第65話 殿下と陛下は……いったい、どのようなご関係なのですか?
翌日の朝議。
私は太子の朝服をまとい、龍案の脇に腰を下ろした。
下に並ぶ文武百官の視線が、昨日までとは明らかに違っていた。
そこにあったのは、これまでのような警戒や取り入りではない。
値踏みするような、複雑な眼差しだった。
丞相は死に、陛下は重傷を負い、太子が監国する――。
朝廷という場所で生き抜いてきた古狸たちは、皆、新たな主を見極めようとしている。
兵部尚書が一歩前へ進み出た。
「殿下。丞相旧派の名簿がまとまりました。総勢三十七名にございます。いかが処分なさるか、ご裁可を。」
私は名簿に目を落とした。
戸部侍郎、礼部郎中、京畿衛副統領――。
いずれも実権を握る者ばかりだ。
一人動かせば、十人が揺らぐ。
「全員、投獄せよ。」
静かに言い放つ。
「一人ずつ取り調べ、有罪なら法に従って裁く。」
そこで一拍置き、
「無罪であっても、京から追放する。終身、登用は認めぬ。」
その瞬間、大広間がざわついた。
礼部尚書が青ざめた顔で進み出る。
「殿下……それでは国の根幹に関わります! 三十七名を一度に拘束すれば、六部はほぼ機能停止となりましょう!」
「止まるなら作り直せばいい。」
私は彼の言葉を遮った。
「三か月やる。」
「三か月後も六部がまともに動かなければ、尚書を侍郎と交代させる。侍郎は郎中へ、郎中は主事へ。」
「大周に足りないのは官僚ではない。」
「清廉な官だ。」
場内は、一瞬で水を打ったように静まり返った。
私はふと玉座へ目を向ける。
陛下は今日も姿を見せていない。
昨日まで龍椅の脇に置かれていた椅子も、今日は撤去されていた。
その代わり、私は龍案の真正面へ、新たに一脚の椅子を置かせた。
玉座よりわずか一寸低いだけ。
だが、百官と真正面から向き合う位置だ。
――陛下のお考えだ。
今朝、福海が届けてきた書き付けには、こう記されていた。
『真ん中に座れ。あやつらによく見せてやれ。お前が誰なのかを。』
私はその椅子へ腰を下ろし、黒々と並ぶ百官を見渡した。
「他に奏上は?」
誰一人として口を開かない。
「では、これにて散朝。」
立ち上がり、大殿をあとにする。
兵部尚書の脇を通り過ぎた、その時だった。
彼が小声で呼び止めた。
「殿下……陛下のご容体は、その……。」
私は足を止めた。
「何を知りたい?」
横目で彼を見る。
「陛下がいつ崩御なさるか知って、新しい主に乗り換えたいのか?」
兵部尚書の顔から血の気が引いた。
「め、滅相もございません!」
「ならば、それでいい。」
声を荒げることなく告げる。
「陛下はお健やかだ。」
そして少し身を寄せ、耳元で囁いた。
「今後、陛下の龍体に異変ありなどという噂を流す者がいれば――」
「丞相の後を追わせる。」
兵部尚書は膝から崩れ落ちそうになった。
私はそれ以上振り返らず、そのまま大殿を後にした。
眩しい陽射しが目に刺さる。
石段の上で立ち止まり、大きく息を吐く。
その背後から、ゆっくりと足音が近づいてきた。
振り返ると、そこにいたのは賢妃の父――あの日、顔中を血で染めていた老将軍だった。
彼は礼も取らず、私の隣へ立ち、遠く宮城の城壁を眺めたまま口を開く。
「殿下。」
「先ほどのお言葉……まるで陛下そのものでございました。」
「そうですか。」
「二十年前、先帝が崩御され、陛下が即位されたばかりの頃。」
老将軍は静かに石段へ視線を落とした。
「ちょうどこの場所、この階段で、陛下はこう仰いました。」
「朕が死なぬ限り、貴様らはひれ伏していろ。」
私は思わず息を呑む。
老将軍はゆっくりとこちらを向き、意味深な眼差しを向けてきた。
「殿下。」
「老臣、不躾を承知で一つだけお尋ねしてもよろしいでしょうか。」
「殿下と陛下は……いったい、どのようなご関係なのですか?」
指先に力が入る。
「父子だ。」
私は平然と言い返した。
「それ以外に何がある。」
老将軍はしばらく私を見つめ続け――やがて小さく笑った。
その笑みには、何かを悟ったような色と、どこか諦めにも似た響きが混じっていた。
「……なるほど。」
「老臣、得心いたしました。」
そう言って深く一礼すると、静かに立ち去っていく。
私はその場に立ち尽くしたまま、背筋を冷たいものが這い上がるのを感じた。
……あの人は、一体何を理解したというのだろう。
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