第70話 システム曰く、「帰還可能です」
春闈の合格発表の日。
突然、頭の中で聞き慣れたシステム音が鳴り響いた。
【ピンッ! 全ミッションの達成を確認しました。】
【ミッション1:家族三人の再会 達成。】
【ミッション2:一年間生存 達成。】
【隠しミッション:皇位の安定、および朝政の安定化 達成。】
【報酬:五千万元を元の世界の口座へ振り込みました。】
【帰還ゲートを開放しました。いつでも元の世界へ帰還できます。】
【滞在可能時間:残り三日。】
私は奏折に筆を走らせていた。
その瞬間、手から筆が滑り落ち、床にぱたりと転がる。
屏風の向こうから皇帝が姿を現した。
手には蓮の実入りの甘い羹を持っている。
どうやら彼にも、今のアナウンスが聞こえたらしい。
足を止めたまま、静かに私を見つめる。
「……帰るのか?」
私は彼を見上げ、それから窓の外へ視線を向けた。
庭では小満が蝶を追いかけて走り回っている。
もう貴妃の豪華な宮装ではなく、動きやすい普段着姿。
淑妃にもらった飴細工を片手に、何の憂いもなく笑っていた。
「あと三日だけ」
私は小さく答えた。
皇帝は蓮子羹を机に置くと、ゆっくり私のそばへ歩み寄り、そのまま立ち上がらせて抱きしめた。
「……名残惜しいか?」
低く落ち着いた声だった。
「少しだけ」
私は彼の胸に額を預ける。
「賢妃の恋愛小説もまだ完結してないし、皇太后様は小満に麻雀を教えるって言ってたし、それに……」
「……それに、朕だろう?」
彼が静かに言葉を継ぐ。
腕に力がこもる。
「……朕とも別れたくない?」
私は何も答えず、そのまま彼の肩へ顔を埋めた。
皇帝は小さく息をつき、顎を私の頭に乗せる。
「……朕も同じだ」
「だが、この世界は結局、私たちの本当の家ではない」
「……うん」
私は静かに頷いた。
「小満も、もう幼稚園へ通う年齢だ」
彼は少し笑う。
「前の世界で申し込んでいた入園手続き、このままだと期限が切れてしまう」
思わず吹き出した。
笑ったのに、涙は止まらなかった。
「……そんなことまで覚えてるの?」
「もちろん覚えている」
彼は私の目尻に口づけ、涙をそっと拭う。
「前の人生のことも。」
「この人生のことも。」
「全部、忘れない」
彼は少しだけ目を細め、穏やかに続けた。
「……でも、執着はしない」
私は顔を上げた。
「どうして?」
皇帝は両手で私の頬を包み、まっすぐに私を見つめる。
その瞳には、迷いがひとつもなかった。
「だって――」
彼は優しく微笑んだ。
「君がいる場所が、俺の帰る家だから。」




