甲虫の肉で。こっちは干した苔をすり潰したもの。あっちのイモとかパン。あ、これは厩舎の人に分けてもらった警備竜の餌です。まぁ、どれもダメだったんですけど」
私はおチビが何かを食べたのを見たことだない。少なくとも私のもとに来てからそうだ。
「水は素直に飲んでくれるのに。どうしてだろう」
おチビは好き嫌いが激しいというよりも食べ物に元から興味がないような。
普通、赤ちゃんだったら食べ盛りなんじゃないのかな。うーん……わからないけど。でもこの子はどうも違うみたい。それでリューイに頼んでいろいろ用意してもらったのだ。初めは大人の飛竜が食べているものと同じものから試してみたけど興味なし。ってことで今は人間が料理する前の食材でどうかって挑戦してみたところだった。
「私が聞きたいのはそういうことではない。そんなことはとっくに試した。なぜこの部屋でそんなことをしているのか。ということだ」
「え?」
驚きの声を私よりも先にあげたのはリューイだった。
「もう試してたんですか?」
「お前には伝わってなかったのか? 伝達ミスがあったのかもしれん。
アーリアは少し何か思うものがあるようで、顎に指を触れた。かと思うと。
「まぁいい。少しどけ」
と。どうぞ、という間もなくアーリア副騎士団長は私の傍に身を屈めた。
アーリアの髪から良い香りがふわり。後ろに束ねた長い髪、ちらりと見たけどきれいで艶のある髪質だ。騎士というと私の中ではどこかガサツな印象があったのだけど。どうも違うみたいだ。
ここにいるからにはみんなそうなのかな、という漠然としたものだったけど。思えば誰もそんなガサツな感じはしない。少なくとも身なりは一般船員に見えないところでもきちんとしてるというのはここにいて周りを見ていればよくわかる。厳しい騎士の規律があるのだから当たり前といえばそうなのだろうけど、我ながら偏見のある見方をしてるのかも。
「こら、動くな。しっかり見せてくれ」
おチビはアーリアが傍に近づいたことで身を縮こまらせていた。アーリアのことを見るからに警戒していて、身を丸めてアーリア見る様子はまさに『助けて! 怖い人が来た!』みたいな感じ。いつもはゴロゴロと咽喉を鳴らしているけど今はガチガチと歯を打ちあわせて音を立てている。これは威嚇しているみたいだ。
アーリアがおチビのそんな態度に構わず体をひっくり返すと顎下に手を伸ばして頭を上に向かせた。おチビはそれに全力で抵抗している。少なくとも本人はそのつもりだ。「グゥゥ!」と低く鳴いて脚や尻尾、翼を激しくばたつかせている。
ころころした体系の可愛らしい生き物が、バタバタとめいっぱい動いている。なんとも愛らしい。触診? をしているアーリアからすればちょっと動いてる程度でまったく問題ないみたいだ。
「ふふ、可愛いな……」
今可愛いって言った? アーリア左舷副騎士団長が? 隣でないと聞こえない小さな声だったように思うけど……。と思いつつアーリアの顔を見ると、私の視線に気がついたらしく睨まれた。黙っていろ。という意味だとすぐに理解。開きかけた口を閉じる。
「ごほん……。まだ栄養袋は足りているようだな」
「栄養袋って……なんです?」
アーリアが私に見る。今度は呆れたような顔だ。ごめんなさい。何も知らないもので。
「まぁ知らないのも仕方がない。これをよく見ろ」
アーリアはおチビのぷっくりとしたお腹を指さした。それがまた丸みがあって可愛らしいのだけど。人の赤ちゃんがコロコロして可愛いらしいのと同じような愛くるしさだ。思わずつつきたくなる。
「可愛いですね」
「そうだな……じゃない。もっとよく見ろ。膨れているだろう。これは大人の飛竜には無い特徴だ」
若干赤みががったお腹。これが幼竜独特なのだということ?
「この膨らみは栄養の詰まった臓器がある証拠だ。これのおかげでしばらくは何も食べなくても生きていける。いずれ完全に吸収されて無くなるものだがな」
「だから何も食べなかったのですね」
「そういうことだ」
おチビはお腹がそもそも空いていなかった、ということみたいだ。そりゃ何を見ても食べたいって気持ちも湧いてこないはずだ。私だってそう。お昼にお腹いっぱいのときに夕食のことを考えて。と言われても無理。
「もっと早めに知りたかったです。そうすればこんなに食べ物を集めなくてすんだのに。そういえば、こんなことは、この前借りた本には書いてなかったです」
「渡したのはさして重要な本でないからな。あれは複写が多くあるものだ。本そのものは貴重ではあることは変わらないが」
突き放すような言い方だなぁ。と思いつつ、ふとアーリアの手元に眼をやる。一冊の本が見えた。
「我々が栄養袋なる臓器を知ったのもついさっきのことだ」
「え?」
「この大きさなら……およそあと二週間は栄養袋だけで足りるはずだ」
「その本に書いてあったのですか?」
「そうだ」
「読ませてください」
アーリアは無言で本を差し出した。
「あれ……? 半分もないじゃないですか」
渡されたのは本の三分の二は焦げて無くなっていた。パラパラとめくってみても読めところばかりだ。私が一冊があると見えたのはアーリアの影に隠れてそう見えていただけのことだった。
「大昔の大戦。度重なる災害、不慮の事故。そして先日のボヤ騒ぎときた。まったくもって腹立たしい!」
「あの、ボヤ騒ぎって。その本ってまさかそのときに……」
アーリアはふんと鼻を鳴らした。
「こうして不完全ではあるが残っている。不幸中の幸いといえる」
ボヤ騒ぎというのは私が卵を盗んだ日のあの人がやった事だ。卵を私に渡した人。時間稼ぎとか周囲の眼を集めるて卵を持ちやすくするためにやったあれだ。そういえばあの人はどうしているのだろう? 捕まったのかな。
アーリアは私の手から焦げた本を取り上げ、それからすっくと立ち上がった。焦げた本から灰が零れ、私の膝に落ちた。灰の臭いをおチビがふんふんと嗅ぐ。あの日、私が引き返していればこうはならなかったはず。
「ごめんなさい」
「何を謝っている」
「だって私が卵を盗んだばっかりに」
私は迷惑をかけてばかりだ。大勢の竜導騎士に、リューイに。この子に。
アーリアの拘束から解放された幼竜が私に駆け寄って後ろに回り込んだ。咽喉をグゥとならし、私の影からアーリアを睨む。本当ならこんなことはおこらなかった。もっと皆に可愛がられて、愛されて。なに不自由なく成長できたはずだ。たとえ資料の殆どがすでに失われていたとしても、今よりはずっと良い。
「……やり直したい」
「やり直す?」
聞き返されて自然と声に出てしまっていたのだと気がついた。ちょっと気まずい。
「団長から立派な飛竜に育てよ。と言われたのは知っている。だが、おまえは何もしなくていい」
左舷副騎士団長アーリアの言葉はとても冷たい。
「おまえは優しい母親を演じていればそれでいい」




