第60話 軟禁
私を弾劾する上奏文が、山のように積み上がっていた。
「監国中に専横を極めた」。
「東宮では夜ごと赤い光が立ち昇り、妖気が満ちている」。
「男寵を囲い、宮中の風紀を乱した」。
……最後の一文を読んだ瞬間、思わずまぶたがぴくりと跳ねた。
というのも、その「男寵」として書かれていた名前が――
皇帝陛下だったからだ。
……宰相は、完全に狂っている。
もう私一人を狙っているんじゃない。
宮中すべてを巻き込み、皇帝に決断を迫っている。
朝議。
宰相は笏を胸に掲げ、一語一語噛みしめるように口を開いた。
「陛下――」
「どうか太子を廃し、国の根本を正されますよう。」
その言葉と同時に、
広い大殿の床へ、大勢の臣下が一斉にひれ伏した。
黒々とした人影が、視界いっぱいに広がる。
立ったままなのは数名の武官と、賢妃の父に恩義のある者たちだけ。
だが、その者たちでさえ頭を上げようとはしなかった。
私は席に座ったまま、肘掛けを強く握り締める。
白くなるほど力を込めた指先は、小さく震えていた。
玉座の上の彼は、何も言わない。
沈黙だけが続く。
長い。
長すぎる。
静まり返った大殿で聞こえるのは、自分の鼓動だけ。
――ドクン。
――ドクン。
胸を叩く音が、喉元までせり上がってくる。
そして。
彼は静かに口を開いた。
「……許す。」
たった一言。
あまりにも軽く。
私は思わず顔を上げた。
彼は――
こちらを見ない。
数珠を静かに指で繰りながら、感情の欠片もない声で告げる。
「太子は徳を失った。」
「本日より東宮にて謹慎とする。」
「朕の勅命なくして外出を禁ずる。」
「監国の権限は……当面、宰相へ委ねる。」
頭の中で、何かが弾けた。
その瞬間。
列の最前にいた宰相の喉から、小さな笑い声が漏れる。
蛇が獲物を締め上げる時のような、
粘ついた笑みだった。
「陛下、英断にございます。」
私は近衛に「お送りいたします」と促され、大殿を降りた。
足に力が入らない。
宰相の横を通り過ぎた、その時。
彼はわずかに顔をこちらへ向ける。
唇は動かない。
だが、声だけが耳元へ届いた。
「殿下。」
「東宮のお茶は……お気に召しましたかな?」
私は拳を握り締める。
爪が掌へ食い込み、鋭い痛みが走った。
外へ出ると、眩しい陽射しが目に刺さる。
福海が門前で静かに頭を下げていた。
「殿下。」
「どうぞ。」
私は何も言わず歩き出す。
東宮へ戻り、
背後で大きな門が閉まる。
――ゴォン。
重く鈍い音が、宮中に響き渡った。
その瞬間。
私はようやく悟る。
……これが、本当の意味での軟禁なのだと。
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