第8話 太子を見つめる皇帝の視線が、どう考えても普通ではない
その頃、朝廷の片隅では。
すでに顔色を失っている者たちがいた。
戸部の左侍郎が、周囲を警戒しながら小声で言う。
「……太子殿下、最近少し調べ方が細かすぎないか?」
工部侍郎がゆっくりとうなずく。
「確かに……」
礼部の官吏は青ざめた顔で続けた。
「先日は突然、私の故郷を聞かれました。」
「昨日なんて……家族は何人いるのかまで……」
三人は顔を見合わせる。
話せば話すほど、不安が膨らんでいく。
なぜなら。
彼らは気づいてしまったのだ。
最近の太子殿下は、どう考えても普通ではない。
普通の皇族が地方を視察するとき。
見るのは、政績。
税収。
民の暮らし。
しかし――
太子殿下が視察する場所は、なぜか違った。
「今年の野菜の値段はいくらだ?」
「豚肉はいくらで売られている?」
「米一石の価格は?」
挙げ句の果てには……
「卵一個はいくらする?」
そこまで聞いてくる。
いや、そこを見る皇族がいるのか?
さらに。
大臣の屋敷へ訪問した時も普通ではなかった。
他の皇族なら、
「国政について」
「辺境の情勢について」
「天下の行く末について」
話すはずだ。
なのに太子殿下は――
「ご子息は何歳ですか?」
「奥方はどちらのご出身ですか?」
「ご家族の中に、変わった夢を見る人はいませんか?」
そんなことばかり聞いてくる。
……怪しい。
あまりにも怪しすぎる。
やがて、ある噂が朝廷内でひそかに広がり始めた。
太子殿下は……
誰かを探している。
しかも。
徹底的に。
深く。
逃げ場がないほどに。
その頃、私は東宮で一人、候補者の一覧を整理していた。
紙はすでに三枚目に突入している。
しかし。
条件に当てはまる者は、誰一人いなかった。
「……」
私は机に突っ伏した。
まさか。
本当に見つからないとは。
「ねえ、息子」
隣で遊んでいた息子に声をかける。
「本当に分からないの?」
息子は顔を上げ、しばらく真剣に考えた。
そして首を横に振る。
「分からない」
「父さんの匂い、しない」
「……」
私は言葉を失った。
「じゃあ、どうして私のことは分かったの?」
すると息子は当たり前のように答えた。
「だって、ママはいい匂いするから」
「……」
私は決めた。
五歳児に論理を求めるのは間違いだ。
その時。
突然、外から声が響いた。
「陛下よりご下賜品が届きました――!」
私は顔を上げる。
「……皇帝から?」
すぐに、何十人もの宦官が東宮へ入ってきた。
金銀財宝。
貴重な書画。
珍しい宝物。
次から次へと運び込まれていく。
その数は尋常ではなかった。
まるで東宮そのものを宝物庫に変えるように。
搬入は、なんと半刻以上続いた。
最後に福海公公が、にこやかな笑顔で私の前へ歩いてくる。
「殿下」
「陛下よりお言葉を預かっております」
「最近、随分とご苦労されているようだから……」
「これらを殿下に差し上げる、と」
私は部屋いっぱいの宝物を見る。
「……遊ぶ?」
これ。
遊ぶものなのか?
皆が去った後。
息子はすぐに箱の中へ飛び込んだ。
まるで宝の山を見つけた小さな子供のように、目を輝かせている。
「ママ!」
「ママ!」
そして突然、顔を上げた。
「皇帝って、ママのこと好きなの?」
「……」
私は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「変なこと言わないの」
「陛下は私の父親でしょう」
しかし息子は真剣な顔で首を振った。
「違う」
「そういう好きじゃない」
私は眉をひそめる。
「じゃあ、どういう好き?」
息子は少し考えて。
テレビを見て覚えたような口調で言った。
「恋人を見る時の好き」
「……」
私は沈黙した。
五歳児。
一体、どんな番組を見ていたんだ。
その夜。
私はなかなか眠れなかった。
何度も思い出す。
最近の皇帝の視線。
意味不明なほどの贈り物。
そして、息子の言葉。
「……まさか」
私は寝返りを打つ。
「そんなわけ……」
そう思いながらも。
なぜか胸の奥に、小さな違和感が残った。
私は何か大切なことを……
見落としている気がする。
同じ頃。
御書房。
皇帝は、一冊の分厚い書類を手にしていた。
そこにはこう書かれている。
《太子三ヶ月間行動記録》
皇帝は、一枚一枚ゆっくりと読み進める。
太子が朝廷で見せた奇妙な行動。
官員たちへの質問。
そして、誰にも理解されなかった言葉。
読み終えた瞬間。
皇帝は小さく笑った。
その瞳には、隠しきれないほどの優しさが浮かんでいた。
隣に控える福海公公は、冷や汗を流している。
陛下は一体……
なぜ太子殿下の行動記録を見て、そんな嬉しそうな顔をされるのか。
皇帝はゆっくり顔を上げた。
視線の先には、東宮。
そして、誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。
「……やっぱり変わっていない」
「何一つ」
その声には、帝王の威厳ではなく。
長い間、愛する人を探し続けた者だけが持つ温度があった。
「やっと見つけた」
「俺の……妻」
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
太子の奇妙な行動に、ついに朝廷中がざわつき始めました。
誰かを探し続ける太子。
そして、なぜか意味深な視線を向ける皇帝。
果たして、皇帝は太子の秘密に気づいているのでしょうか?
それとも、別の理由があるのでしょうか……?
「皇帝は何を考えていると思う?」
「太子が探している相手は誰?」
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