第53話 ワンコ旦那、恋愛スキルが日に日に上がってる
旧正月まで、あと二日。
小満は東宮で三つ目の枕を投げ飛ばした。
「お正月なんてやだー!」
貴妃の衣を着たまま胡座をかき、裾を花みたいに広げてふくれっ面になる。
「紅白もないし! 花火もないし! ウルトラマンもいない!」
私は落ちた枕を拾い、ぽんぽんと叩いてから言った。
「花火ならあるよ。昨夜から御膳房で準備してる。」
「じゃあウルトラマンは?」
「……それは、ない。」
「じゃあ年越しご飯も食べない!」
「好きにしたら?」
私は枕を放り返した。
「その代わり、角煮もなし。酢豚もなし。桂花糕も――」
小満はごくりと唾を飲み込み、二秒ほど必死に耐えたあと、小さな声で呟く。
「……じゃ、ちょっとだけ食べる。」
そのとき、廊下から足音が聞こえた。
皇帝が鳥かごを片手に現れる。
中には一羽の八哥がいて、人を見るなり元気よく鳴いた。
「陛下万歳!」
「それ、どこから?」
「南疆からの献上品だ。」
皇帝は鳥かごを床に置く。
「小満への土産。」
小満の目がぱっと輝く。
近寄って覗き込むと、八哥は首をかしげ――
「太子殿下、万歳!」
私「……」
「仕込んでおいた。」
皇帝は平然と言う。
「主人を覚えさせないとな。」
小満は鳥かごをつつきながら聞いた。
「この子、『きらきら星』歌える?」
「まだ無理だ。」
皇帝は少し考えてから続ける。
「だが、朕が教える。」
「どれくらいかかる?」
「三か月くらいかな。」
「遅すぎるー!」
小満は再びしょんぼりして、橘猫を抱えたまま長椅子へ転がる。
「おうちに帰りたい……。スマートスピーカーもあるし、レゴもあるし、パパのチャーハンも食べたい……」
皇帝が私をちらりと見た。
私は小さくため息をつく。
この三か月、私たちは誰一人「帰る」という話を口にしなかった。
システムはいつでも元の世界へ戻れると言っている。
それでも、私たちは暗黙のうちに、その選択を先送りにしていた。
「宮廷の外へ行ってみるか?」
不意に皇帝が口を開く。
小満は勢いよく顔を上げた。
「今夜、都で灯籠祭りがある。」
皇帝は小満の頭を優しく撫でる。
「朕がお前たちを連れて行こう。」
「ほんと!?」
小満は飛び起きた。
「私服で? ドラマみたいに?」
「ああ。」
「ママも?」
「もちろん。」
「やったぁ!」
小満は橘猫を抱いたまま、その場でくるりと一回転。
貴妃の簪や飾りが、ぱらぱらと床へ落ちていった。
私は皇帝の袖を掴む。
「本気なの?」
「太子と貴妃が一緒に宮廷を出るなんて、もし正体が――」
「バレたらバレたでいい。」
皇帝はあっさり言った。
「朕が、自分の息子と妻を連れて町を歩く。それの何が悪い?」
「今のあなたは皇帝でしょう。」
「皇帝は町を歩いてはいけないのか?」
「そういう意味じゃなくて――」
「細かいことは気にするな。」
彼は私のうなじを軽くつまんだ。
「着替えてこい。一炷香後、西華門で待っている。」
その指先が触れた瞬間、首筋がびくりと震える。
言い返そうとした言葉は、喉の奥で止まってしまった。
……このワンコ旦那。
人を口説くのが、日に日に上手くなってる。
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