第26話 翌朝、皇帝が見たもの
翌朝。
空がようやく白み始めた頃。
私は――蹴りで目を覚ました。
小さな裸足が、錦の布団越しに私の腰を軽く蹴る。
力は強くない。
けれど、狙いだけは恐ろしく正確だった。
ぼんやりと目を開けると。
目の前にあったのは、傾国の美貌を持つ蘇貴妃の顔だった。
眉間にはわずかな皺。
唇は少し尖っている。
一体どんな夢を見ているのか、寝言を漏らしながら、もぞもぞと隣へ寝返りを打とうとしている。
彼女は貴妃の藕荷色の寝衣をまとい、帯は半分ほど緩んでいた。
長い髪は枕いっぱいに広がっている。
けれど、その絶世の美貌に浮かぶ寝顔は――
どう見ても、普段寝相の悪い息子・小満そのものだった。
反対側では。
皇帝が横向きに寝転び、片手で頭を支えながら、静かにその光景を眺めていた。
深い瞳には、呆れにも似た、柔らかな笑みが浮かんでいる。
まるで、ずっと前から見ていたかのように。
私は掠れた声で言った。
「……何を見ている。」
彼は小さく笑った。
「二人の寝相を見ていた。」
「何も変わっていないな。」
「一人は布団を奪い、一人は人を蹴る。」
私は視線を落とした。
そして気づく。
案の定。
布団はすべて私の下に巻き込まれていた。
皇帝と小満は、半分にも満たない布団の端だけをかけている。
さらに隣では――
私の息子である蘇貴妃が。
細く長い足を皇帝の脚の上に乗せ。
寝衣は太腿近くまでずれている。
貴妃としての優雅さなど、欠片もない豪快な寝姿だった。
私は珍しく気まずくなる。
「……寒くないのか?」
皇帝は腕の中を見下ろした。
「これを抱いているから、平気だ。」
彼の腕の中。
蘇貴妃は無意識に皇帝の胸元へすり寄っていた。
小さな手は、彼の寝衣の襟をぎゅっと掴んでいる。
まるで巣を探す小動物のようだった。
皇帝は慣れた手つきで、彼女の乱れた帯を整える。
指先が白い肩に触れた瞬間。
ほんの一瞬だけ動きが止まった。
だが次の瞬間には、何事もなかったように布団をかけ直していた。
私はその微妙な変化を見逃さなかった。
思わず笑いそうになる。
「慣れない?」
彼は否定しなかった。
「昨夜、彼女は相当眠かったらしい。」
「布団に入った瞬間、寝てしまった。」
「そして今朝、目を開けたら……この顔が自分の胸元に潜り込んでいる。」
皇帝は少し間を置いた。
「さすがに、少し時間が必要だった。」
蘇貴妃の顔は。
システムによって完璧に作り上げられたものだ。
六宮随一の美貌。
その言葉が大げさではないほど。
どの角度から見ても、大人の女性として完成された美しさを持っている。
だが今。
口を少し開け。
口元にはわずかな寝跡。
何の警戒もなく眠る姿は。
その絶世の美貌に、幼い子供のような無邪気さを加えていた。
この奇妙なギャップを理解できるのは。
きっと、私たち一家三人だけだ。
私は手を伸ばし、彼女の頬を軽くつついた。
「小満、起きろ。」
「……ん……」
蘇貴妃は小さく唸る。
そして寝返りを打つと。
そのまま皇帝の胸元へ顔を埋めた。
「いや……眠い……」
その声は。
蘇貴妃本来の、甘く柔らかな女性の声だった。
なのに。
口にしている言葉は、完全に五歳児のものだった。
皇帝は胸元に顔を埋める貴妃を見つめる。
二秒ほど沈黙した。
そして。
そっと手を伸ばし、彼女の背中を軽く叩いた。
「もう少し寝ろ。」
すると。
腕の中の人はすぐに静かになった。
呼吸もまた、ゆっくりと長くなる。
私は寝台の端に座りながら、その二人を見る。
帝王が貴妃を抱き。
貴妃が彼の胸の中で丸くなっている。
外から見れば。
まるで話本に出てくるような、甘美で艶やかな光景だ。
けれど私は知っている。
彼が背中を叩く力加減も。
彼が小満を見下ろす時の優しさも。
すべては前世で、息子を昼寝に寝かしつけた時に残った習慣なのだ。
「昨日言っていたな。」
「賢妃のところに、情報が漏れたって。」
私は静かに本題へ戻した。
皇帝は顔を上げる。
指先はまだ小満の背中に置かれていた。
一定のリズムで、優しく撫で続けている。
「うん。」
「彼女の側仕えの侍女が、昨夜の騒ぎを聞いた。」
「『爸爸』という二文字が……賢妃の耳に届いた。」
私の心臓が跳ねた。
「彼女は……どう反応した?」
皇帝は淡々と答えた。
「当然、疑った。」
「では、どうするの?」
私は問いかける。
彼は小満の髪を指先でそっと撫でた。
「もう手は打ってある。」
「今日の朝議で――」
「一つ、やることがある。」
彼の瞳が、ゆっくりと冷たく光った。
「これ以上、誰にも疑わせないために。」
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