第2話 皇帝陛下の誤算、あるいは嫉妬に狂う夫の事情
話は、三ヶ月前に遡る。
あの日。
俺は突然、異世界の物語の中へ転生した。
そして目を覚ました瞬間――
俺は大周朝の皇太子になっていた。
十八歳。
次期皇帝。
将来、この国の頂点に立つ存在。
どう考えても。
人生勝ち組ルート確定だった。
……そう思った。
少なくとも。
あの声を聞くまでは。
突然。
頭の中に無機質な電子音が響いた。
【世界の亀裂を検知しました】
【人物設定の異常を確認しました】
【以下の任務を達成してください】
【任務一:家族三人の再会】
【任務二:この世界で一年間生存する】
【任務達成報酬:20億円】
「……は?」
いや。
待て。
いきなり何を言っている?
意味が分からない。
そんな疑問を抱く暇すらなかった。
次の瞬間――
寝殿の扉が勢いよく開いた。
「……え?」
小さな影が、よろよろとこちらへ駆け込んでくる。
そして。
俺の顔を見るなり――
「うわぁぁぁん!!」
突然、大声で泣き始めた。
「ママぁぁぁ!!」
俺は固まった。
……は?
ママ?
俺が?
なぜ?
混乱する俺の前に現れたのは。
ただの子供ではなかった。
現在の皇帝陛下が最も寵愛する人物。
後宮随一の美貌を誇る女性。
――蘇貴妃。
……いや。
違う。
正確には。
俺の五歳の息子だった。
「…………」
俺の脳内は完全に停止した。
◇
後になって分かった。
この世界に来たのは、俺だけではなかった。
五歳の息子もまた、転生していた。
しかも。
俺よりも遥かに悲惨な形で。
なんと――
皇帝陛下が溺愛する女人。
蘇貴妃そのものになって。
その日の夜。
息子は絶対に自分の宮へ戻ろうとしなかった。
「怖い」
そう言って。
俺の服を掴んだまま、絶対に離れない。
結局。
俺は心を折られた。
「……分かった。一緒に寝る」
そう答えた。
だが。
それが全ての始まりだった。
翌日。
「ママ……窓の外に幽霊がいる」
三日目。
「ママ……庭のあの茶色い猫、ずっと僕を見てる」
四日目。
「ママ……夢の中で僕、角煮にされた」
五日目。
「ママ……誰か僕のこと食べようとしてる気がする」
そして――
それ以来。
蘇貴妃は毎晩のように東宮へ泊まるようになった。
もはや。
誰にも止められない状態だった。
◇
そんなある日のこと。
俺が書斎で太子としての勉学に励んでいると。
隣では息子が果物をかじっていた。
しばらく黙って食べていたと思ったら。
突然。
その小さな顔が曇った。
「ママ……」
「どうしてここにはスイカ味の棒付きキャンディがないの?」
「……ここは昔の時代だからな」
「昔って不便すぎるよ」
「……まあな」
「帰りたい」
「……」
「ママもパパに会いたい?」
その瞬間。
俺の手の中の筆が止まった。
答えることができなかった。
すると。
息子は小さな体で俺のところまで近づいてきた。
そして。
昔、家でしていたように。
小さな手で俺の頬に触れる。
「大丈夫」
「パパを見つけたら」
「また家に帰れるよ」
その瞬間――
ドンッ!!
外から、何かが倒れる大きな音が響いた。
「え?」
次の瞬間。
盗み聞きしていた小太監が、転がるように逃げていった。
顔は、まるで熟した猿のお尻のように真っ赤だ。
そして走りながら叫ぶ。
「な、何も聞いてませんからねぇぇぇ!!」
「太子殿下と蘇貴妃様……尊すぎますぅぅぅ!!」
その時。
俺はようやく気づいた。
……まずい。
何かが。
とんでもなく間違った方向へ進み始めている。
以前から。
後宮で囁かれている噂は、俺の耳にも少しは届いていた。
だが。
真実を知った今でも――
俺は。
衝撃を受けずにはいられなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
皇太子になったと思ったら、五歳の息子がまさかの皇帝の寵妃に!?
しかも本人は後宮一の美女なのに、中身は完全に「ママ大好きな五歳児」……。
果たして主人公は、この危険すぎる状況を乗り越えられるのでしょうか。
……ちなみに。
東宮に泊まり続ける蘇貴妃の存在を、皇帝陛下が知った時。
一体どんな修羅場が待っているのか……。
次回、皇帝陛下の誤解が爆発します。
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