特高警察と少年・2
もう辺りは静まり、少し離れた築地警察署方面から時折り罵声が響いてくる。片や通りを隔てた築地本願寺や、さらに離れた聖路加病院、外国人居留区方面は静寂に包まれている。
ずるずると這いつくばり、少しずつ舞台下から出てきた槇村と佐田は、荒らされ尽くした楽屋を避け、裏のごみ置き場から外へ出た。
楽屋も事務室も、照明 室も舞台袖も、全部地震か台風の後のように事務機も机もひっくり返され、書きかけの台本や舞台の設計図、演出プランの原稿等が散乱し、その上を大勢の警官が踏み荒らしたのか、汚れた足跡が無数に着いていた。他の物は持ち去られたのか、ガリ版も印刷機も無く、奥の金庫も消えている。何よりも大事な労働者券配布用の名簿は、誰か持ち出せたのだろうか。
この日のガサ入れが本気のものであったのは、後にここ築地の劇団だけでなく、新宿や中野、落合や本郷で劇を上演していた劇団が、皆一斉に踏み込まれ、しょっ引かれた事で分かる。
特高は、コミンテルンの下部組織になりつつあるプロレタリア演劇団体に、警戒を一気に強めたのだった。
二人は髪や衣服に着いた蜘蛛の巣やほこりを丁寧に払い、なるべく目立たないよう路地を歩いた。築地の道は原則アメリカの都市部のように直線に交わっている。
そして特高の範囲が及びにくい区域も存在する。それが英国国教会系のチャペルを持つ聖路加病院と、その周囲の米英人の居住地区である。
二人は天婦羅屋や小料理屋の並ぶ路地を壁に沿って静かに進み、大通りを一気に走り抜けて病院の敷地に入った。広い庭には英国風の花壇や針葉樹の森が作られ、小さな牧師館もある。
二人は牧師館に併設されたチャペルに駆け込み、祭壇前の会衆席のベンチにじっと身を潜めた。当時教会は常に開かれ、夜中に緊急の懺悔の必用が生じた人達の要請に応じていた。なるべく静かに入ったはずなのに、牧師夫妻が物音に気付き、何事かとチャペルに入ってきた。まだドーランを落としていない女優の顔と、眼鏡をかけた青白い台本作家の二人連れに、牧師夫妻はすぐに、先程警察が追い回していたプロレタリア集団の一員と気付いたらしく、急いでチャペルのドアに鍵をかけ棟続きの牧師館へ入れてくれた。
「貴女達は役者さんですね。夕方大勢の若者達がこの辺りにも逃げてきて、警察官達に殴られ、連れて行かれました。怪我はないですか?」
もし怪我をしていたのならここは病院ですから、こっそりと治療も受けられますよ。
英領シンガポールから来たという白人の牧師夫妻は二人を手厚くもてなし、チーズとパンとお茶を淹れてくれた。子供達が起き出さないよう物音に気をつけながら、牧師夫人は分厚いカーテンの隙間からちらちらと表をうかがう。
「もう大丈夫なようですけど、万が一があるからここで一晩泊まって行ってもいいのですよ」
「いいえ、ご迷惑がかかると思いますし、外国の人が巻き込まれると、日本人よりも厄介な事になるでしょうから……」
槇村は固辞し、仲間と何とか連絡を取るからと、出て行こうとした。
「それではこれを着て行きなさい」
牧師夫妻は自分達の服を貸してくれた。着替えた二人は礼を言い、そっと外に出ると隅田川に沿って逃げようかと相談を始めた。夜半過ぎの築地湊町の路上である。渡しの舟小屋は既に閉まり、船着き場には徹夜で見張る官憲の姿もある。
「こんな夜中に誰から逃げているの?お兄さん達」
夜の静寂を破って若い男の声がした。ぎくりと二人が振り返ると、旧制中学の詰襟を着たエドワード・バーン・ジョーンズの絵のような少年が立っていた。夜目にも白く浮かぶ肌色と、何歳か分からないような、幼さと大人びた鋭さが入り混じる顔つき。日本人離れした長身。
「もしかしたらお兄さん達、特高に追われているんでしょう。助けてあげようか」
レフと名乗る少年は手をあげて、やや離れて止めてあった黒いフォード車を呼んだ。
「ねえやと二人で家に帰る途中だったんだ。こんな遅くに聖路加のチャプレンの家からお兄さん達が出てきたから、きっとただの懺悔希望者じゃないだろうと思ってね」
少年は人懐こく眉を下げて微笑んだかと思うと、運転手が下りて開けてくれたドアに、まず佐田芳子を案内した。ついで槇村。最後に自分。ねえやと言われた女性は静かに助手席に座っている。
「うちは麻布更科町だけど、お兄さん達はどこか降りたい所はある?そこまでお乗せ致しますよ」
ではお言葉に甘えて、と不安がる佐田芳子を制して槇村は答えた。
「四ツ谷に。省線四ツ谷から新宿通りの方に入って、四ツ谷舟町に」
「オーケー。ではそこに」
運転手付きの黒いフォードは静かに発進した。
夜半過ぎの築地、三原橋、そして現在は眠らない街銀座もネオンはすっかり消えて建物を漆黒が包んでいる。黒のフォード車は対向車もない道を八重洲の方に向かい、またそこから四ツ谷に向かう道をとった。
それにしてもこの少年は、ねえやと一緒とは言え、どうして夜更けに家から離れた所にいたのだろう。
「助けてくれてありがとう。でも君に迷惑がかからないか心配です」
「大丈夫だと思います。僕も周囲と特高の動きには十分注意を払っていましたから」
彼は『レフ』と名乗った。築地の奥の料亭で、ドイツ人の新聞記者と文学や語学や西洋のあれこれの話をしていて遅くなってしまったのだという。
料亭の名を聴いて槇村は驚いた。築地の奥座敷、隅田川の河畔に立つ旧華族の夏の別荘を改築した、敷居も格式も高い、一般市民には想像もできない高級店なのだ。それこそ政治家が経済人を、あるいは外国のプレスを接待するために使う、広大な日本庭園と幾つもの離れを持った、超高級料亭である。
プロレタリア劇団に関係する者は恐らく誰も、その丹念に設えられた大きな門から中をのぞき込む事すらできない。
なぜこんな子供がその店に?
「僕はもうすぐ中学を辞めるんです。外国に留学する予定なんですよ」
父と母からドイツとロシアの血を受け継いだという、ベルニーニの彫刻のような美貌の少年は、後部座席で息を潜める槇村と佐田をちっとも怪しまなかった。築地の小劇場というものがどういう団体によって運営される劇場で、またどういう経緯で特高に追われるのか、熟知しているような落ち着きぶりだ。槇村達の事も一切余計な詮索をしない。訊けばもうすぐドイツ、大連、そしてウラジオストックを経てモスクワに行くのだという。
モスクワ。 かの革命国家ソビエトの首都、労働者と市民によって建てられた平等な国の都。共産党やプロレタリア同盟の仲間たちが憧れてやまない国ではないか。
「モスクワには既に日本の知識人も大勢いて、コミンテルンという民族平等の組織に就いているのですよ。そしてかの国にはアジア人の為の国際的な大学も作られていて、広大な彼の国の亜細亜の砂漠地域、大草原の遊牧民、雪山の中の少数民族、そんな人達まで学ぶ事ができて、国のため、己の為の知識を磨くことができるのです。ドイツ大使館に出入りしている記者に聴きました」
「いいですねえ。私達の劇団の団長も先日ドイツ留学から帰って来たのですよ。うらやましい」
「ドイツにはソビエトでの留学や生活をお世話してくれる組織が出来上がっているらしいです。帝大の医学博士や文学者、経済学者等の名士が名を連ねているのですよ。そういう情報も教えてもらいました」
国崎定洞、片山潜、パリに学ぶ勝野金政、そしてモスクワに居る山本懸蔵。革命的組織と繋がる伝説的な学者たちの名前が次々と少年の口から出ると、槇村と佐田は嬉しくなっていった。自分達の未来が繋がる微かな道が、ここに見つかったのかもしれない。この狭く抑圧された日本ではなく、世界の仲間達と手を結ぶ事のできる道が。
蜘蛛の巣と埃の中で、特高に怯え隠れていた二人には、この裕福で不思議な少年の言葉が眩しく心に飛び込んできた。
「ここで結構です」
市ヶ谷を越え四谷見附に差し掛かったところで、槇村は車を止めてもらった。
「本当に有難うございます。助かりました。何もお返しできない上に遠回りさせてしまって」
「いえ構いませんよ」
「ご家族に君が叱られるのではありませんか?」
「両親は美術品の買い付けに倫敦と巴里に行っているので、このねえやが唯一の身近な家族のようなものです。それに演劇の世界の話、色々面白かったです」
「ではまたいずれ」
「僕も留学先で貴方に再会できたら素敵なんだけどなあ。もし気が向いたらこちらにご連絡ください。船便の手配や渡航先の家とか、お手伝いできると思いますよ」
少年は一枚の紙を槇村に渡した。そこには自宅の住所でも、ゾルゲの住所でもない、とある大学近くの事務所の名が記してあった。
それでは、お気をつけて。
レフと名乗った少年は車を出させた。
槇村と佐田は乏しい街灯の下に立ってその黒いフォード車を見送った。
「坊ちゃま、レフだなんて名乗って、可笑しいですわ」
「仕方ないだろうみかねえ。あの人達はどう見てもお利口さんじゃないんだもの。あんな簡単な餌に目をキラキラさせて尻尾を振ってさ。もうしばらくしたらあちらから食いついてくるよ」
レフと名乗った富士見レオ少年は、彫りの深い顔に唇の片端をあげて微笑み、後部座席にゆったりと足を延ばして座り直した。その姿は少年というよりいっぱしの男だ。
さて帰ろうか、さすがにちょっと眠いよと、詰襟のお坊ちゃまは車のスピードアップを命じた。




