第36話 皇帝が毎晩東宮に泊まるせいで、後宮が大混乱
皇帝が毎晩、東宮に泊まっているという噂は、あっという間に後宮中へ広まった。
私は何も知らなかった。
昼食の時間になるまでは。
その時、淑妃がやって来た。
手には食籠を持ち、まるで獲物を見つけた猫のような笑みを浮かべている。
「殿下」
彼女は丁寧に礼をした。
けれど、その視線はずっと内殿の方へ向いている。
「貴妃娘娘は?」
「太后様のところだ」
「そうですか……」
淑妃は意味ありげに声を伸ばしながら、食籠から一皿の菓子を取り出した。
「臣妾が新しく作ったものです。棗餡入り山薬餅ですよ。気を補い、血を養う効果があります」
私は礼を言い、一口食べた。
その瞬間。
彼女が口を開いた。
「殿下、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「何だ?」
「殿下と陛下は……」
淑妃は声を落とす。
「……もう仲直りされたのですか?」
私は危うく菓子を喉に詰まらせるところだった。
「何の話だ?」
「隠さなくても分かります」
淑妃は身を乗り出した。
その目は異様なほど輝いている。
「今朝、福海公公がわざわざ伝えに来たのです。陛下はこれから毎日、政務を終えた後、東宮で食事を取られると」
「これで何もないと言えますか?」
私は黙った。
……あの男。
また勝手に決めたな。
しかし、淑妃は私の沈黙を別の意味に受け取ったらしい。
突然、私の手を握った。
興奮で声まで震えている。
「よかったです! 臣妾は分かっていました!」
「殿下と陛下は、まさに天が定めたお二人――」
「待て」
私は慌てて遮った。
「自分が今、何を言っているのか分かっているのか?」
「もちろんです!」
淑妃は真剣な顔で頷く。
「太子殿下と陛下の父子の絆が深まることは、大周にとって何よりの吉兆です!」
「……」
私は何も言えなかった。
すると淑妃は、ふと思い出したように袖の中から一冊の冊子を取り出した。
そして私の手に押し込む。
表紙には大きな文字。
『龍陽東宮』
「……何だ、これは?」
「最新の話本です」
淑妃は声を潜めた。
「殿下と陛下のお話を書いたものです。臣妾が徹夜で書き上げました。まだ発売前なので、先に殿下に読んでいただこうと」
私は恐る恐る冊子を開いた。
一ページ目を見た瞬間。
手が震えた。
『太子殿下は美しい瞳を細め、薄い唇を開いた――』
『父皇、私は……』
「もういい」
私は無言で冊子を閉じた。
「何だこれは?」
「芸術的な創作です」
淑妃は少し恥ずかしそうに笑う。
「ただ……三千字ほど書いたところで気づいたのです」
「殿下と陛下は父子関係なので、このままでは物語として難しいと」
「だから途中から設定を変えました」
「実は殿下は先帝の隠し子で、陛下は摂政王。お二人には血の繋がりがなく――」
「淑妃」
「はい?」
「燃やせ」
「え?」
「今すぐ。直ちに。跡形もなく燃やせ」
淑妃はしょんぼりと冊子を受け取った。
そして扉の前まで行ったところで、振り返る。
「では……」
「太子殿下と貴妃娘娘のお話なら、続きは書いても?」
「それも駄目だ!」
淑妃は大きくため息をついた。
そして何度も振り返りながら、ゆっくりと去っていった。
私は額を押さえる。
ようやく一息つこうとした、その時。
「殿下」
福海が入ってきた。
「陛下がお呼びです。御書房へお越しください」
「何の用だ?」
福海の表情が妙だった。
「賢妃娘娘もいらっしゃいます」
「それから……」
彼は少し間を置いた。
「礼部尚書、兵部尚書、戸部侍郎も」
私の胸がざわつく。
これは……
まさか。
三者面談ならぬ――
三方面からの取り調べなのか?




