第38話 「今回は、俺たちを放っておいてください」
皇太子が監国を任されるという知らせが広まった途端――
東宮の門は、まるで市が立ったかのような騒ぎになった。
祝いの品を持ってくる者。
挨拶に来る者。
腹の内を探りに来る者。
次から次へと押しかけてきて、門前は途切れることがなかった。
午前中いっぱい応対を続けた結果、笑いすぎて頬が引きつる始末。
最後には「体調不良」と理由をつけ、誰にも会わないことにした。
午後になると、小満が寿康宮から戻ってきた。
両腕いっぱいに菓子を抱え、口いっぱいに金木犀の飴を頬張りながら、もごもごと話す。
「ママ~、太后さまが今夜ご飯食べに来てって。」
「……私だけ?」
「ううん。」
少し考えてから、小満は答えた。
「パパも。」
「あと、ぼくも。」
俺は思わず眉をひそめる。
……嫌な予感しかしない。
この食事。
どう考えても、ただの晩餐じゃない。
まるで鴻門の宴だ。
夕暮れ。
俺たち三人はそろって寿康宮へ向かった。
太后は上座に座り、目の前には豪華な料理が並んでいる。
俺たちが入ると、その視線がゆっくり三人をなぞり――
最後に止まったのは、
皇帝が握っている俺の手だった。
「座りなさい。」
促されて席につく。
料理はどれも見事だった。
けれど、誰一人として味わう余裕はない。
太后は魚を一口つまむと、何気ない口調で尋ねた。
「皇帝。」
「お前、いつから後宮へ足を運んでおらぬ?」
皇帝は箸を止めないまま答える。
「覚えていません。」
「三か月か?」
太后は箸を置いた。
「……いや、四か月になるか?」
「母上は何がおっしゃりたいのです。」
太后は一度俺を見て、
それから小満へ視線を移し、
小さくため息をついた。
「哀家も年を取った。」
「もうお前たちを縛るつもりはない。」
「だが、一つだけ言わせてもらう。」
そこで言葉を切り、
静かに続ける。
「皇族としての体面だけは、守りなさい。」
俺の背筋がぴんと張る。
「皇太子が監国することに異論はない。」
「皇太子と貴妃が親しくするのも……兄妹のような情として見なせばよい。」
「だが、お前たち三人は――」
太后は俺たちを順番に指差した。
「夜まで同じ場所で過ごしておるそうだな。」
「それでは体裁がつかぬ。」
小満は口いっぱいに肉団子を頬張ったまま、
きょとんと顔を上げた。
「太后さま。」
「"体裁"って何?」
「……」
太后は言葉を失った。
皇帝は静かに箸を置く。
「母上。」
「朕には朕の考えがあります。」
「考え?」
太后は小さく鼻で笑う。
「考えがある者が、皇太子を龍案の隣へ座らせるか?」
「考えがある者が、毎日のように東宮へ通うか?」
「皇帝。」
「文武百官が皆、お前を見ているのだぞ。」
皇帝は一瞬も迷わず答えた。
「見たければ見せておけばいい。」
「お前……!」
その空気を断ち切るように、
皇帝はゆっくりと太后を見据えた。
声は低く、静かだった。
「母上。」
「朕は今まで、一度も母上に何かを願ったことはありません。」
ほんのわずかな間を置いて、
はっきりと言う。
「ですが、今回だけは。」
「どうか、口を挟まないでください。」
太后が目を見開く。
俺も息を呑んだ。
その一言には――
あまりにも重い覚悟が込められていた。




