鎖
スラスターの自動調節により、柚樹は無事に着地することが出来た…が。
「おい、なんだ...?」
「今あの上から...」
人が、居る。
たくさん。
(通りの真ん中に降りたか...)
ショックコイルで吸収しきれなかったわずかな衝撃が収まった直後、柚樹は走りだす。
この通りの先には大きな門が構えている。恐らくこの地区から外に出られる。人々が驚いて道を開ける中を彼は駆け抜ける。
"[X-Lifter ver2.0]の使用を提案します”
ボイスと共に門までの距離と新たなシステムの承諾画面が表示される。どうやらX-Lifterとやらはサードパーティ製のようだ。許可を出して適用。
Lifterという名の通り、イオンクラフトを利用した推進装置のようだ。端的に言えば、高速なホバリング移動が可能になる。
両足のショックコイルがXリフターに換装され、視界の左右下にそれぞれの出力メーターが配置される。
出力が上がると共に加速する。
"Hover Active"の文字と共に地面を蹴る感覚が無くなった。ホバリングは完了のようだ。
足はバランスを取るために僅かに動かすのみにとどまり、柚樹は滑るように高速度でイオンを撒き散らす。
(マイナスイオンだろうし...大丈夫...だろう、多分)
出力は50%あたりを行ったり来たりで安定している。緩やかに曲がるカーブを体をずらして滑り抜けると、風切り音が耳元で鳴り響く。
(このまま突っ切れば...)
門の詳細を視認できるまで来た。
番人のような人間が2人、立っている。
「...! ...?」
何かを言い合っている。
「..., ....!!!」
声は柚樹まで届きはしないが、彼らが何かしら焦っているのが見て取れる。
その2人はすぐさま門に手をかけ、何かを動かして、大きな扉を閉め始めた。
(指名手配か!? まずい、ルートの再計算を...)
”X-Lifter Output rise. THRUSTER SYSTEM enable...MODE-BURST”
唐突なボイスとともにXリフターの出力が上昇する。62%,75%。
背中にスラスターが再度展開、BURSTモードの表記がなされると同時にチャージを開始した。
提案ルートが視界に重ねて描画される。
閉められた門を突破しろ、と言っているらしかった。
"[H.E.X.A.]展開用意..."
汎用高圧型対物アシンメトリック防壁、通称HEXA。展開後は数秒しか持たないが、その防御力は従来のシールドを遥かに上回る...例え汎用のために性能が落ちていたとしても。
無理矢理にでも突破するつもりのようだ。
体にかかる力が強くなり、押さえつけられるような感覚を覚えた。景色が後ろへ飛ぶように流れ、厳重に閉じられた門は目前に迫る。
「と、止まれ! 止まれぇ!」
制止の声には耳をかさず、AVTの誘導に身を任せる。BURSTが解放され、目の前でHEXAが展開し、厚く重い扉に激突する。
扉の構成物は木のようだ。歪み、音を立て、扉はいとも簡単に破壊される。
被ダメージコントロールのために飛び散ったHEXAの破片がガラスのように輝きながら雪よりも小さな六角形として舞い、木の繊維と共に後方へ流れた。
めくれ上がった穴は柚樹が丁度通れる程のもので、彼は衝撃波により舞い上がった砂塵と共に外の世界へと脱出したのであった。
ほんの一瞬のことである。無論、門番二人ならびにその場近くにいた人にすれば何があったのか理解するのも難しいことだろう。
**
「輸血! 血だ! 血を急げ!」
「お兄ちゃあああああああああああん」
「ダメです! 固有血液です!」
夜の病院に騒々しい音が響く。
救急隊員達が険しい顔で救急カプセルを搬送する。そこに横たわっているのは一人の少年であった。
「あああああぁぁっぁぁあああっお兄ちゃあああっ!!」
彼の右胸辺りは赤黒く染まっており、その生死は一刻を争う状態であることが見て取れる。
「いやあああああああああああいやぁああああっぁぁぁあああああぁぁぁあぁぁ!!!」
「右肺門ロック! 外部呼吸器!」
「お兄いいいいいいちゃあああああああああぁぁっぁああぁっァァァああァァ!!!!!」
絶叫の主は、そのカプセルにしがみつく一人の少女である。
照明に照らされ乱反射する銀色の髪を振りまき、顔を涙でぐちゃぐちゃにし、白く細い喉からこれでもかと言わんばかりの声を出していた。恐らく病院内で一番大きな音だろう。
隊員も看護師も医者も耐えていた。よくある光景だ、肉親の者がパニックに陥ることなど...。
「胸部せ「ああああああああああああああお兄ちゃあああああぁぁっぁイヤあああぁァァァああああっァァァ!!!!!」
でも指示をかき消されるまでとなると話は違ってくる。
「誰かこの子を外に出せ!」
隊員の叫びを聞いた看護師達が数人がかりで少女をカプセルから引き離し部屋の外へと連れ、両親に預ける。
少女は連れてゆかれる時もなお ―――無論、放り出された後も――― 喚き続けていた。彼女の兄へ向けて。
防音扉によりいくらか静かになり、処置が進む。
「クレイドル用意! 彼のP.R.I.S.M.に繋げ!」
意識のない少年の体はクレイドルと呼ばれたベッド型の機器に乗せられた。側のコンソールに何人かが座り、彼のAVTへのアクセスを試みる。
医者による切開が始まり、彼の内臓器官は次々に外部装置へと繋がれ、一時的な現状維持となっていった。
横でコンソールを操作していた一人が叫ぶ。
「プリズムデータが破損しています! 固有血液コードも復元不可能、外部から!」
「クソ...一緒に消しやがったか...! ラポトロン社に連絡してチームを寄越してもらえ、それまでは生命維持優先だ! 家族には...私が話す」
**
"大気酸素濃度 : 22.0638 % 酸素飽和度 : 99.9572 % 濃度制御 : アクティブ"
「....」
柚樹はスラスターのチャージが切れるまで飛び続けた後、近くの木が大量に自生している所詮、森という所に身を隠した。茂る緑をかき分け、座れそうな倒木に行き当たる。
そこで周りを確認してからコンソールを立ち上げ、環境情報を集め始める。まず彼の目についたのは酸素の多さであった。AVTの生命維持機能により濃度調節はされているが、彼からして、この数値は異常であった。
(植物が大量に生えているせいか...)
地球でも過去の年代では酸素濃度が高かったと推測されている。
(生命活動も盛んだろう、ここにも...何が居るかわからないな)
人はいないかもしれない。けれど、肥大化した昆虫や動物は大いに有り得ると判断した柚樹はこの場所を早々に離れることにした。
でもその前に、とライブラリを漁る。
"T.DRONE を起動します"
柚樹の手のひらに収まる程度のそれは薄く透明な羽が複数枚ついており、丁度トンボのような形をした無人機である。情報収集はそれに任せることにしたのだ。
小型無人機との同期作業を終え、軽く空中に放ると微かな羽音を立て飛行を始める。
上空へ舞い上がり見えなくなったのを確認すると、彼もその場を後にした。
先が見えないほど長い道、というのは初めてだった。
しかもその道は舗装されていない。踏み固められた土の道だ。
土地の起伏を避けるように緩やかにカーブを描いてどこまでも続くそれは、文明が未発達ということを嫌というほど教えてくれた。
「足が....」
主に疲労によって。
ドローンから送られてくる定期報告を確認しながらも、体感にして1時間ほど歩いただろうか。
正直言って、ここ最近学校と家の間くらいしか歩いていなかった彼にとっては限界であった。
"乳酸濃度が上昇しています。 休息をとってください"
ご親切に教えてくれるAVTに悪態をつきそうになりながら、やっとの事で見つけた休めるほどの影を落としてくれている木の根に腰を下ろす。
「水...欲しい...」
こんなことなら監獄から何か強奪でもしてくればよかったかと思い始めてきた。
"T.DRONE : 接近物体アリ 生命反応複数"
「...」
定期報告の中に毛色の違うものが混じった。
一瞬、追っ手かと身構えたが柚樹が来た方とは逆方向から迫っているようだった。
"T.DRONE : 接触を推奨します"
単純なAIでさえそう促すのだ、コンタクトを取る価値はあるだろう。
彼は重い腰を上げて道の真ん中にのろのろと出、まだ少し遠くにあるその物体を見据えた。
なにこの中二全開は...




