第 55 話 新年之约
「どうぞ」
僕がそう促すと、青年は扇子を広げて微笑んだ。
「では、一問。
『春になると咲き、夏には散る。人の心にも宿るものは?』」
……なるほど。
なぞなぞというより、とんちに近い。
少し考え込んでいると、皇帝が横からさらりと言った。
「**恋**だ」
青年が目を丸くする。
「え?」
「春に芽吹き、人の心にも宿る。答えは"恋"だろう」
青年は思わず扇子を止めた。
「……お見事です」
周囲からも「おおーっ」と歓声が上がる。
皇帝は何事もなかったように僕の手から蓮の花灯籠を受け取り、小満へ渡した。
「行こう」
「お待ちください」
青年が慌てて追いかけ、小声で尋ねてきた。
「あなたほどの教養をお持ちなら……もしや宮中にお勤めで?」
僕の心臓がどきりと跳ねる。
しかし皇帝は肩をすくめ、どこか悪戯っぽく笑った。
「ええ。東宮で馬の世話をしております」
「……馬の世話?」
青年はぽかんと口を開けた。
皇帝は軽く彼の肩を叩く。
「今度、太子殿下にお会いしたらよろしくお伝えください」
そう言って、小満を片腕で抱え、もう片方の手で僕の手を引き、人混みを抜けていった。
かなり離れたところまで来て、ようやく僕は吹き出した。
「馬の世話って?」
「うん」
彼は平然とうなずく。
「太子のお世話係、って意味だから間違ってない」
「……屁理屈」
思わず軽く蹴ると、彼は楽しそうに笑った。
皇帝の腕の中では、小満が花灯籠を掲げ、食べかけの飴細工で口の周りをべたべたにしている。
「ママ! 灯籠流ししたい!」
「灯籠流しは夜になってから」
「じゃあ今は?」
皇帝は少し考えてから言った。
「花火でも買うか?」
「やったー!」
三人で花火屋の屋台へ向かう。
小満は一番大きな打ち上げ花火を欲しがったけれど、危ないので手持ち花火だけにした。
皇帝は店主と値段交渉を始め、たった二文を巡って延々と言い合っている。
「天下の皇帝が、たかが二文で値切るの?」
「金額の問題じゃない」
彼は真顔だった。
「こういうのは駆け引きが楽しいんだ」
結局、店主の方が折れ、おまけに線香花火まで付けてくれた。
西華門まで戻ると、福海が私服姿の護衛たちと待っていた。
僕たちを見ると、遠くから静かに一礼する。
「陛下。本日、賢妃娘娘が東宮へ年始のご挨拶にお越しになりまして……」
皇帝の足が止まる。
「何か見たのか?」
「いえ、特には。ただ……こちらだけ置いていかれました」
「何だ?」
「新しく書かれた冊子です」
福海は少し言いづらそうに続けた。
「題名は――
『雪灯りの夜――陛下と謎の美青年、その秘密の逢瀬』」
僕「…………」
皇帝「…………」
福海はさらに付け加えた。
「賢妃娘娘曰く、『今夜の出来事をもとにしておりますが、多少の創作は入っております』とのことです。お読みになりますか?」
「……燃やせ」
「かしこまりました」
僕は小満を抱き直し、東宮へ向かう。
皇帝はその後ろをゆっくり歩いてくる。
宮道は静かで、聞こえるのは三人の足音だけ。
「――老婆」
不意に彼が呼んだ。
「ん?」
「来年の今日も、一緒に祭りへ行こう」
振り返る。
灯籠の明かりに照らされた彼は、まだ灰色の粗末な着物のまま。
帯は少し曲がり、髪も乱れていて、本当に仕事帰りの町人みたいだった。
でも、その瞳だけは誰よりも輝いている。
「……うん」
僕は笑って頷く。
「来年も行こう」
「再来年は?」
「その時考える」
「じゃあ、その次は?」
「しつこいなあ」
彼は笑いながら駆け寄り、後ろから僕を抱きしめた。
「しつこくない」
顎を僕の肩に乗せたまま、小さく囁く。
「ただ、できるだけ長く……君の隣にいたいだけだ」
僕は何も答えなかった。
遠くで花火が上がる音がした。
宮城の高い塀の向こうから、鈍く冬空へ響いてくる。
――新しい年が、始まろうとしていた。
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