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Second time Trip  作者: Coto
2/9

会えるまで

コンビニは良い。

日常において足りないものは大抵何でも揃うし、飲食物に関してはラインナップは豊富、その上独自商品もかなりの種類を展開してレジ横にて客を今か今かと待ち構えている。コンビニ最高。

極めつけは柚樹の家からすぐの所にあるということだった。


無事、修正ペンを見つけて、その途中で目に止めてしまったポテチを一袋。明日の昼にでもあげようとチョコ菓子も追加して、そして結局レジ横の誘惑に負けて肉まんを一個。

合計610円也。

調度良く余っていた電子マネーで支払い、夜勤バイトのだるそうな声に送られて外へ出た。


**


普段であればものの数分で玄関にたどり着くはずだが、柚樹はわざと迂回して家とは全く逆方向へ歩いていた。

何故かというと、足音である。

コンビニを出たところからずっと、不審な足音が同じ間隔を保つように付いてきている。店内には柚樹一人であった。

良くないものを感じた彼は帰り道を大きく逸れ、そして後ろの音の主がただの一般人だった場合絶対に通らない様な道筋を歩いて、確信した。俺はつけられている、と。


父にメッセージを送った。

誰かにつけられている事、起こせるアクションはこれで精一杯だから、警察を呼んで欲しい事。最後に位置情報を載せて。


先程より距離を詰められている。

少し、歩くペースを上げる。後方の足音も急ぐ。音の間隔が短くなって…。


――まずい。


柚樹は一気に走り出した。夜に二人分の靴音が乱れる。

位置情報はリアルタイムで更新される。父と警察が焦ってくれればいいけど。


走って、走って、とにかく撒けるように色んな方向へ曲がるけれど耳に届く音は変わらない。まるで、こちらの考える事が分っているかの様。

ふと一つの仮定が頭をよぎる。相手が、この血のことを知ってるとしたら…? それを利用しているとしたら?

「まだいたのかよ…!」

AVTを切る。マップが見れなくなるけど、これで追跡される事は無いはず。

警察署に向かって走ろう。上手くいけば人と会えるかもしれない。


背中に衝撃が走って、ついに追いつかれたと理解するのは容易かった。

けれど、胸から生えたそれが嫌な音と共に引き抜かれるまで、自分が刃物で貫かれ地面へ無様に倒れているのかすらも分からずにいた。


ただ、視界に入る白く細い足。


--


段々と映るものがぼやけてゆく。

血の中で痛みに悶える余裕もなく、大きな心臓の音が体中に響いていた。


-コード損失率 35%-


やけにはっきりとした文字が見える。

そうだ、AVTは直接視神経に伝えるから、こんな状況でも綺麗に見えるんだ。


-コード損失率 47%-


もう指先の感覚はとうになくなっていた。

そして足首、膝、股関節、先の方から順に何かが抜け落ちていくような感触に襲われる。


-コード損失率 62% ダウンリンク停止-


まだ、いたのだろうか。もう終わったと思っていたのに。


-コード損失率 78% アーカイブプロセス開始-


でもそれでもいいだろう。一番近道なのは、原因を消すことだから。


-コード損失率 95% アーカイブ完了 データをロックしています…-




-P.R.i.S.M.へアクセスを確認…解析中………不明なアクセス 拒否-

-P.R.i.S.M.へアクセスを確認…解析中……不正アクセス ただちにプロパイ/////LapotronSystem-

-root Login……Data UnLock…-

-sudo cp -a /P.R.i.S.M. ……copying…… Done-

-sudo rm -d / ………error-



**



ぶんぶんと、腕を振り回してみた。

水泳でやるように自慢の高速バタ足をしてみた。ついでにクロールもしてみた。

終いにはラジオ体操第二までも通してやってみたのだけど。

自分の体だけで何か動いてみようと思うと、案外レパートリー少ないのである。しかし動く。何ら変わりないように体が動く。

そのうちWassyoi!Wassyoi!と体を動かすのも飽きてしまって、動かしかけの体勢のままどことなく漂ってみるけれど、何ら進展は得られない。


ここに物理的法則が適用されるとすれば、今までの動きの反動で体は色んな場所へ動いたはずである。しかし、実際にはどこかにぶつかるどころか生まれてこの方寄り添って人生を共にしてきた重力さえも今は感じない。


「…フォースが消えたか…」


……。

なにもなかった。割とそれっぽくぼそりとつぶやいたんだけど。


さて、こうもしている間に何が起こっているのか。

もしかすると、これは臨死体験というものかしらん。今は葉月の病院あたりにでも担ぎ込まれて治療中だろうか。いやでも、あの出血量ではなぁ。望み薄だろうなぁ。


「聞こえてるかしら」


体全身が震えて、喉にクッと息が詰まった。

幸い変な声は出なかったけれど、誰か第三者が見ていたとしたら、感電でもしたかのような様子だっただろう。

柔らかな声だった。少なくとも柚樹よりは年上の、落ち着いた印象を受け取る。


「災難だったわね。あんなにあっけなく死ぬ(・ ・)なんて」


死ぬ? ...そうか、死んだか。柚樹は悟る。

ムリだったか、現代医学。AVTの基本プロセスはまだ動いているように感じたから、望みはあると思っていたのだが。

ううむ、家族や葉月達になんて言えばいいのだろう...言えないか...。


「...だんまりね。まあいいけれど」


声が続く。

そもそも、ここはどこなのかという疑問がまったく解決されていない。

自分が自分であることはなんとなく感覚で立証されたけれど、雲すら掴めないようなこの場所だけはさっきから聞こえてくる声に頼る他ないらしい。


「そう怖い顔しないで。大丈夫、楽にしなさい」


そんな怖い顔してただろうか。確かに、ちょっと警戒しているのでしかめっ面しているかもしれない。


「もうあなたは現世...そう、あなたがいた所にはいない。でもね、あなたは死んではいけないの」


それは矛盾というやつだ。ここが死ぬ一歩手前だとかいうならまだわかるけれど、つい先ほど、この声は”死んだ”と言った。

さまざまな疑問と言い様のない考えが浮かんでくるけれど、とりあえず率直に、けれど慎重に言葉を発してみる。


「...何故?」


もう少し言い様ってもんがあったかもしれない。


「何故? そうね...世界があなたを必要としている。存在しなければいけないの」


幸い先方は気にしてらっしゃらないようだ。よかった。


「...けれど、死んだ」

「そう。それは事実。でもね、世界があなたを必要としているのも事実。私は、その矛盾を解決しなきゃならない」


さて。

これらは嘘ではなさそうだ、というのが結論。

夢を見ているという仮説を立ててみたけれど、生憎これまでこんなに意識のはっきりした夢、明晰夢なんかを見たことがない。その上、さっきから試しているAVTが使えない。夢ならば、日常的に使っているものは簡単に再現できるはずだ。


「あら、ごめんなさい。ロックしていたわ。....はい、どうぞ。使えるようになったはずよ」


使えてしまった。

時間、ニューススタンド、現在位置...よく見ていたものが次々と現れた。尤も、予想通りに時計以外は"N/A"の表記で埋まっていたが。

そして、やっとここの色を見ることができた。今まで白一色かなと思っていたものが、実は黒っぽくて、いや赤や紫も混じっているような? かと思えばそれらは青色にも、黄色にも見えてくる。最終的には白に戻っている気も...つまりは、これらは百聞は一見に如かずというものの類なのだろう。

知っている色の名前では言い表せない、もしかするとこれが本当の無色だというのか。


「それにはちょっと改変入れさせてもらったけど...え? 何? もう時間? では、実戦投入しましょう。体感したほうが早いわ...新しいプロファイルがあるでしょう? それをロードしてくれる?」


声が少し急かすような口調であったので、とりあえず従ってプロファイル画面に移行する。今まで使っていた原川 柚樹のデータと、もう一つ。新しく増えていたそれには"ユズキ:[Yura]"と書かれている。更新日は、事故発生からここで丸一日とか過ごしていなければ今日の日付。

AVTでは基本的にその人本人のプロファイルをロードしなければ動作と脳活動に異常をきたす。

割とひどい事例も報道されていたので、生まれた時に作られた正規のプロファイル以外はロードしたくないのだが。

...ええい、一度死んだ身だ。やってやれ。

ロードしますか? の問いとその下につらつらと書かれている、要は「自己責任でやれよ」という注意書きに思いっきりYESを叩きつけた。


個体パスワードを認証し、ロードが完了して視界が一変されるのと周りの色が黒一色に染まるのとはほぼ同時であった。



**


広大な緑が広がり、森や岩場の点在する場所のそのはるか上空に立っていた。まるでガラス張りのようで、柚樹は確実に空に立っている。

「ごめんなさいね、生き返るまであの場所に居させてあげられたらいいのだけど」

また、あの声がする。今度は近くで聞こえた。けれど自分以外は誰もいない。

「あの場所は長居すると皆壊れちゃうの...だからあなたをこの世界へ送り出すわ。...見たことのない光景でしょう?」

緑自体は見たことがある。けれどここまで自生して繁殖しているのは歴史の授業の中だけであった。

遠くを見ても高層建築物は見当たらない。

ここは、元いた所ではない。

「でも、さっき言ったとおりにあなたは死んではいけない...この世界も例外じゃないの。あなたが降りたてばあなた無しで維持できなくなる。可哀想かしら? でもこれしか方法がない。あなたにとっては悪くない話のはずよ...新しいプロファイルは戦闘に特化しているの。状況を把握し、戦略をサポートし、武器を最も扱いやすいようにしてくれる。きっと、気に入るわ」

一変された視界には以前よりも情報量が多かった。

レーダーマップ、身体状況、今は装備していないが武器のHUDらしきものも......武器...あれ。

「...武器?」

丸腰でした。

誇らしげなEmptyの文字。まさか現地調達しろと? どこかに民間軍事会社でもあるのだろうか。

そもそも、日常的に武器が必要? ここはそんな場所?

「全てマッピングしてあるから安心して? 再構成に時間がかかるから使い捨てのようには使えないけど、少なくとも同じ弾倉はすぐに補充できる...種類に関してはあなたの情報から色々と再現してみたのだけど、案外と少なかったから見よう見まねで増やしてみたの。あとで確認して頂戴ね」

「...そうではなくて、」

それらの必要性は? と問おうとしたところで柚樹の肩に何かが触れる。

人の手だった。

驚いて、恐る恐る肩ごしにその手を見ようとするけれど何もない。暖かな感覚だけが肩に乗っていた。

「...そうね、知ってる。あなたがもうそれを握りたくないということ。最後まで戸惑って...けれどそれが許される世界だっただけ。傷つけない正義が皆を救う道があっただけ。ここでは...そんなものないの」

声は続ける。

「誰かが幸せになるために誰かが必ず不幸になって、誰かが生き延びるために誰かが必ず殺される。そういう世界。でも同時に、あなたが武器を手に取ることで誰かを救えるということよ。前よりずっと多くね」

「....」

「お気に召したかしら?」

訳が分からない。何を言っている? 武器は人を守り、外部に対抗するためで、対人用に作られたわけじゃないだろう?

自分は今、とんでもない場所の空に立っている。

どうして?

原川 柚樹は事故で死んだ。......それで、よかったじゃないか――


「余計なことは考えなくていいのよ」


ふぅー、と耳の後ろから息が吹き掛かる。

今度こそ驚いて振り向くけれど、地平線が遥か遠くまで続いているだけだった。

「...目的は?」

「目的? 私のかしら? あったとして教えると思う?」

声は少し弾むように言った。

柚樹は黙って小さく首を振る。

「でも...俺は、これからどうすればいい? こんな場所で...人もいなくて...」

柚樹のいたところに、人のいない場所などなかった。狭くなった生活圏の中に皆隣り合って住んでいた。

「じゃあ人のいる所ね。わかったわ」

あっさりと退路を断たれたんだぜ。

景色が一瞬にして変わった。相変わらず緑が広がってはいるけれど、真下に幾つかの黒い点が見える。

遠くて詳しくは見れないけれど、それらの点は人なんだと直感的に理解した。近くに村や都市部らしきものはないが、人に聞けばそれなりに分かるかもしれない。ここまで広いのだ。少なくともそれに適した輸送手段か交通機関が整備されているはず。


「そう、そうね。じゃあしてもらいたい事だけは教えてあげる」


視界が変化する。様々な計器類がハイライトされた。

中央に"-THRUSTER SYSTEM-"の文字。


「生きて、生きて、生きなさい。何があっても」


ふわり、と無重力感が襲う。寒い。苦しい。

高度計の表示が緩やかに降下、速度計が加速し続ける。適正気温外と酸素濃度低下の警告が鳴り響いた。

同時に背中に何か違和感を感じる。AVTのデバイス欄には何個か見たことがないものが追加されていた。恐らくスラスターの類か。でないと、この肩甲骨にかかる負荷が説明できない。


「最後に。これは覚えておいて」


いつの間にか、体のほかの部分にも変化が現れていた。

かかとから膝までを沿うように...これはショックコイルだろうか。見回すと首などを除いた殆どの関節部に何かしらの動作サポーターが。左手首には何やらよく分からないものが映し出されている小型のPAD。そして右手の甲から腕にかけ、実に様々なモノが引っ付いていた。

高度計が1000を切る。もうさほど苦しくはない。

そして、下を見る余裕が出てきた。


「...世界は、矛盾が大嫌いなの」



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