籠
(あれは...)
AVTによるスラスターの自動制御のおかげで空中での姿勢は保たれている。その上、網膜からの情報を視神経を通じてAVTが解析、ハイライトしている。
そのおかげで真下の状況を鮮明に見ることが出来た。
(人...と、馬...)
何が起こっているのか詳細な状況は読み取れない、が赤や茶色に染まっている頭の中に、囲まれて一人だけ金髪がいるようだ。
着地地点をずらそうと目標の再設定を行う。丁度一人に重なっており、このままだと当たってしまう。
"Permission denied"
小さな警告音と共に拒否される。
(...?)
何回か繰り返しても変わらず、アクセス拒否の文字。おかしい、やはりこのプロファイル、ロードすべきではなかったか。
"Within the Effective Range...Weapon Uploading"
武器のライブラリが表示される。
その中から一つが選ばれ、弾薬にはT.T.B.。
全て、勝手に行われていた。柚樹の意思など何ら関係ないと言わんばかりに。
武装が展開され、柚樹の手が武器をしっかりと握りしめた時にやっと、彼は今から行われようとしていることに気づいた。
(なんで...人を...?)
軍事用AVTは様々なプラグインを有すると聞く。けれどそれは外敵のためであって、外交に使うものではなかった。
そもそも、人を狙う理由なんて無い。
(どうして? どうして人を狙えるんだ? なんで人を標的にする必要があるんだ! 敵対しているわけでもないだろう!)
「なんで...」
照準とマーカーが重なり、座標のセットされた弾が薬室へと送られる音が聞こえた。
「やめろおおおおおお!!」
必死に叫んでも止まらず、AVTとのリンクを何度も何度も切ろうとしても命令を全く受け付けない。無慈悲な"権限がありません"という文字が踊っていた。
動く方の手で武装を叩く。少しでも銃口を逸らせて、T.T.B.の追尾範囲から外させればなんとかなるかもしれない。
けれどいくら殴っても銃口は逸れなかった。逆らえば逆らうほど強く、正確に狙いを定めた。その度に右腕へ痛みが走る。
手術で最適化された体が勝手に動き、引き金を何の抵抗もなく引く。弾が一発だけ発射されて、それはセットされた座標通りに、内部の推進機構によって自ら弾道を修正して地上へ飛んでいく。
”目標”に到達した時、うしろで声が嗤った気がした。
**
AVT―――正式名称、Augmented Vision Tools.
元は軍用に開発された、ブレインマシンインターフェースの完成形である。
情報工学と医学は脳とシリコンを結合させ、複雑なシステムの直感的な操作や高効率化を可能にした。
その技術は瞬く間に民間へ浸透し、製品が確立され、世界的な通信デバイスとなる。物理的な制御方法は姿を消した。
最初は思考による操作やウェアラブルデバイスによる視界の情報量を増やすのみだったが、12歳以上の適用手術が各国で認められると体中の神経がAVTに接続され、デバイスがなくともそれ相応の機能を扱えるようになっていった。
事実上、ヒトと機械の境界線がなくなったのである。
AVTは着々と進化を遂げ、人間が日常生活を送る上で必須の能力となった。また、記憶領域を埋め込み見たものを鮮明に保存し続ける技術や、物質転送なども開発されたものの、これらは民間へ公開されていない。
あくまで外敵への対抗手段。
AVTが浸透した背景には、いざという時のために、民間人も身を守れるようにという意味も込められていた。
ネットワークの管理は世界各国に支社を置くLapotron社が総括して行っていた。あの事件までは。
そして、柚樹は目を覚ます。
**
"Good Morning! You've slept 41 hours."
"(おはようございます! あなたは 41 時間眠っていました。)"
軽やかで流暢な英語が聞こえる。受験のために少しでも慣れておこうとAVTの設定言語を英語にしていたが、このプロファイルにも受け継がれているのだろうか。
"Optimizing DNA mapping .... Check the consistency of a profile."
"(DNAマッピングを最適化しています...プロファイルとの整合性を確認。)"
視界に一つ一つ、ガジェットが起動してゆく。
"Welcome to the A.V.T.! This A.V.T System is not a genuine product."
"(A.V.Tの世界へようこそ! このA.V.T.システムは正規品ではありません。)"
正規品じゃなかった。海賊版だった。なんで。
"Update content is here."
"(更新内容はこちらです。)"
寝ている間にかなりの変更点が加えられたようだ。
マイナーアップデートこそ、一月ごとにあったけれどここまで大規模なモノは数年に一度。正規版としての認証もできていないことから、あの声が何かしら改変を加えていることは確か。
(41時間...ほぼ2日も...)
体は動かさず、更新内容に目を通してゆく。
神経系へのドーピング信号、物質転送の実装、利用規約の変更...非公式なわけだ。ネットワークも別の、得体の知れないものに接続されている。
その他も、殆どが軍用のプラグインであり、武器や兵器を扱うことに対するアップグレードだった。
(…ああ、だから銃が使えたんだな)
先程の光景が脳裏に蘇る。
上空からの射撃。T.T.B.弾による正確な照準。柚樹は目を閉じる。
生きているはずがない。
どうすることも出来なかった後悔と、これから自分が裁かれるであろう未来への諦め。正規版のAVTではないから誰も味方には付いてくれないことは明白。
「……」
柚樹は深めにため息を一つ。そして自身の置かれている状況を確認するべく、初めて周りを見渡した。
古めかしい内装だった。
茶色のやベージュ色の素材で出来た机や椅子。今までぼんやりと見ていた天井も、驚いた事に照明らしきものが付いていない。
家具は殆ど無いようだが、それより気になるのは素材の模様。
一段と濃ゆい色で何本か筋が通り、その所々で目玉のように小さな丸が黒ずんでいた。独特な模様だろうか。いや、違う、パターンが見受けられない。それにあれは確か…そう、木目だ木目。
つまりは、あれは天然の木か?
柚樹は体を起こし――2日越しの寝起きだというのに軽い――その木目に触れる。
(木は沢山生えていたし...それを日常的な素材としていても何ら不思議ではないな)
落ちる前の光景を思い出す。どれだけ使ってもなくならないんじゃないかと思えるほどに自生していた。
その時、木が軋む音がする。尤も、柚樹にとっては聞き慣れない音。
音の発生源は扉、柚樹は体を震わせ音がした方を凝視する。
「....あ...あぁ!」
人がいた。ついでに驚かれた。
黒い、ドレスのような服装をしている。何だっただろうか。どこかの画像で見た。
(...メイド、役職を表す衣装だったっけ...)
柚樹がそんなことを考えていると、その黒いメイド衣装に身を包んだ女性は踵を返して走りだす。
「お、王様ァ! 姫様ァーっ! お目覚めになられました!」
そんな声を上げながら。
「.....!」
まずい。自分の立場を忘れていた。
憶測からするに、罪を裁こうとも本人が昏睡状態なのでこの部屋に閉じ込めておいたということか。殺人という罪を。
柚樹は女性の出て行った扉から自分も出ようと思ったが、数瞬考え正反対の方向へ走った。
窓だ。
素直に扉から出れば向かってきた看守か何かと鉢合わせするのは明白。上手く躱せたとしても、そこから命をかけた鬼ごっこの始まりだろう。
自分の意思でやったわけではないとはいえ、罪は罪、その上非正規AVT。材料は立派に揃っていた。罪が確定するのは確実....そしてそれに納得することは出来ない。ならば、逃げるしか無い。反抗して、逃げるのだ。
幸い、人一人が余裕で通れるほどの大きさの窓がある。
調べると、簡単な仕掛けで開くことが出来るようだった。難なく開け放ち、窓枠に足をかけて外へ身を乗り出す。
(.......っ)
見たこともない町並みであった。
遠くまで見渡せる空、角々しい建物は殆ど無く、綺麗な色とりどりの三角形の屋根が連なっていた。
おまけに道は非効率的にカーブを描いていたり、そこを通るものは大部分が歩行者だ。車は一台も見当たらない。何もかもが異様だ。異様でありながら、美しいと感じた。
「こちらです! 先ほどお部屋を伺いました所、目を覚まされていて...」
先程の女性の声が聞こえる。
見とれてる場合じゃない。
もう少し身を乗り出して下を見る。
(スラスターとショックコイルで下に降りるか?)
この部屋から地面まで随分と高さがある。降りたとして、その先には...
(門...)
わざわざ袋小路に飛び込むつもりはない。
と、すると。
(上か)
窓枠を掴んでいる手の位置を変え、この建物の上を見据える。
思っていたよりも大きく、この部屋はその中の一部か。
AVTのライブラリを展開させ、[Tools]カテゴリーを漁った。何かあるはずだ、上に登る何かが。
「...あぁっ! 何をされて...」
あった。リールワイヤー。迷わず適用、右手首に装着される。
室内に走って人が入ってくる。
右手を上の方に突き出し、ワイヤーを発射。ほぼ最上に近い所に突き刺さる。
「待って下さい! あ、あ、待って――」
柚樹が窓枠を蹴るのと、少女の伸ばした手が空を切るのと、瞬き程度の差であった。
逃しました




