腕 - 2
「とりあえず応急処置だな.これは...断面が焼かれてる?」
彼女を檻から出し,石がむき出しな壁を背に座らせる.
右腕の止血方法は至って原始的であった.断面を焼き,血管ごと固めたのだろう.
「うん...焼きごてを押し付けられて,その痛みで起きたんだ...」
彼女はきゅっと唇を噛み,自分の肩をさする.
柚樹はMedicalタブから局所鎮痛剤のアンプルを取り出した.
「今できることはこれくらいだ」
右腕の切断箇所の少し上に,アンプルを押し当て射出ボタンを押す.
半透明のアンプル内に満たされていた液体が彼女の体内へ充填される.
「一時的に痛みを和らげる.応急用だから,ここから出たらすぐに適合手術をする」
「どういうことかはさっぱりだけど...ありがとう,少し楽になったよ」
彼女の表情は先程よりは柔らかくなっており,鎮痛剤が効いていることを示していた.
「さて...まずはこいつか」
偵察用のドローンが僅かな羽音を立てて手のひらから飛び立つ。
そのまま素早く飛び、ナイフで開けた小さな扉の穴から室外へ抜けていった。
集音とカメラ機能しか付いていないが、その分小型であり不審に思われにくい。見つかっても、ただの虫としか思われないだろう。
「この建物の構造と人の配置...連れてこられる時とか、何か見てない...?」
「ん、それなら君も見て...ああ...そういえばぐっすりだったな」
「面目ない、あれは薬かなにかだきっと」
扉を背もたれに座り込む。PADを展開し、ドローンからの映像を映し出すと、横に居た彼女も身を寄せてそれを覗き込む。
部屋の外は石造りの廊下につながっており、どうやら建物の一部のようだ。
「石造り...あまりいい思い出はないな...」
逃走してきた監獄を思い出す。
PADに指を載せ操作しようとすると少女から制止の声がかかった。
「待って。確かに今優先すべきはここからの脱出だけど...その、名前を教えてくれるかい? 不便だろう? お互い呼ぶときとか」
名前。
絶賛逃走中の身としては、その心配がなくなるまで個人情報は控えておきたいものである...が。彼女になら、大丈夫だろう。きっと。
「...柚樹。生前の名前だ」
「生前って...君はますます不思議な人だ」
困ったように、彼女は微笑む。どうやら、原川 柚樹という人間は酷く困惑される事実の塊のようだ。
(...ま、それもそうだろう。自分ですらまだこの状況を理解していない)
無事に出られたら、この世界の住民であろう彼女を質問攻めにするつもりだ。
「私はPhiris・Seryjn。よく、Irisって呼ばれていたよ」
「そっか...それじゃ、アイリス」
右手の拳を彼女に向ける。無論、いきなり殴ろうとしているわけではなく。
「...? 何?」
「左手を握って。そのままこっち向けて...こう」
こつん、と拳同士が触れ合う。
「よろしく頼むよ」
「...ああ、こちらこそ。どこにでもついて行くさ」
彼女、アイリスもどうやら心で理解してくれたらしく、さっきまでとは打って変わって笑みを見せていた。
視線をPADに戻し、ドローンの捜査を開始する。
「まずは...脱出経路の確認だ。探ってみるとしよう」
廊下に沿ってドローンを滑るように飛ばす。廊下にはたまに人がいる。皆大柄な、先程柚樹を檻に投げ入れたような奴らばかりだ。
防具を身に付け、大型の近接武器を持っているわけだが、そのどれもが歴史の教科書で見るように古めかしい。軍やAVTプラグインの装備をしている人間は一人も見かけない。
「それはさっきの虫みたいな奴...? 私の中の常識が崩れていく気がするよ...」
「ああ...俺も丁度そんな感じ...」
違う世界。己の"普通"が塗り替えられ始めている気がした。
「...ん? 音が...」
ドローンの集音マイクで拾った音に雑音が混じり始めた。
骨伝導により直接伝わるので彼以外にはわからず、アイリスは首をかしげる。
「ノイズか? ....いや...」
ドローンの位置を調節し、とある大きめの扉の前まで移動させる。
「...人の声...それも、大勢いる。歓声のようなものまで...」
扉の僅かな隙間にドローンを滑り込ませる。ドローン操作は妹の特技の一つで、生前にかなり叩き込まれた。いつ役立つかわからないものである。
「...」
そこは大広間、いや大学の講義室や劇場のような場所といったほうが正しいか。
徐々に低くなりながら部屋の中心へ向かって配置される長椅子、そこに座るたくさんの人間。
中心には一段と高くなった小さめのステージ、立っているのはフォーマルな格好をした男性と、何人かの少女。
「...奴隷売買...まずい、始まった...!」
アイリスが声を上げる。
「オークション? ...この娘達、奴隷なのか!?」
「ああ...各地から沢山集められる...そして定期的に売り捌かれる。違法であっても、客は大量に居るんだ。時間がない...いつ私達もそこへ連れて行かれるか」
彼は、ここにいる奴隷は自分たち二人だけだと思っていた。だから悠長に脱出なんて言っていられたが、他に沢山捕らえられている奴隷がいるとなると、話は変わる。
「...助ける方法は?」
「なっ...無理だろう! 私達だけでも脱出出来るかどうか...私が...」
アイリスは自分の右腕があった場所を見る。
興奮したせいか、血の滲みが大きくなっているような気がする。彼女は唇を噛み締め、黙ってしまった。
「全員引き連れて外に出ようってわけじゃないよ.外に出ればこの人たちを解放する手はあるのか?」
「...外に出られたら,この都市の兵士を呼べるはずだよ。どこであれ,オークションが告発されたら動かないわけにはいかないはず.でも,それまでの時間をどうやって稼ぐつもり?」
「俺がやる。脱出経路を確保するから、アイリスには外に出て人を呼んでくれ…できるか?」
自分が行くよりアイリスの方がすぐに援軍を呼べるだろうと思い、彼女を見る。
負傷はしているが、それでも彼女がこの世界の住人であるというアドバンテージは大きかった。
「…そうだね、君が行くと別の騒ぎが起きそうだ…わかった、やってみるよ」
アイリスがしっかりと頷いたのを確認して、また新たな中型ドローンを取り出す。名をHALLと言う。
PADを指しながら、作戦内容を立てる。
「オークション会場二階に使われていないバルコニー席があるから、俺はそこから妨害を行う。その隙にアイリスが建物から脱出し援軍を呼ぶ...HALLを使って脱出をサポートする。敵の無力化なら可能だろう」
"H.A.L.L.同期中....兵装システム確認:スタンガン"
新しく適用したドローン、通称HALLは軽量な武器を装備することで攻撃が可能になる。今回はスタンガンを積んでおり、射程は短いがどんなに大きな図体をしていても確かに気絶させられる。
「それから,これだ」
柚樹はアイリスにインカムを渡す.
彼女は突然渡された未知の機械にどうしていいか戸惑ったが,彼が自分の耳を指さしたのを見て恐る恐る取り付けた.
「なんだい...これは」
「俺の一定範囲内なら,離れていてもそれを通じて会話できるはずだ.落とすなよ」
アイリスはインカムから聞こえた柚樹の声におっかなびっくり反応しながら,彼を見た.
「...ユズキ、君には聞きたいことが山ほどあるよ」
「奇遇だな、これが終わったらお互い質問タイムだ」
***
「さあ、始めるぞ」
"神経回路再構築:格闘モード"
筋肉に信号を伝達させる神経回路をAVTのチップへバイパスさせ、四肢への命令権を脳からAVTに引き渡す。それによって、脊髄反射よりも俊敏で的確な行動を可能にする。
扉をあけて左右に人がいないことを確認して、アイリスとHALLを連れて廊下を進む。
「ストップ...」
曲がり角に差し掛かり、その手前で体を壁に貼り付ける。制止のハンドサインに従ってアイリスも同じように身を寄せた。
視界にHALLの映像を映し、先行させるとちょうど背を向け歩く人間が一人。暇そうに、一切警戒せずぶらぶらと歩いている。
「...」
思考で制御し、スタンガンを発射。
高電圧が仕組まれた小さな剣山のようなフォルムをした弾が高速で飛び出し、標的に突き刺さると同時に放電する。
"ぐあっ...ぁ..."
一瞬で意識を刈り取り、マイクからの弱々しい悲鳴と共にその体が倒れた。
同時に、曲がり角の向こうから地に伏せる重い音がする。
「...よし」
それ以上居ないことを確認して、移動を再開した。
気絶した兵士らしき人の横を通り過ぎる時、アイリスが立ち止まってそばにしゃがむ。
「使えるかも、念のため」
彼女は兵士が腰に巻いている小さなナイフをホルスターごと剥ぎ取り、左手だけで器用に自分の腰に巻きつける。
「...気をつけろよ」
「大丈夫、扱いは慣れてるよ」
アイリスはナイフを引き抜き、くるくると自分の手のひらの中で持ち替えて回す。そういう訓練でもうけているのだろうか。
通路を進むと,ドアの前に2人の兵士が立っているのが見える.
柚樹とアイリスは曲がり角の壁に身を隠し,その様子を伺った.
"...こんな...だ?" "...言って....てろ"
HALLの指向性マイクから途切れとぎれの会話が聞こえる.何を言っているかはわからないが,大方扉の警備かなにかだろう.
「少し距離があるな...HALLのスタンガンは2発連続では撃てない.なんとか片方の気を逸らせられれば...」
「そういうことなら,任せてよ」
アイリスが先ほど拾ったナイフを手に取る.
何度か狙いを定めた後,右腕が欠損しているとは思えない綺麗な動きで鈍い色のそれを放った.
"なんだ?" "おい,どうした"
放たれたナイフは丁度扉の真上の壁へと突き刺さった.
2人の兵士は音の聞こえた扉の方向を向き,こちらに背を向ける.
「ユズキ」
彼女の合図で柚樹はHALLにスタンガンを発射させ,自身は壁から飛び出しもう一人の兵士へと一直線に駆ける.
「ぐ,あ,ああっ!」
感電した兵士が痺れ,倒れるのと,ブーストされた身体で柚樹がもう一人にタックルをかますのとはほぼ同時であった.
不意を突かれ姿勢を崩した兵士の頬を殴り,そのまま鳩尾に鋭く拳を入れる.柚樹は決して格闘技などをやっていたわけではない.
多くの戦場で積み重ねられた戦闘データが彼の四肢を操り,迅速かつ確実に仕留めるように正確に動かす.
「う...」
兵士はうめき声をあげ,その場に崩れ落ちた.
結末を確認して,アイリスが壁から出て小走りでこちらまで来る.
「ね,使えるでしょ」
「確かに」
彼女に礼を言い,数十秒前まで警備されていた扉を開ける.
アイリスはどうやらその先の通路に見覚えが有るようだった.
「ここ,連れてこられたときに見た気がする...確か入ってきたのはこっちだったよ」
彼女が指差す方とは反対側から,人々の騒ぐ音が聞こえてきた.
「そうみたいだな...アイリス,俺はこっちで会場を探す.君が外に出るまではHALLが守ってくれる」
"H.A.L.L.モード変更....エスコート.対象:Iris"
HALLが小さな駆動音を鳴らして,アイリスを追従するように浮かぶ.
「わかった.すぐに助けを呼ぶから...死なないでね,ユズキ」
彼女はそう言い残して,拾ったナイフを片手で構え扉へ走っていった.
死なないでね,と言ったとき,彼女の目は怯えを含んでいた.
「ちょっと時間を稼ぐだけだ.戦闘はしない」
『ぃひっ!? あ,あっ,耳のこれか...びっくりするよ,もう...』




