従軍作家・1
1942年昭和17年暮れ。
結核が再発した碧生蒼太郎は江古田にある結核療養所に入院した。現在の練馬区江古田にあった東京市療養所である。大正9年に建てられた古い建物で、詩人の立原道造が入院し、24歳の若さで亡くなった病院だった。妻のリカも毛布と身の回りの物を背負って市電と電車を乗り継ぎ、江古田の療養所に向かった。
蒼太郎は高熱にあえぎながら狭い部屋のベッドに寝ていた。38度以上の高い熱が昼夜となく続き、真冬の寒い時期だというのに顔と体には玉のような汗をかき、寝巻はぐっしょりと濡れていた。高熱で便所にも行けず、ベッドの脇には尿瓶が雑然と置かれていた。ただ大量の発汗のせいか尿はほとんど出ない。水の他は口にできないほど衰弱していたが、訪れたリカの事はしっかりと認識した。
「何をそんなに大荷物を? 」
息が肺から漏れ、蒼太郎の声は力なく擦れていた。
「私の身の回りの物と毛布です。泊まりこんで貴方についているつもりで」
「だめです。帰りなさい」
「どうして?」
「移ってしまう。それに貴女には亜希子の傍にいて欲しいんだ」
「なぜそんな事を言うの? 母親だから?貴方の妻という事よりそれが優先?」
「落ち着いて。ここでの僕にはもう、貴女にやってもらう事はないんだ。良くなって退院するまでは」
蒼太郎は無理に笑おうとしたが、力がなく口角が上がらない。
「ここは僕が一人で戦う戦場だから。君は家に居て待っていておくれ」
ここは自分の戦場だから。蒼太郎はもう一度繰り返して、リカの手を触った。握る力はないようだった。
「戻るから。亜希子と待っていてください。素敵な物語を沢山書いておいてくれ。退院したら読むよ」
来た時と同じ電車に揺られ、リカは四ツ谷に帰るしかなかった。手に下げ背中に背負った大きな荷物が車内の客にぶつかり、邪魔臭いというように顔をしかめられたが、全く気が付かなかった。蒼太郎は戦うと言った。自分も戦わなくてはならない。できる事で。
「お帰りなさいお母様」
夜も更けた頃実家の戸を開けると、母のゆふにお風呂に入れてもらい、紅い寝巻と半纏を着せてもらった娘の亜希子が駆け寄って抱き着いた。
娘を連れて家に帰ったリカは、誰もいない家にただいまと声をかけた。もう夜も遅いし、隣家の柘植さやは夫が再び出征していく日に向けて、千人針を縫うのに忙しい。いつもは蒼太郎とリカと亜希子、三人で布団を並べて寝ている茶の間に、今夜から当分の間2人の布団を敷いて寝るのだ。
大人用の布団の隣に娘の小さな布団をくっつけて敷き、戸締りをしておやすみなさいと電気を消したが、リカは長いこと眠れなかった。不安がる亜希子が自分の布団に入ってきた。大人達の動きをよく見て騒がず静かにしていても、まだ5歳なのだ。リカは子供くさい娘の頭を胸に抱き寄せた。
翌朝。市電の駅に長身の青年が降り立った。つんつるてんの背広にぶかぶかのズボンという体に合わない服を着て、大きなトランクとリュックを背負った青年は、青白い顔はしていたがその表情は晴れ晴れとしている。
古い料亭と惣菜屋の間の石段をゆっくり抜けて、ふと足を止め、小さな三角広場を懐かしそうに眺めた青年は、背中の荷物を重そうにひと揺すりして、また歩き出した。古い二階建ての屋敷の玄関をガラガラと開ける。
「ただいまお母さん。ヨハネです」
小さな姪の亜希子が転がるように走ってきた。先日お見舞いに来た時に顔を覚えたのか、キャーキャー声をあげながら子犬の様に飛びつく。荷物を置いたばかりのヨハネはリュックの重みもあって思わずよろけた。
「おいおいお姫様。そんなに手荒くしないでよ。おじちゃん病み上がりなんですよ」
「おかえりヨハネ。随分突然じゃない」
「今朝退院したんです。そんなに荷物もないし家にくらい独りで帰れますよ」
ゆったりと出てきた母のゆふは、息子の下ろしたリュックを玄関先に置き、トランクを受け取った。
「省線の駅から来たの? この辺はだいぶ変わったでしょう」
「入院した子供の時以来ですからね。僕は市電の駅から歩いたけど、思わず人に尋ねちゃいました」
退院したヨハネを迎えた間宮家の夜は、久々に団らんの空気に溢れた。育ち盛りの彼の服は、母が仕舞っておいた父の服を大急ぎで縫い直す事にして、ささやかな夕餉を楽しんだ。皆この場にいない蒼太郎を気づかったが、心配してもしょうがない事なのだ。お風呂に入って行きなさい、という母の言葉に甘えてリカと亜希子は久々に実家の風呂に入った。
母子で並んで食事の後片付けをして、亜希子と遊ぶヨハネの元気な声を耳にしながら風呂を焚き、小さな子連れなので先に入られてもらう。そんな実家で過ごす穏やかな時間は随分久しぶりだ。
「どう、久々の家のお風呂は」
湯上がりに分厚い外套と襟巻で武装して、リカは交代で風呂炊きに出た。今は弟のヨハネが入っている。
「気持ちいいよ。療養所の風呂も綺麗で近代的でよかったけど、やっぱり家族と一緒にいるっていうのがいい」
子供の時からずっとサナトリウム育ちだったヨハネにとっては、多分成長後初めて味わう『家庭の夜』だろう。リカはどんどん薪をくべながら膝小僧を抱えて窯の脇の庭石に座っていた。
「ずっと入所させっぱなしで、家族を恨めしく思っていない?」
「まさか。だって姉さんもしょっちゅう来てくれたし、僕が病気だったからだし。なんで逆恨みなんてするんだよ」
「いえ、あんたの10代をほとんど療養所の中で過ごさせちゃったなあって……蒼太郎先生の今いる施設に行くたびに思う。あんたには酷だったって。少し良くなったら引き取るべきだっんじゃないかって」
「むしろあそこに入れて、きっちり治してもらってよかったよ。姉さんがそんな風に自罰的に思うの、自分じゃかっこいいと思ってるかもしれないけど全然違うから」
ヨハネはちゃぽん、と軽い水音を立てた。風呂桶は背が伸びた彼には狭く、足がよく伸ばせないはずだ。
「俺、ちゃんと仕事探して働くから。療養所の中でも色々勉強したけど、世間に無知な俺でも頑張って働いてお金を稼ぐから」
だから姉さん心配しないで。全部自分で何とかしようなんて思わないで。そんな事無理なんだから。俺もいるから。
ヨハネは窓をガラッと開けて、姉を見て微笑んだ。
「もう充分熱いから大丈夫だよ。湯冷めしちゃうから家に入って。風呂から上がったら送ってくから亜希子ちゃんと待ってて」
自分が守らないと、と思っていたか弱い弟は、気が付かないうちに立派な若者になっていた。
娑婆の生活に慣れたヨハネは、サナトリウムで知り合った元患者の紹介で、とある映画会社の下働きとして雇ってもらえる事になった。全国の映画館で必ず上映されるニュース映画の制作会社である。
都内に工房と本社を持つこの会社は常に人を募集していた。ヨハネはここで映像に焼き付ける字幕の職人見習いとして働いた。給金は少なかったが四ツ谷の自宅から電車を乗り継いで通った。毎日遅くまで働き、仕事が立て込んでくると職場に泊まり込む日もしばしばだった。結核の症状はほぼ解消したとはいえ肺や背骨にまだ病巣があり、徴兵検査では兵役に耐えられぬと丙種に留められた。
ともあれ若く一生懸命に働くヨハネは社員の信頼を得た。下働きから正社員に格上げされ、字幕だけでなく撮影助手の仕事も教え込まれた。遊びに出る事もなく呑みにも行かないの、で給料をほとんど母と姉に渡し、間宮家や主人の蒼太郎が入院中の碧生家を支えた。
1943年(昭和18年)
碧生達が住む東京市はこの年「東京都」となった。だが彼らが住む四ツ谷区はそのまま、表示も区分も行政も変わらなかった。現在の新宿区は都内では珍しく、戦後も珍しく古い町名が残っている地域であるが、リカやヨハネ達にとってなじみの四ツ谷という町名が残されたのは嬉しかった。
初夏、朗報がもたらされた。練馬の病院で療養中だった蒼太郎の退院が許可され、約半年ぶりに我が家に帰る事になったのだ。リカと義母のゆふ、隣家のさやが退院を手伝い、荷物を持った。
「ありがとう。でも僕一人のささやかな出所にこんなに皆で来るもんじゃないよ」
「長く入院してたんですもの。それなりに荷物も増えるでしょう」
リカは顔色こそ悪いが咳が収まり目に輝きが戻った夫を、安堵の目で見た。丸めた布団を背負うのはたまたま非番の義弟ヨハネの役である。
「悪いなヨハネ君」
「なに、貴重な男手ですから、お姫様達からこき使われるのなんか慣れっこですよ」
カメラや撮影機材、録音道具を運ぶ作業が多いヨハネは、細いなりにめっきり力が付き、頼りにされていた。その若々しい力強さに蒼太郎は少々嫉妬した。サナトリウムへの入院当時、十代初めの頃は自分より症状が重く、車いすでしか移動できないほど弱っていたのに、彼はか細い少年から、同じ細くとも力強い青年の若さを手に入れている。そして皆から頼られ、他者を気遣う事もできる。
蒼太郎の嫉妬は何事につけ彼を苦しめた。自分のいない間、すっかり実家と近くなり母親と和解した妻は、何かと言うと行き来し、娘もおばあちゃまと若いおじちゃまに頼る。それが自分を気遣い、余計な負担をかけないようにとの配慮だとわかってはいるが、蒼太郎は納得できなかった。妻はそうして周囲の協力を得て、また娘の亜希子もよく理解して大人しく遊び、母に執筆の時間を提供している。その完成されたバランスの輪の中に入っていけない自分を、蒼太郎は感じていた。
とはいえ隣家でつつましく穏やかに、リカやその母とも仲良く暮らしている柘植さやに、若い頃のように一時の心身の安らぎを求めるわけにもいかない。彼女なら自分を落ち着かせ、なだめすかしてくれるだろう。だが父の愛人だった彼女は親友の妻で、しかも立派な母親だ。リカと同じ立場なのだ。
「女性というものは強いよ……」
隙間風の入る小さな書斎の座卓で、ときおり着物の袖に腕を引っ込め温めながら、蒼太郎は出版される当てのない原稿を綴っていた。
昭和18年。夏。
ヨハネは会社から命じられ、従軍カメラマン(軍属)として軍の訓練風景を撮ることになった。先輩社員達とカメラを担ぎ、録音機材を携えて各地の国内の基地を撮影していくのだ。撮影した映像は素材として情報局の検閲を受け、ニュース映像や国威高揚映画の素材として使われる。
撮影中も担当の高飛車な軍人が付きっきりで、撮影可能な場所その他一切を仕切り、命令を下していた。若いヨハネはカチンとくる事もあったが、撮影を終え帰る道々、先輩社員達がガス抜きをしてくれた。
「お前の気持ちはよくわかるよ。民間人相手に威張りくさりやがって、てめえは前線にも行かず、内地でたまに慰問に来る女優でも見て鼻の下伸ばしてるんだろうよ。そう言いたいんだろう」
「はい。御明察であります」
「ありますはやめろ。そんな事は俺らはお前の百万倍くらいぶちまけてやりてえんだよ。でもな、これが俺たちの仕事なんだ。そして俺たちの撮った映像を映画館に見に来て、自分の息子の姿を見て安心する親達も大勢いるんだ」
それが、軍と軍人を映す隠れた大きな意味だと思っている。年とった演出補兼キャメラマンはそうつぶやいた。




