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15 走っちゃった。

 眠れない。

 副騎士団長に言われた言葉が自然と繰り返されているからか目が冴えてしまっているのだ。眠れない原因その一だ。


 隣にはおチビがいる。人のベッドよりも柔らかくて快適な寝床からはい出て、わざわざ私のベッドをよじよじと昇って来て、そのまま寝ている。小さな体とその胸が呼吸に合わせて静かに上下している。

 

 窓が風で揺れている。王竜ズメイは今、北に向かう進路をとっていた。ズメイは世界をめぐる風の流れにそって移動していいて。今はちょうど北に向かう時期だ。いつも寒いズメイの背中がもっと寒くなる。

 でもこれからはおチビがいるおかげで暖かいかも。いつもなら着こんで布団に潜り込んでいてもなお寒い! ってなるからね。


 ただちょっと、棘が肌に食い込んで痛い……。ゆっくりと離れる。人間の肌は弱いのだ。寝れない原因その二である。

 とにかく目をつぶっていればいいか。それだけでも寝れないよりはまし。と眼をつぶる……。するとまたアーリアに言われた言葉を思い出してしまう。ああもう! 寝れない原因その一の繰り返しだ。


 そもそも優しい母親ってなにさ? いまいちピンとこないんだよね。

 だって私には母さんはいなし。というのも、ものごころついてころにはもういなかったからだ。


 父さんからは、母さんは災害で亡くなったと教えられた。それも大竜巻。つまり父さんが亡くなった原因と同じってこどだ。


『活発で、よく食べて、よく寝る人。ラキとそっくりだったよ』


 と父さんは言う。母さんの写真は残念ながら無い。一枚も。カメラは高価で貴重だ。とても一般船員に手が出せるような代物じゃない。騎士団の記録写真課がたまに街並みだとか人々の生活だとかを写真に残しているけど、運よくそこに映りこめればいいなってくらいなものだ。


 おチビが口をもごもごと動かした。

 私の傍で心地よさそうな寝息をたてていて安心しきっていみたい。そっと額を撫でてやるとまた口をもごもごを動かし心なしか寝顔は満足げ。


 この子は、私を母親だと思っている。

 姿かたちも違うのに、生まれて初めて見ってだけであっさりと親認定だ。私は何もしていないのに。


『優しい母親を演じていればいい』


 もう、また思い出してちゃったよ。寝たいのにだんだん鬱陶しいくなってきた。あとちょっとムカつくかも。

 卵を盗んでおいてこんなことを思うのは……お門違いでは、ある。でも! そもそも私は騙されてやったわけだし、こんなことになるとわかってたらやらなかった。騎士団に協力する気持ちだってある。そんな言い方しなくてもいいじゃないって。もちろん自分の立場ってのは理解しているつもり。だとしてもちょっとムカつくのはどうしようもない。


 風が吹き、窓が揺れた。

 怖い。いい母親になれなければ、この子を立派な飛竜に育てられなければ、私は落とされる。地面に真っ逆さま。そんなのは嫌だ……。


「……そもそも母親ってなんだよ」


 困ったことがあれば手を差し伸べる……とか? 何があっても守ってあげる。とか? よくわからない。


「とにかく寝よう。寝てしてまおう」


 きっと今はそうするのが一番に違いないから。おチビにかけたはずの毛布がずれていたのでそっと直し、眼を閉じた。風がまた窓を揺らした。





 朝。扉を叩く音が三回。「どうぞ」という前に扉が開いた。またか。


「おはよう。もう起きてたか」


 ここにいる人は「どうぞ」を待ってから部屋に入る習慣はないの? と思ってしまう。それともそれが常識なのかな。


「おはよう。リューイ」

「その目、寝てないのか?」

「あんまりね」


 色々考えちゃったりてたから。それはもう色々と……。


「で、今はなにしてんだ?」

「出かけようと思って」


 おチビ用背負子のベルトが緩んでいたので絞め直していたところだ。

 おチビは円い目を輝かせてゴロゴロと喉を鳴らし、翼をパタパタ、両足をもじもじしている。この箱に入れば一緒にお出かけできるってことを早くも理解しているみたい。


「ほら、じっとして。じゃないと入らないよ」


 おチビは気持ちがはやりすぎているのかなかなか箱に入ってくれない。でも、当のおチビにはそれがわかっていない。「早く行こう!」尻尾がぶんぶん回っている。


「ちょっと重くなったかな?」


 背負ってみるとこの前より重い気がする。飛竜の成長って早かったりするのかな?


「一人じゃ外に出れないだろ。足はいいのか?」

「痛くないよ」


 リューイは少し不思議そうな顔をしている。

 そういえば痛みはほとんどない。私の怪我の治りも気持ち早いような気がする。骨を折ったことは初めてだから比較できないけど。骨折ってもっとかかるもの? ……だろうけど、私が健康ってことかな!


「アーリア副騎士団長に会いたいんだけどいまって会える?」

「え……」


 リューイは表情に出やすい。驚きと、会ってほしくないなって顔だ。


「会ってどうすんだよ」

「相談したいことっていうか。この子のこと」

「騎士団長が呼ばない限りここにいた方がいい」


 リューイは扉に通せんぼするように寄り掛かった。


「この前の詰所にいるのかな」

「一般船員のラキには教えられないよ」


 リューイが左手であまたを掻いた。


「毎日の予定には王竜の護衛に関係するものだってあるんだから。それに会っても追い払われるだけだと思うぞ」

「ふーん。そっか。でもとりあえず外出したい。会うための外出がだめでも、この子のためなら良いでしょ。ずっとここにいたら気がめいっちゃうよ。気晴らしさせてあげなくちゃ」

「それならまぁ」


 リューイが胸元から名札を取り出して捻った。カチッ! 二つに分割された。

 ズメイの絵が刻まれた名札は竜導騎士の身分証明書だけど、それ以外の使い方もできるもので。割り名札というそうだ。


「ほら、無くすなよ」

「わかってるよ」


 この片方は私の身分の保障するものとして機能する。無断で歩き回ってるわけじゃないですよってこと。もちろん監視付きだけど。

 上官からの重要な命令を最優先で伝えるときの証明にも使われたりするみたい。こういうのって本来はリューイの上司か先輩の許可がいるらしいけど、リューイだけでいいらしい。詳しい事情は……知らない。


「ほら行くぞ」


 私は反対方向に廊下を歩きだした。


「ってそっちは違うだろ」


 リューイが連れってくれる気がないならこっちから行くまでだ。アーリア副騎士団長はこの前の詰所にいる。どうしてわかるかって? 私はリューイが嘘ついたり、隠し事をすると左手で頭を掻く癖があるのを知っているから!


 場所はわかる。部屋に案内されたときに道は覚えたからね。それになんだろう、足の調子が良い。走っても問題なさそうなくらいには。


「待てって! おい!」

「ごめん! どうしても会って話したいの!」


 足が軽い。いつの間にか走り出してしまうくらいに体も軽い。背中のおチビは嬉しそうにクゥクゥと鳴いている。まぁいいか! とにかくアーリアに会って話をしないと。


「おい! ラキ! 止まれ!」

「えっと、確かこっちの……ここだ!」


 質素で古びたドアを開け、息を吸い込む。


「おはようございます! ラキ・トラポルトです!」


 騎士たちの視線が一斉に私へと向く。


「アーリア副騎士団長はいらっしゃいますか!」


 自分の中の胸のもやもや吐き出す勢いで朝の挨拶。なんだなんだと私を見る騎士たち。そしてそれら視線が反転、一点に向かう。その先にアーリア副騎士団長がいた。


「呼んだ覚えはないぞ」


 アーリア副騎士団長は椅子に座り、視線は目の前の書類へ向いている。


「リューイ。どうなっている?」


 アーリアの目が私の肩越しに後ろへと。振り返るとリューイがいた。扉の枠に手をついて少しだけ息が上がっている。


「はぁ、はぁ……」


 リューイは唾をのみ込んだ。


「申し訳ありません。いきなり走り出してしまって止める間もなく」

「走り出した? 足は折れていたはずではなかったか」


 アーリアが私を見る。なので軽く跳ねてみる。痛くないよって。やっぱり骨って治るのにもっと時間かかるものなのかな。怪訝な視線がちょっと痛いので飛び跳ねるのは止めた。


「いや、今はそれよりも。リューイ、こいつの身元を管理する身でありながら逃がすとは何たる失態だ」

「申し訳ありません!」


 あ……。そうか、そこまでは考えてなかったぞ。会えないなら走っちゃえって考えちゃって。リューイの立場を考えてなかった……。状況的には逃げたと同じだよね……。

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