第12話 東京壊滅 ―後編―
『はじめまして、菅原圭一君ですね?』
圭一はテレビに映るサングラスの男の唇に注意した。唇の動きと電話の内容が合っている気がする。やはりこの声の主はあいつに違いない。
『な、なんで私の電話番号を知ってる?』
『否定しないってことは圭一君だね。電話番号くらい簡単に調べられるんですよ、我々にはね』
優しい口調がやけに不気味だ。圭一は唾を飲み込んだ。松田が「スピーカーに」と小声で言っている。圭一はスピーカーモードに切り替えた。
『いったい誰だ? それに何のようだ』
『まぁーまぁー落ち着いて』
『な、名前くらい名乗れ』
『そうですね、失礼しました。《J》と呼んでください、圭一君』
Jはそう言うなりサングラスを下にずらした。白い瞳が覗く。片目だけ義眼だろうか? 口調と異なり冷たい視線。圭一がそう感じるなりJはサングラスを元に戻した。
『圭一君、近くにテレビはありますか?』
『今観ている』
『ありがたいですね。それは良かった。じゃー察しはもうついているかも知れませんが、そのテレビに映っているのが私ですよ、圭一君』
『一体何のようだ?』
『FAPIGシステムの開発者が圭一君ですね。ちょっと変なことを言うかも知れませんが、最近現れた巨大な生命体たちは我々とは別の世界からやってきたんです。その原因がFAPIGシステムにあるんですよ』
『あー知っている』
『おやおや、それは話が早い』
『お前たちが東京を破壊したのか?』
『それは違いますよ。反物質から成り立つ世界の扉が開いたんですよ。反物質というのは我々の世界の物質とは電荷の正負が逆の性質を持っているらしいんですね。その反物質と我々の世界の物質とが触れ合うと対消滅を起こし大爆発を起こすんですね。それで東京は吹っ飛んだんですよ』
『なんでそんなことが分かる?』
『あー私の横にいるのが阿久教授と言って、異世界関係の研究をしているんですよ。物理にもかなり詳しい先生でしてね。彼曰く、対消滅が起きると対消滅ガンマ線が検出されるんです。それでですね、その対消滅ガンマ線とやらが検出されたんですよね』
『つまりシステムの開発者である私のせいで東京が消滅したと言いたいのか?』
『いえいえ、違いますよ。そんなことでわざわざ電話なんてしませんよ。圭一君が持つ才能とシステムに惚れ惚れしているんですよ。どうです、我々と手を組みませんか? 阿久先生と圭一君、それに我々の組織が加われば世界は我々のものになりますよ。思いのままに世界を操れるんですよ。魅力的だとは思いませんか?』
『悪党と手を組むわけないだろ』
『悪党ですか……せっかく名前を教えたのに。Jと読んで欲しかったですね。まーそれは良いとして、手を組んだ方がいいですよ。圭一君が必要なんですよ、我々には。ここから先はね、阿久先生だけでは無理なんですよ。圭一君が手を貸してくれないと阿久先生はもう要なしになってしまいます。意味は分かりますよね』
Jのその言葉を聞いて微かに阿久の叫び声が聞こえてきた。口の動きからして「助けて」と言っているのだろう。Jの手下たちに阿久は羽交い締めにされた。
『阿久と言う人を殺すと言うことか?』
『そういうことになりますね。あっ、これならどうです? ICARCにあるFAPIGシステムへアクセスするパスワードを教えてくれませんか? パスワードを教えていただけるだけで良いです。もちろんたっぷりお礼は致しますよ。一生暮らせるほどのお金を用意します』
『システムに進入して何をする気だ?』
『それは言えません。もちろん仲間になっていただけるのならお話ししますけどね。パスワードだけであなたは一生自由に暮らせる。互いにとっても良い話でしょ』
『教えるわけないだろ』
『おやおや、困りましたね。いきなり電話して混乱しているのかも知れませんね。申し訳ないです。それでは十分だけ時間を与えましょう。じっくり考えてください。十分後に電話致します。それではまた』
電話が切れた。Jはまたサングラスを下に少しずらし映像を介して圭一を見つめた。サングラスを元に戻すと、拳銃を取り出し撮影しているヘリコプター目掛けて発砲した。ヘリコプターは慌てて逃げる。たんだんとテレビに映るJの姿が小さくなって行った。
事務所はまた静寂に包まれた。
皆が「どうする」という目つきで圭一を見ている。
もちろん、彼ら悪党に手を貸すつもりはない。しかしそうすれば阿久は殺される。かと言って、助けるなんて無理だ。喧嘩でさえしたことがない。ミッションインポッシブルではない。それに阿久は赤の他人だ。助ける義理はない。今の特殊な状況を考えれば、仮に助けたとしても異世界に飲み込まれて死んでしまうかも知れない。仲間になったとしても、要が済んだら自分も阿久も殺されるに決まっている。
このまま無視したい。何もなかったかのように。「無視しましょう」と言いたい。しかし言い出せない。言えば楽になるだろう。しかし三人からは人間のする行為だと思われないだろう。それでもいい。どうでもいい。もうこれ以上関わりたくはない。
鳥羽と松田が圭一に向かって何か言っている。しかし圭一はその声には反応しなかった。何を言えば分からない。故意ではないが、終始沈黙を通した。
次第に汗がじんわりと出てきた。
着信――。
静かな事務所に鳴り響く。
圭一はただスマホを眺めることしかできなかった。「パスワードは教えない。仲間にもなる気はない」そう言った途端、銃声が聞こえたらどうしよう。そう思うと電話に出たくない。
助ける義理はない。阿久は他人だ。人間はいつかは死ぬ。阿久が殺されても自分には責任はない。圭一は心中で何度も唱えた。
圭一は静かにスマホに手を伸ばした。
その手を振り払い、灰原が電話に出た。
『いいわ。手を組みましょう』
灰原は一体何を言っているんだ。手を組むだと……。圭一は困惑した。
『おや、女性? 圭一君に仲間がいたんですね。もしくはガールフレンドかな?』
『私は灰原茜音。菅原さんの後輩よ。私もFAPIGシステムの開発に携わっているわ』
『なるほど。茜音さんですね。他にも仲間はいるのですか?』
『全員で四人よ』
灰原のその言葉を聞いて、鳥羽と松田も困惑しているようだ。
『四人ですか。まぁーいいでしょう。手を組んでくれるんですね。良いご決断です。ところで皆さんは今どちらにいますか?』
『大阪よ。大阪駅の近く』
『分かりました。ではそちらまで迎えに参ります。しばらく待っていてください。また連絡します』
『分かったわ』
灰原はそう言って一方的に電話を切った。
さっきまで涙を流していたのに、この短い時間に一体何が灰原に起きたのか? 全てに対し吹っ切れたのか。圭一には全く理解できなかった。
これが女性の強さなのだろうか。そうであれば到底女性になんて勝てない。もちろん力では男性の方が上回っているだろう。力ではない精神の部分。人間がもつ奥底に秘められた力。今、灰原はその力に支配されているのかも知れない。どう言う経緯で支配されているのかは分からない。
灰原の佇まい。
灰原の表情。
それだけでも今までの灰原とは明らかに異なる。それには鳥羽や松田も気づいているはずだ。
圭一は佇む灰原をじっと見た。
灰原の瞳は、美しく澄んでいた――。




