腕
近づいてくる物体はこれまた面妖な姿をしていた。
2頭の大型動物が先頭を走り、どうやらそれが動力源となって後ろの荷車を曳いているようだった。
(確か...馬車か)
彼は記憶を手繰り寄せる。馬を用いて長距離移動を可能とし、乗り心地は最悪。そう覚えていた。
馬はゆっくりと歩き、後ろの荷台には屋根が付いている。何か荷物でも積んでいるのだろう...他には御者が1人乗っているだけであった。
御者は柚樹に気づくとゆるゆると馬車の動きを止め、物腰の柔らかそうな声で問いかけた。
「どうしたんだい? そこにいては危ないよ」
歳は幾つくらいだろうか。初老は過ぎているだろう。
「...道。道を、聞きたいんだが」
警戒しながら。HEXAをいつでも展開できるよう準備する。もし相手が自分の事を耳に入れた後だとしたら...。
―――馬を一匹強奪し逃亡するルートを想定。
「道かい? ああ、ここら辺は小さな分かれ道が多いからね」
穏やかな瞳が柚樹を見ている。
視界の半分にオーバーライドさせたドローンの定期報告にまた新たなものが混じる。
"T.DRONE : 人工物を発見 小規模の集落と推定"
"T.DRONE : コミュニティは閉鎖的 安全"
その文字を確認してから、彼は御者の老人にわざと困ったように言った。
「実は、この近くにある...村、に用事がある。ん、だが、道に迷ってしまって。どうにか場所を聞けないだろうか」
言葉を選びながら。この場所で人と話すのは、あの小さな女の子を入れてもまだ2回目な彼にとって、相手がどう受け取るかは最大の懸念。その不安を察してか、彼のAVTは勝手に御者の目から感情を解析する。
(不信感12%、警戒25%...まだ読めないな)
彼は、自分の格好がここで浮いていることはなんとなく理解していた。文化の違いだろうが、少しの警戒心は持たれても仕方ない。
「村...ああ、そうだね。一番近いのはビナフィだ。案内してもいいけど、どうしてそんなところへ?」
(不信感33%...まずい)
柚樹は慎重に返す。
「あ、あぁ。そこに、俺の....俺の古い友人がいる。そいつに会いに行く約束なんだ」
「...そうか。それならば早く行かないと。...ほら、乗りなさい。丁度私も、近くを通る予定だ」
AVTのマップは、既に公開されているデータを使うか自分でその地を測定するしかない。無論、そういう類のドローンはあるが、それでも現地へ赴かねばならない。さらにスラスターは先ほどフルで使ったので充電中、展開まで30分はかかる。炎天下、これ以上水なしで待機するのは柚樹にとってはとてもじゃないが耐えられない。もやし人間とはそういうものだ。
でなきゃ、こんな道を聞くなんて方法とっていない、と柚樹は心の中で愚痴った。
御者が少し横へずれ、その空いたスペースに腰掛ける。
「...」
そこで彼が初めて感じたものは臭いであった。
ツン、と鼻につくような独特の、異臭といえばよいか。酸っぱいような、色に例えるなら、黄色。
「どうかしたかい?」
だがそれも一瞬で過ぎ去り、横の御者に話しかけられたことで我に返る。
「ああ、いや...何も。ありがとう」
おそらく積荷のせいだろう、と柚樹は結論付けた。自然由来の薬品等は独特の臭いがあると聞いたことがあるな、とそんなことを考えた。
馬車は小道を曲がり、柚樹が歩いてきた道をそれる。
そうして、彼は次に音を聞いた。
「...?」
空気が、押さえ込む何かを押しのけて漏れるような。だがスチームパイプのように、シューッという鋭い音じゃない。
まるで、こもった息やくぐもったうめき声を聞いたかのようだった。
「...どうしたんだい?」
御者が穏やかに尋ねる。
柚樹は、少し聞いてみることにした。
「...積荷は、何なんだ?」
それと同時に、曖昧にぼかしながらも"何か変な音が聞こえたぞ"という意味を込める。
AVTが御者の眼を解析する。警戒31%。
御者はちらりと後ろを見て、そしてまた柚樹の方を見て言った。
「...動物さ...何匹かそのまま積んでる。どこが売れるかわからないからね...ちょいと臭うかい?」
AVTが彼の口元に笑みを検出した。それで柚樹も幾らか気持ちが緩くなる。
「あー...ちょっとだけ。生きたままで?」
「そうだ。生きていないと価値がなくなってしまうんだ。...それに奴らは、もちろん売る時には綺麗にするが、普段は汚いところに住んでいる。まあ、我慢しておくれ」
それを聞いて、柚樹は納得した後に「すまない」と伝える。これが御者にとっての商売なのだ、訝しげに聞いてしまったのは失礼なことだ、と反省しながら。
馬車はゆったりと進み続け、コトコトと小さな振動が伝わる。もっとがたがた揺れるものだと思っていたが、この道はよく整備されているようだ。
「ん...」
足に疲労がたまっているのもあって、柚樹は眠気を感じていた。
まぶたが重く、ふわふわと意識が浮き始める。
「...おや、お疲れかね。着いたら起こすから、寝ていても構わないよ」
「...それなら...言葉に甘えよう...」
それだけなんとか言うと、鈍くじんわりと広がる意識に身を任せ、座ったまま彼は眠りに落ちた。
**
「ん...細やかなプレー...酢飯の圧勝...」
「おい、起きろ!」
体に衝撃が走る。
「んん...なんだ...変な夢を...」
ぼんやりとした頭でまず感じたのは眩しさ。
「...あ、村についた...?」
「村ァ? いいから立て! 時間ねえんだよ!」
知らない男の怒声が頭上から降ってくる。
(何だ...?)
嫌な予感しがして、急速に意識が覚醒した。自分の頭上に覆いかぶさるように体格の大きい男が立っている。逆光でよくは見えないが、およそ友好的とは言いにくい顔つきだ。
脇腹が少し痛む。先ほどの衝撃はこれか、と一人納得した。
"スリープモード解除...AVT:アクティブ:警戒態勢"
主人のただならぬ焦燥を感じたか、AVTもモードを変える。
「わっ」
男に胸ぐらを捕まれ、強い力で引き上げられた。
「さっさと立てっつってんだよ」
立ちくらみを覚えた。まるで脳が、グラグラと揺れているような。
いきなり立ち上がることにより血中の酸素が不足し貧血症状が出ることはあるが、そこは流石のAVT、常に血中酸素濃度は適切に保たれるはずだが。
"未知の薬物を検知...麻酔薬の一種と推測"
「なあ...間違ってたら悪いんだが、何か薬のようなものを俺に...」
「おら! ここに入って大人しくしてろ!」
目前に迫ったいかつい顔の男に聞くも、そのまま投げられて硬い床に打ち付けられる。
受身を取れなくて、そこで初めて自分の両手に冷たい鉄の輪が嵌められていることに気づいた。
(手錠、とも違う...幅が広く、打ち殺しの鋲、両手間は太めの鎖で接続。ロックの類は見られない...すごい、まるでわからない)
背後で大きな金属音。
床に投げ出された格好のままその方向を見ると、細い鉄柱が何本も連なった扉らしきものが閉められ、その男はどうやら鍵をかけたようだ。
鉄柱で作られた箱――所詮、檻。 自分はその檻とやらの中に入っていた。
「...男だが女みてえな奴だな...価値は無え。せいぜい物好きの男色家にでも買われるよう祈ってろよ! 全く、余計な手間を...」
「それは...悪かったが...その...」
男は荒々しく足音を立て檻の前を去り、ここは屋内だったようで、木製と思われる扉を大げさに閉めてどこかへ行ってしまった。
「...これはどういうこと...」
無論、問いかけも彼の耳には入ってないだろう。
(あの男はいちいち音を立てないと気がすまないのか...)
体を起こし、部屋内を見渡す。
ぼんやりとした小さな灯りがひとつ灯っているだけで、なんとか視認はできるものの薄暗い場所であった。
(埃っぽい...)
自分の服についた屑やら何やらを払い落としたくても、がっちりと拘束する鉄の輪と鎖がそれを許さなかった。
「...奴隷」
不意に横から声が聞こえ、2度程跳ねる。
「奴隷だよ、私達は」
同じ声でもう一度。
(暗くて気付かなかったが...横にも、同じような檻が)
声のする方に、檻で仕切られているが誰かが動く気配がした。
Toolsタブからペンライトを適用し、自由のきかない手でなんとか持ってその方向に向けた。
「え? な、なんだ! まぶ、しい...」
「あ、ごめん...驚かせたなら、悪い,,,」
丁度顔の位置だったらしい。相手があわてて後ずさる音が聞こえる。ライトの方向を下に向けると、薄汚れ所々破れかけている服、華奢な体格、そして長くくすんだ灰色の髪が見える。
「...そ、それは...なんだ...?」
「ただのライト。...それより、奴隷って...?」
何をするにせよ、この両腕の自由を縛り付けている鎖を断ち切らねば。ペンライトを地面に置き、光源とする。
「...そのままの意味さ。売られるんだ、私達は。どんな理由でこうなったにせよ、その未来しかない」
彼女(声と体格、髪から判断して)の話を聞きつつ、鎖を切るためToolsをスクロールして探す。
「誰が...買うんだ?」
携帯用プラズマカッター。この状況ではこれが扱いやすいだろう。
適用し、両足で挟むように固定する。
「そりゃ、お金持ちの貴族様だろう? その後はどうなるんだろうな。...私のような奴は、そもそも売れるかどうかすら、な」
「俺も、さっき同じこと言われた気がする」
プラズマカッターを始動させ、火傷しないように祈りながら鎖を先端部分に当てる。
激しい音と光が噴出し、黒い鎖を焼き切っていった。
「な! なななな、なん、それは何!?」
「まって、音で聞こえない....よし、切れた」
1本だった鎖は半分に切れ、切断面はまだ高温で色を変えながらもだらんとぶら下がっている。
火傷はしなかった。非常に良かった。
手首にはまっている鉄の輪は難しそうなので後に回すとして、両手をぶらぶらと慣らす。
「...奴隷とか、貴族とかのことは」
「え?」
「よくわからない。だけど、俺も君も、ここからは出たほうがいい...だろ?」
この世界のことについては、あとでゆっくり何とかして知ることにしよう。
今は、貴族様とやらに買われて本当の奴隷にならないようにここを出るべきだ。
「そう...だけど...君は、一体...」
「自己紹介も後だ。次はこの檻か...待ってて、すぐに助ける」
ペンライトで鍵かかけられている箇所を調べる。どうやら、扉と檻の間に金属の小さなかんぬきが入っているだけの原始的な構造だった。
「生体認証じゃないのはラッキーだな」
プラズマカッターをその隙間に差し込み、かんぬきに先端を当てる。再び金属を焼き切ると、これまた大きな音と光が飛び散った。
「....よし」
錆びた鉄が軋み、檻の扉が開く。
「後ろに下がっていて...」
火花がかかって火傷でもしたら大変だ。なるべく下に向けるようにして、彼女の檻のかんぬきを切断する。
「腕を出してくれ。鎖を切る」
「...は、はは,,,不思議なことも、あるもんだな...君は...何者だい?」
力が抜けたようなその声が、安堵を含んでいるのかはわからない。
「鎖なら左手だけだよ、檻に繋がれている」
アイリスが力なく言う。
(何故...まさか)
ペンライトを点け、彼女の右腕の部分を照らす。
そこにあるはずの腕は、二の腕より下がなかった。
「...」
雑に布が巻かれただけで、止血はされているようだが血が滲んでいる。明らかに後天的に欠損している。それも、ごく短時間の間に。
急いで他の部位にもライトを当てるが、右腕以外の欠損はなかった。
「捕まえられそうになって、抵抗したらこのざまだ...私の特技は弓だったんだ。だから、使えないように、歯向かわないようにと...ね。右腕を刺されて、痛みで意識を失って...ここに連れてこられる途中で目を覚ましたら、もう無かった」
事故などで欠損するのは、どんな時代も珍しいことではない。無論、進歩した技術、AVTのおかげで障害者には成り得ないのだが。
しかし、彼女の言葉からは悪意ある他者によって切断されたことがわかる。
「....私にはもう弓が扱えない。たとえここから出れたとしても、片手のない私に生きる術はないさ...檻を開けてくれてありがとう。でも、私に行くところはない。価値は無いんだ」
君だけで、早くここを出ろ――― そんな意味を含めて、彼女は悲しそうに言った。
無言でプラズマカッターを解除する。
「...」
「そう、君は未来がある。...その手に持っていたのはよくわからないけど、君ならここから出られるんだろう?」
諦めたような、今にも泣きそうな顔で彼女は言う。自分への自虐を込めて。
「そんな顔されて、頷くことはできない」
ボルトクリッパを適用し、鎖をまるで弱々しい草でも折るかのように断ち切る。プラズマカッターを解除したのはあれだ、火傷すると困るからだ。正直もう使いたくない。こわい。
「わ、わっ...なんで...」
いきなり上の方に釣り上げられていた左手が解放され、バランスを崩しかけた彼女をそっと抱きしめた。
「俺も帰る場所なんてない」
「え...」
「おまけに追われてる」
少女は戸惑いながらも、その続きを無言で促した。
「普通に暮らしていたら背中を刺されて目覚めたら知らない場所、彷徨っていたらいつの間にか捕まえられて檻の中だ」
自分で言えば言うほどおかしな状況だ。
それを聞いて,片腕の少女も俯きながら言葉を漏らした.
「...どうしてだろうな、普通に暮らしていたんだ。このまま大きくなって、もっと弓も上手くなって...家族と過ごして....そう思っていて...」
普通の生活。あたりまえのはずの光景。少女の言葉が震え始める。
「どう、して...っ! こんな、こんな目に...!」
彼女はついに涙を流した。嗚咽のせいで上手く言葉にもできず、残っている左手の鎖が擦れあって音を鳴らした。
「なんで...な、んでぇ.....なにも、悪いこと....して、ない...!」
髪を振り乱し,大粒の涙をぱたぱたと零す彼女の右腕に目をやる.
残っている二の腕の長さから推測するに、切断箇所は肘上数センチというところか。
"生体構造解析開始...:外側前腕皮神経・損傷大:肘関節枝・損傷軽微:上腕筋・損傷軽微:上腕二等筋・損傷大:神経束C5 - T1・未知の薬物により麻痺状態:...義手適用可能率:96.9%"
まだ使える。よく訓練すれば、義手で弓もひけるようになるだろう。
惚けてこちらの行動を見ているだけの彼女に言う。
「新しい腕を作る。適合すれば,その後少し時間がかかるだろうけど...君が望めば、また弓矢だって扱える」
「え?...え? ちょっと待って...君はさっきから突拍子もなさすぎるよ、新しい腕とか何とか...」
冗談だろう? とその眼は言っている。
だが口の端が震えていた。ここで冗談などと言おうものなら彼女はすぐさま柚樹に飛びかかり、左手首に残った鉄の輪で彼の顔の原型がなくなるまで殴り続けるか、やっぱりね、と言いながら体を震わせ俯いてしまうだろう。
「嘘じゃない。腕も、二人でのここからの脱出も、全て可能だ」
「...ほんとう...? 本当に、私の腕はもどるの...?」
彼女の眼が、だんだんと縋るような色に変わる。
「ああ.成功率は高い」
「...ふ、ふふ...あは...すごい人に、会っちゃったなあ...」
彼女に右手を伸ばす。
「一緒に行こう。ここにいるより、後悔はさせない」
彼女はそれを、
「...うん、喜んで」
震える左手で、しっかりと掴んだのだった。




