第43話 賢妃が隠していた秘密
俺は、賢妃本人に会いに行くことを決めた。
だが、こちらが動くより早く――
賢妃の方から東宮へやって来た。
侍女は連れていない。
一人きりで食籠を提げ、東宮の門前に立っていた。
その顔色は、ひどく青白い。
「殿下……。」
「少し、お時間をいただけますでしょうか。」
俺は無言で彼女を中へ通し、扉を閉めた。
「……俺が君を訪ねるつもりだったと知っていたのか?」
賢妃は苦く笑う。
「殿下が、もう調べ終えていることくらい……わかります。」
俺はまっすぐ彼女を見つめた。
「なら話してくれ。」
「福海は、何者なんだ。」
賢妃は食籠を机へ置く。
中から一つの椀を取り出した。
だが中に入っていたのは汁物ではない。
椀の底に、小さく折り畳まれた紙切れが隠されていた。
彼女はそれを俺へ差し出す。
「……福海は、太后様の人です。」
「陛下が即位された日から、ずっと。」
俺は紙を開く。
そこには、小さな文字で一行だけ書かれていた。
「もし陛下が崩御されたなら、皇太子はまだ幼い。よって、睿王を即位させるべし。」
睿王――。
先帝の実弟。
現皇帝にとって叔父にあたる人物だ。
長年、江南の守備を任されていたが、
先月、京へ帰還し、職務報告を終えたばかりで、まだ都に滞在している。
俺は顔を上げた。
「……太后は、俺を廃そうとしているのか?」
賢妃は静かに首を振る。
「違います。」
「太后様ご自身のお考えではありません。」
「望んでいるのは睿王です。」
「太后様は……ただ、彼に心を動かされてしまっただけ。」
「そして福海は、その二人を繋ぐ伝書鳩なのです。」
俺は紙を握り潰した。
「……なぜ俺に教える?」
賢妃はゆっくり顔を上げた。
その目は、いつの間にか赤く染まっていた。
「……父を殺したのが、睿王だからです。」
俺は息を呑む。
賢妃は感情を押し殺したような静かな声で続けた。
「三年前。」
「父は戸部尚書でした。」
「睿王による軍資金横領の証拠を掴んだ翌日――」
「『急死』しました。」
その語り口は驚くほど平坦だった。
まるで、自分とは無関係な誰かの話でもしているように。
「私は復讐するために入宮しました。」
「ずっと……機会を待っていたんです。」
賢妃は俺を真っ直ぐ見つめる。
「殿下。」
「陛下と殿下だけが、私の最後の希望なのです。」
俺は長い間、黙って彼女を見つめていた。
そして静かに尋ねる。
「……俺に何をしてほしい。」
賢妃は迷わず答えた。
「今夜。」
「睿王は城外の軍営で兵を動かします。」
「表向きは『陛下護衛』の名目です。」
「ですが本当の狙いは違います。」
「北疆で陛下が戦死したという報せを待ち、それを口実に軍を率いて京へ入るつもりです。」
俺は即座に言い返した。
「陛下は死なない。」
賢妃は俺の目を見据えたまま、小さく問い返す。
「……もし。」
「敵が、陛下を殺すつもりだったとしたら?」
その瞬間。
頭の中で何かが弾けた。
ガタン――。
天井の梁から一つの黒い影が舞い降りる。
影七だった。
片膝をつき、
一本の矢を俺へ差し出す。
矢には軍報が結び付けられている。
俺は急いで紙をほどいた。
そこに書かれていたのは、たった四文字。
「陛下、中伏。」
――陛下、伏兵に遭う。
指先から力が抜けた。
軍報が床へはらりと落ちる。
賢妃がそれを拾い上げ、
一目見た瞬間、顔色が真っ白になった。
「……間に合わない。」
「睿王の配下が、もう動き始めています。」
俺は拳を握り締める。
「影七。」
自分でも驚くほど声が張り詰めていた。
「集められる者は全員集めろ。」
「東宮を死守する。」
「それから――」
「蘇貴妃をここへ。」
「何があっても、一歩たりとも俺の側から離すな。」
影七は短く頷いた。
そして再び影の中へ消えていく。
俺は足元へ落ちたあの紙切れを拾い上げ、
強く握り締めた。
……このバカ旦那。
絶対に帰ってくるって、約束しただろ。
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