第48話 陛下の口説き方、センスが昭和すぎる
皇帝がようやく傷も癒え、自分の足で歩けるようになったその日。
京の都には、この冬初めての雪が降った。
朝、目を覚ますと――
隣の布団が空だった。
小満の姿もない。
布団はすっかり冷え切っていて、二人ともかなり前に起きたらしい。
「影七。」
私が声をかけると、
梁の上から黒い影がふわりと舞い降りてきた。
その手には、金箔を散らした立派な便箋が一枚。
「陛下から殿下へのお手紙です。」
私は封を切る。
そこには、勢いよく書かれた文字が一行だけ。
『巳の刻、御花園。いつもの場所で待つ。月白の服で来い。』
「……」
"いつもの場所"?
御花園なんて、この三か月で十七回は連れて行かれた。
毎回、無理やりだったけど。
それに――
月白の服?
私、そんな服あったっけ?
箪笥をひっくり返す勢いで探し回り、
ようやく月白色の金糸入り蟒袍を見つけた。
鏡の前に立つ。
……科挙に首席合格した若き秀才みたいだ。
御花園は静まり返っていた。
雪かきの宦官すら見当たらない。
湖のほとりまで歩いた、その時。
背後で、雪を踏む音がした。
振り返る。
舞い落ちる雪の中に、一人の男が立っていた。
皇帝だった。
黒い外套をまとい、手には錦の箱。
髪にも肩にも雪が積もっている。
……ずいぶん前から待っていたらしい。
「来たか。」
彼は歩み寄り、
私の服を上から下まで眺めて、眉をひそめた。
「……違う。」
「これしか月白の服がないんだけど。」
「俺が言ったのは前世のやつだ。」
「忘れたのか?」
「初デートの日、お前が着てたアイボリーのトレンチコート。」
私はしばらく呆然としたあと、
ようやく思い出した。
「あれは月白じゃなくてアイボリー。」
「それに七年前の話なんだけど。」
「似たようなもんだ。」
本人は真顔だった。
そう言って彼は錦箱を私に押しつける。
私は蓋を開ける。
中に入っていたのは一本の簪。
上質な白玉で作られ――
ウルトラマンが彫られていた。
「…………」
皇帝はどこか誇らしげに胸を張る。
「工部に作らせた。」
「三晩かけて研究してたぞ。」
「朕、この神獣は何なんですかって、ずっと聞かれた。」
私はそのウルトラマン簪をつまみながら、
泣けばいいのか笑えばいいのかわからなくなった。
「……口説く相手への贈り物が、これ?」
「気に入らなかった?」
「嫌いじゃない。」
私は深くため息をつく。
「でもね。」
「あなたの口説き方、センスが古すぎる。」
「前世だって、せめて花をくれたり、ご飯に誘ったりはしてたでしょ。」
彼は二秒ほど黙る。
そして突然、
パチン、と指を鳴らした。
次の瞬間。
築山の陰から、ぞろぞろと人が現れた。
淑妃。
賢妃。
徳妃。
麗嬪――
後宮の面々が勢ぞろいしている。
しかも全員、
両手いっぱいに花を抱えていた。
淑妃がにやにや笑いながら駆け寄ってくる。
「陛下が『殿下は花が好きだから』って仰るものですから!」
「みんなで朝から摘んできましたの!」
「寒くて手が真っ赤ですわ!」
賢妃は蝋梅の鉢を抱え、小声で言う。
「本当は殿下は実用的な物のほうがお好きそうだと思ったのですが……」
「さすがに、それは申し上げられませんでした。」
「……」
私は頭を抱えたくなった。
皇帝は軽く手を振る。
「ご苦労。」
妃たちは名残惜しそうに何度も振り返りながら去っていく。
その中でも淑妃だけは袖から小さな帳面を取り出し、
走りながら何かを書き留めていた。
……絶対また"推し活日記"だ。
私は額を押さえる。
「なんでみんな呼んだの?」
皇帝は当然のような顔をした。
「雰囲気作り。」
「ドラマって、こういう演出するだろ?」
「それ、プロポーズだから!」
「そうなのか。」
彼は目をぱちぱちさせる。
「じゃあ、今やる?」
「は?」
言い終わるより早く。
彼は私の前で、
すっと片膝をついた。
「……っ!」
私は驚いて一歩下がる。
危うく湖へ落ちそうになったところを、
彼が素早く手首を掴んで引き戻した。
「何してるの!」
「口説いてる。」
彼は見上げて笑う。
雪が長い睫毛に降り積もり、その笑顔を柔らかく彩っていた。
「前世では跪かなかった。」
「だから今世で、その分もちゃんとやる。」
「早く立って!」
私は慌てて声を潜める。
「ここ御花園なんだから!」
「誰かに見られたら――」
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