パートワン 2
○パートトゥー○
その14
(大きな声では言えないことなんです。でも、俺は狂っちまったとは、思ってもらっちゃ困るんですよ)
水道のシステムを誰かが作り替えてしまっている。
作業技師たちの愚痴「……だったはずなのに」
「水と炎のシステム」について。
ここは、全く未知の世界なんです。自分たちが知っている常識というものは全く通じることはないのです。
* *
こびとの世界!
最近、こびとの世界についての話を、よく聞くようになったのだ。
冴子のストーリー。亀井閑子のストーリー。
あるときには、セールスレディ。あるときには、
とんでもない事件が発端となっている。
すでにこの時点で、ラスボス(亀井三朗)のことに言及
ここで、亀井閑子について、最近起こったこと、今、亀井閑子の周りで起こりつつあることについて、いくらか書いておこう。
この亀井閑子の周りで起こっている出来事というのは、亀井閑子が、毎晩見がちな悪夢となにかの重要なつながりがあることだと私たちに知らせてくれたり、十分に納得のいく説明して亀井閑子の悪夢の謎を解き明かしてくれるとは必ずしも言えないのだが、私たち読者はこの亀井閑子に関わるこれらのことを知ることによって、亀井閑子が、置かれている事態について違和感を感じるようなことは確実に減るものと思われる。
亀井閑子にとって、この一週間ほどの期間は、気忙しいというか、何かと落ち着くことのない日々が続いている。
亀井閑子は、自分が経営する会社のリーダーとして、何かが不安になってしまったのだ。普通に生きているものとして、このなにか正体の分からない不安というものは、亀井閑子も多少なりとも自分で感じていたものではあるのだが、しかし、亀井閑子は、これまで、そういうものに対して気にもとめてはいなかったし、意識するようなこともなかったのだ。このところ、立て続けに起こった不規則な予想もできない出来事がここ数日彼女の心に影を落としている。そして、亀井閑子は、自分を動かしているとらえどころもないような不安を感じて、その不安を生み出すなにかの存在というようなものの存在を実感するようになりつつあったというわけである。
そのような亀井閑子の、この頃感じる、ある意味、覚醒というか、実感というか、体験というものには、裏付けが確かにあった。少なくともそのように亀井閑子には感じられた。そのために、亀井閑子には、昔からはあるが、扱い慣れてはいない存在に遅ればせながらも向かい合う必要というものが生じていたのだ。
競馬必勝法!!幸運の女神を出し抜く法!
その15
彼女の会社の運営は順調に進んでいた。亀井閑子の手腕も世間からは相応の評価を勝ち得ていた。
会社の内情を知る者にとっては、会社の業績がいつも安定しているが、それは、必ずしも、亀井閑子の功績というわけではなかったのだ。
亀井閑子の人生は常に、この会社とともにあった。そして、この会社は、父親から譲り受けた会社であった。
そして、父親は、この会社を祖父から譲り受けており、祖父は曾祖父から譲り受けており、この会社の歴史は、このようにして、どんどんと遡っていくことができた。もちろん、利益を上げるやり方は、時代に合わせ、変わっては来た。しかし、この会社を担う一族浪党の血脈は途切れることなく今日まで続いている。
これが、実際のところ、彼女、亀井閑子の人生の基盤であった。
一方で、不思議なことであるが、この会社の始まりは、どうなっていたのか? 亀井閑子の遥かな祖先、この会社の元となった人の集まりは、どのような人物であったのか、亀井閑子の祖先は、どのような形で、この会社の元となる組織の中で、人と人とを繋がっていたのか、 そのような記憶は残念ながら亀井閑子自身も知ることはなく、またその記録に類するものも会社には残されてはいなかった。
それはさておき、亀井閑子は、祖先から受け継いだこの会社のおかげで、世間的に見れば、立派な社会的なステイタスを勝ち得た人間であったというわけであった。
しかし、このところ亀井閑子の人生の基盤のところが少し安定を失くして、揺らいでいるように感じられたのだった。
(これが本当に自分の実力であるといえるのだろうか?)
ふと、そんな疑問が亀井閑子の中に生じたのだ。この数日のうちに、亀井閑子の周りで起こった小さいとはいえない出来事が、実際のところ亀井閑子の心境の変化に関わっているきたことは確かなことであった。
しかし、以前は亀井閑子は、こんなふうに先延ばしして、物事を考えるタイプの人間ではなかったのだ。実際に、亀井閑子は、自分の運命というか、自分の恵まれた生まれに甘んじ、自分の今ある立場をあって当たり前なものと考えていたというわけであった。
* *
思わぬ偶然というものがあるものだ。
今、亀井閑子の前には、ひとりの男がいる。
ここは、亀井閑子の会社の応接室である。
亀井閑子は、応接室に入ってきて、すぐに気づくことはなかったのだが、まもなく、この男はどこかで会ったことがあると感じたのだ。
* *
この時、亀井閑子と、この男とは初対面であったはずだが、前にあったことがないとはいえ、亀井閑子は、なにか親しみのようなものを感じたというわけであった。
この男は、この会社に、社長、つまり、亀井閑子に話があってやってきていた。この男を亀井閑子に、紹介したのは、亀井閑子の知人であったのだ。
その16
.小林兆治はローカル(ここらじゃ名前をよく聞く人物であるが……)顔などは、思い出せないが。
この会社を訪問してきた男。この男の用件はというと、それは、この男を紹介してくれた人物の話によると、かなり変わった話であったのだ。
「その人のいう用件はというと、この会社の看板を譲ってほしいということなのです。しかし、その人物が欲しがっている看板は、この会社の看板といっても、今のこの会社のことではありません。その人物が欲しがっている看板というのは、この会社の前身の会社のまた前身の会社のまた前身の会社の大昔の時代の看板なのです。明治維新より前の侍の時代に、社長さんのご先祖の、ご先祖のご先祖さんのとさかのぼって行って、大御先祖様が商売を営んでいた頃、その店にあった看板をどうしても譲り受けたいと、その人物は言っているのです」
以上は、社長の亀井閑子が、この話を持ってきた人物から聞いた話をそのまま書き出したのである。
亀井閑子に、話を持ってきた人物というのは、亀井閑子の会社の有力な取引先の会社のオーナーであり、亀井閑子よりずっと年長のこの人物は、亀井閑子ことについて、亀井閑子の若い頃から仕事の面でも、プライベートな面でも面倒を見ていたのだ。
紹介者のこの人物は、
.看板を買いに現れた小林
「私もこの件に関しては、困っているんだよ。俺が思うには、小林兆治という人物、いろんなところから圧力をかけてきていて、この依頼を無下に断ったり、納得がいかないような仲介のやり方をしたら、ウチの会社の商売に後々まで祟って来そうな予感がするんだよ。なぁ、だから、今回は俺の顔に免じて、この小林兆治という男の話を聞いてやってくれないものか。そして、できるならば小林兆治という人物の相談に乗っあげてもらいたいんだ。ひょっとしたら、古看板と言っても、あんた達にとっては、会社の宝なのかもしれない。しかし、小林兆治という人物の手の回し方は、ただ事じゃない。その古看板を手に入れるためな、ら、どんなことでもやりかねない。俺は、そんなふうに感じている。一方、小林兆治という人物のあの様子からすれば、交換に金銭を含めていろんな便宜を図ってくれるだろう」
..小林兆治。亀井閑子は、紹介者の話から、この小林兆治という人物について、強面の暴君のイメージを持ってしまっていたというわけである。
しかし、亀井閑子が実際に会社の応接室で、小林兆治に会ってみて、強面のイメージとは、対照的な、柔らかな雰囲気を持っているのには、驚いてしまったのだ。
その17
亀井閑子の一族の先祖というのは、武家というわけではなく、家業は、たいていの場合、商いを主に営んでいた。古物商、問屋、金貸しなど形は様々であったが、時代の流れに対応しながら、今日まで生き延びて来ていると、亀井閑子は聞いていた。
亀井閑子は、自分の亀井一族というものが昔から知られた旧家であり、その一族の歴史というものは、確実に千年はさかのぼり、その大昔のご先祖さまのエピソードを子供の頃には聞かされていたのだが、不思議なことに、亀井閑子は、家族の先祖の歴史というものにほとんど触れる機会がないままにこれまでの人生を過ごしてきたわけである。それは、亀井一族の先祖の人々を偲ぶ催しや儀式というものが亀井閑子の家では執り行なわれていないということに原因があり、そのために亀井閑子は、自分たちの一族の祖先というものに、まったく関心を持たないままに、これまでの人生を過ごしてきたのだ。
そういうわけでということになるのだろうか、小林兆治なる有力な人物が、今回、亀井家に縁のある看板を譲り受けたいと申し出を受けたときに、亀井閑子は、それがどういうことか全く飲み込めなかったというわけであった。
(人が欲しがるアンティークな看板が家にあるなんて思いもしなかった)
もちろん、そんな看板についてというか、そんな看板の話は亀井閑子は、生まれてこの方聞いたことがなかった。
(そんなアンティークな看板、どこに仕舞ってあるのだろう。家のご先祖さまの商売は、たいていは大繁盛していたというのだから、そこに置かれていた看板というのはそれなりに、目立ち、大掛かりなはずである。そんな看板を仕舞ってあるのは、どこだろう? 家の会社の倉庫なら、頻繁に行っているのだが、それらしきものを見かけたことはない)
亀井閑子は、家に帰って、この看板の話を旦那にしてみた。すると、元は亀井一族の人間でないこの旦那が、この看板について知っていたのである。旦那は、亀井閑子が一人娘であったので、旦那のほうが亀井家に入るという形で、亀井閑子と旦那の結婚が成り立っていたというわけであった。
ところで、亀井閑子の旦那の三朗は、亀井閑子が驚くことに、亀井家の家系、歴史など亀井家ことを実に詳しく知っていった。
これは、事件であった。
その18
亀井閑子の旦那の亀井三朗は、看板のことについて、閑子に説明したのだ。
「その江戸アンティークな看板は、有名な看板で制作者もよく知られた職人であるのだ。その看板を欲しがる人間がいたとしても不思議ではない。そして、亀井一族の財産の一つとは言える。しかし、なにかの事情があって、このところ鷹取叔父さんの会社の倉庫に預けられており、この看板のことは、忘れ去られ話題にも登らない。だから、閑子ご知らないとしてもなんの不思議もないよ」
亀井閑子は、旦那の三朗の話を聞いて思ったことや疑問を口にしていたのだ。
「その看板の話は、私は全く知らないし、誰からもその看板の話を聞かされた覚えはない。その看板は、むかしというけれども、江戸時代と言っても、いつぐらいのものかしら? うちの亀井一族は、時代に合わせていろんな商売を手掛けてきたと聞いているわ。それが、どんな商売のための看板か私とても気になるわ」
閑子の旦那の三朗は、驚くべきことに、閑子の疑問について、スラスラと答えて行ったのだ。
「その江戸時代の看板というのは、江戸時代の中期、徳川吉宗の時代のものなのだ。その当時、亀井一族の家業は、薬種問屋、つまり薬屋を経営していた。この薬種問屋というのが、ちょっと変わっているのだよ。つまり、つまり、この店がどういうことかというと、自分の将来というか、自分の死に様やその先、自分の死後の様子が見える評判になった『千里丸』をはじめとして、安楽に死ねる薬とか、人を呪い殺す薬とか、これは、亀井一族の闇の歴史の時代の闇の家業というべきもので 、こういうものは、幕府の取締りを受けていそうなものなのだが、その時代にはまかり通っており、この亀井一族の怪しげな薬種問屋というのは一世紀近く続いていたんだ」
旦那の三朗が、言い終わると、沈黙の「間」が生じたというのだ。
亀井閑子は、自分なりに問題の看板のことを理解したというわけであった。
亀井閑子は、言ったのだ。
「その看板がとんでもなく怪しげな看板だったろうなと言うことは、私にもわかってきた。そんな看板ならば、どうしてもほしいという人が現れても不思議ではない」
その19
夢の中で江戸時代、徳川吉宗の時代の話。それは、彼女が聞いた話でしかないが、彼女は思い出し始めていたのだ。
(おっと! こんなことになるとは思いもしなかったぜ! 一体、全体、どうなっているんだい?)
男は、考えた。男は、炎の柱に四方を取り囲まれてしまった。あたりに溢れ出しつつある煙もひどかった。
外から見れば、この男はもう手遅れに見えた。男は、生き延びるチャンスを完全に失ってしまった。最後の逃げ道も完全に塞がってしまったのだろう。
それどころか、男は、炎や煙が吹き出している通路の方に向いて歩いていた。
(男は、まわりの様子が見えていないのか?)
その時、この男を捕らえ、包み込んでしまったというわけであった。
(俺は、どれだけ長くこの段取りで、仕事をしてきたのか? この単純なミスですべてが台無しになってしまったぞ)
男の断末魔は、全く冷静で、炎の地獄にあって、その男の思考の冷静さやその男の落ち着いた態度は、全く違和感があったのだ。
男を捕らえ、取り囲んだ炎と煙の勢いは、一瞬衰えた。しかし、炎に包まれた男ほうの姿はそこにはなかったのだ。
* *
この看板のおかげだ!
亀井閑子の旦那の三朗は、頼まれもしないのに、問題の江戸時代のアンティークな看板を預けてあった鷹取叔父さんのところから引き取るために鷹取叔父さんにまず連絡をとり、そこからゴソゴソと手配を始めたのだ。
旦那の三朗の話では、鷹取叔父さんは、なぜあのアンティークな江戸時代の看板が、必要になったのか、執拗に聞いてきたという。子供が大事なおもちゃを急に取り上げられる時の純粋な憤りが、鷹取叔父さんのものの言い方の端々から溢れていたものの、旦那の三朗は、このアンティークな江戸時代の看板の来歴や、所有権や、鷹取叔父さんがこれを預かるに至った経緯についてに熟知しており、鷹取叔父さんには、駄々をこねる余地は少しも残されてはいなかったのだ。
亀井閑子は、旦那三朗の話を聞くといったのだ。
「まずは、あのアンティークな江戸時代の看板を引き渡してもらって、その現物をよく見てから、それをどう扱うか考えましょう」
看板をつけた船がこちらの岸の方に向かっている。いや、もう少し先の方だ。彼女は、船が向かっているところへ、桟橋へ走って向かったわけである。
この仕事のおかげで、馬を持つことが許されていたのだ。
亀井の家族は、
(亀井は、いまでは落ちぶれてしまっているのだが、一族は、この地方一帯で知らぬものはなかった)
翌日には、鷹取叔父さんの会社にアンティークな江戸時代の看板を引き取りに行くことに、旦那の三朗は決めたのだった。
引き取りに行くのは、亀井閑子であるが、旦那の三朗もお供したいということだった。
* *
すでに終わったことだった。
こうして亀井閑子は、大昔の古い倉というべき、倉庫に案内されて。そして、生まれてはじめて、問題の看板を見ることになったのだ。
* *
小林兆治 カンバンを欲しがった。
* *
その20
全てを焼き尽くす炎。炎というのは焼き尽くすもの。全てを奪う炎。
炎の中に、燃え盛る炎のその奥に、時折、扉が見える時が
あるだよ! その扉の向こうに俺の故郷はあるのだよ。
親も、兄弟も、俺の思い出も炎の扉の向こうにある。あんたには、
その扉が見えているのかい?
警察から遠くない、馬券売り場の近くに大衆飲み屋があった。
その酒場に通う、呑んだくれの男がいる。成金の鮫洲という男。この男、この酒場の常連お客とはひと味違った客であった。
この男は、毎日、日の高いうちに、この酒屋にやってきては、店が閉まるまで、自分の決められた席にとどまった。男の席は、店の一番奥の席で、お一人様用のテーブル席だ。この酒場の店主も、酒場のだれも、この男に席を譲ってくれなどとはいわない。あの男、店の自分の指定席に座って、飲み食いのとき以外は、席を空けることはほとんどなかった。
男は、年がら年中、この酒場でなにかの想いにしたっている。要するに黙りこくっている男だ。酒場の客のだれも、この男の存在を気にも止めないし、酒場の主人はこの良客が、自分のテーブルを守るためいつまでもこの酒場に通ってきてくれることを祈っていた。
この男は、いつも同じ洗い古した軍服のような頑丈そうな服と、これも使い古した軍靴のような、使い古してはあるが丈夫そうな靴をはいている。しかしそれらのものは大抵はブランド品であるった。
しかし、この男が、どこかの軍人だと考える人間はいない。この男は、体格からどこか虚弱だし、この男のかぶっている布の軍帽スタイルの帽子も、軍服スタイルの服も、軍靴スタイルの靴もブカブカで、サイズも違うし、似合ってはいないように見えるからだ。彼はいつも疲れていて、病的に見える。ギャンブラーの典型な男であった。
この男は、この店では、酒や食べ物を注文するとき以外は、口をきかない。この男は、店の客の誰とも付き合いがなかった。
ただ、一月半くらいの間隔をおいて、この酒場にこの男を訪ねてくる客がいた。
この客がこの酒場を訪ねてくると、この男は、この訪ねてきた客と連れ立ってこの酒場を出る、この訪ねてくる客の身なりは良いので、この客は、この男になにかこの酒場よりましなものを奢ってやるために、この男を訪ねて来ていたのだろう。
この酒場に、この男を訪ねてくる客は、どこかで見たような顔や様子であると思う。しかし、それが誰かというと、それを思い出せる人はまだいないかったようだ。
その21
「ねぇ、ほら?」
亀井閑子は、娘の声のする方を見た。子供にご飯を食べさせている娘は、テレビの方を指差していた。
「ほら! あの人、またテレビに映っているよ」
テレビが中継している火事の現場には、たくさんの野次馬がいる。現場の倉庫の敷地には規制線が設けられ、規制線の外には遠くの方に見える焼け落ちた倉庫の様子を見て、今回の火事騒動についてあちこちでもう呟かれているうわさの真偽を確かめようとしていた。
この野次馬たちの中に、というか、テレビが映し出す火事の焼け跡の景色の中に、違和感を感じさせる人物が存在していたというわけであった。
その人物は、妙に冷静で火事騒動で煽られることなく、もっと大きな収支観点からこの火事の意味を、背後にある陰謀を探るために、現場にやってきていた。そういう意味では、この男は、この火事騒動とは、全く無関係な人物とは言えなかっただろう。
..倉庫をうつした画面、その空、遠くのほうにうごめく影を見ることが出来た。それは、UFOとでも言うべきものだったのだろう。
亀井閑子は、娘に言ったのだ。
「家の鷹取叔父さんの倉庫が燃えちまって、親戚は大騒動になっているというのに、あんたはなんでそんな呑気な顔をしていられるんだろうね」
亀井閑子の旦那の三朗も、1日中、テレビで取り上げられる火事のニュースにうんざりという表情である。しかし、この家では、火事のニュースをテレビのチャンネルを変えながら、追っていっていた。
「鷹取の叔父さんも、今度はとんだ災難に遭ってしまったな!」
旦那の三朗は、完全に焼け落ちた無惨な倉庫の焼け跡をみながらボヤいた。
「確かに、鷹取叔父さんのせいというわけでもないのに!まあ、因果応報! あの看板が魔を呼び寄せる力があった。あの看板にバチが当たった。そのバチが原因で今度の火事が起こったというわけだ。あの看板は、うちの一族の黒歴史を象徴するようなものだからな。せっかく、買い取られて、厄払いが出来そうだったのに。そうは問屋が卸さない。祟りは、亀井一族につきまとうことをやめず、因縁は、続きますよということだろう。お天道さまに顔を向けられない生き方をしてきた一族の末路が見えてきた」
しかし、彼は合戦に駆り出されて、流れ矢に当たって死んでしまったそう。不幸な武将。
武将は、丁重に埋葬されて、武将の野望、道半ばで敗れた武将の無念さをずっとあとの時代まで伝えられて行ったというわけであった。
武将の部下たちは、日本中から有能な武器職人を集めると、彼らに、武器を作らせたのだ。武将は、天下統一のために使うための武器を作るために、特別の材料を用意しておいた。戦に呼ばれる前のことであった。
。
しかし、武将の後継者によって、始められた大量の、そして、強力な武器や武具をつくりだそうという大事業は、突然中断されたのだ。なにか不都合があったわけではない。そういううわさ話は聞かなかった。
歴史書には、言い訳がましく、期待していた天の助力が得られなかったためであると記されていた。
(この武将が、酒飲童子とでも言うのか? 閑子の夫、江戸時代の文書もそれなりに読めた。亀井三郎は擬古文体に精通していたのだ。そして、金に不自由しない人物。神の加護があるとでもいうのか、傍目からは恵まれた人生を送っていた)
彼は、建築関係のライターとして収入を十分な収入を得ているとみられた。そして、いまは職を失ってはいるが、それでも金には不自由してなかったのだ。
(どういう冒険に首を突っ込んでいくのか?)
彼は、あちこちのSNSをチェックしながら、こうつぶやいた。
その22
亀井閑子は、家の前の通り沿いに進み、大きな通りに出た。夜は、更けていたのだ。
いろいろと、看板の持つ因縁についていろんな人に聞かされ、違うという感じがした。この看板から、亀井閑子が感じるものとは、違っているように思われるのだ。「本当にこわいものが迫っていた。おとぎ話のようなこわさではなく本物の恐怖だ」
遠くで、なにか騒ぎが起こっていた。
それは、初夏の日であった。
「本物の出来事が!」 亀井閑子は、こういう言葉でしか言い表すことができなかったのだ。亀井閑子は、自分の心の中で起こりつつある大きな変化をもう無視することは出来なかったというわけであった。
この町は歓楽街に接していた。
この話が、始まろうとする頃であった。
町には怒号が渦巻き、鉄パイプが何回も、何回も地面を打ったのだ。
時間は、
深夜であった。
鉄パイプと怒号以外、「街」は静まり返っていた。
ここから、町に深刻な騒動が、あの問題の騒動が勃発したというわけであった。
まず、荒々しい運転の車がやってきた。大型車だろう。さらに加えて、勇ましいエンジン音が深夜の街に轟き渡る。
車はわざとらしい威嚇するような、凶暴なブレーキ音を深夜の街に響かせて停止した。
車の物々しくドアが開き、数人の男たちが降りてきた。
た。
* *
男たちは、深夜の「街」に堅い靴底の靴音を響かせて、威嚇するように歩き裏通りに入ってきたようだ。
今度は、男たちは、道沿いにあるものを、鉄パイプのようなもので殴りつけて、騒音を発生させた。
男たちの発するだみ声が空にコダマする。男たちの騒ぎに、あちこちの建物にポツポツと火が灯った。
「冴子、出てこいよ!」
「冴子、お前のせいで、近所の方々は目を覚ましちまったぜ」
「冴子、大人しく出てこないか!」
* *
冴子の代わりに、若くはないが、だみ声がかった声の女性が現れた。
この女性は、深夜の騒動に、か弱い女性を追い回す
男たちをなだめようとするかのように、男たちに話しかけた。
眠っている。人たち。占い天気予報。まともな世界に、
「あの娘が、あんたたちになにか悪いことでもしたというのかい? あの娘は、優しい娘なんだよ。そんな恐がらせる必要がどこにあるんだい。優しく話せば、分かる娘なんだよ」
「ねえ、真夜中じゃないの! 皆、寝静まっているんだよ。あんたたち、本当に迷惑だよ」
邪魔するこの、男たちに立ち向かう女性を、男らが排除しようとした。
この女性は転び、キャーと叫び声を発した。
この女性は、助けを求めていた。
「頭のことををあれだけ怒らせているんだ。あの女は、タダじゃ済まない。」
「この『街』では、どんなに泣き叫ぼうとも、誰も助けに来てくれることはないんだよ。警察も手出しができない。フッ! あんたもそれくらいのことは分かっているだろう」
「だからってねぇ、……」
と、この女性も負けてはいななかった。
男たちとこの女性とのやり取りで、いくらか時間が過ぎた。
ひとりの男が指示を出した。
「ここからは、ここらのビルにある店を虱潰しに調べていくんだ」
「冴子だけじゃない。冴子を庇っているやつもタダじゃ済まないぞ」
男たちの声は、夜の「街」にいつまでも響き渡った。
しかし、これだけの騒ぎになっているのに警察がこの騒動を止めようとか、仲裁しようとする人間が現れる気配はなかった。
騒動は、たしかに起きてはいるのだが、騒動に対して亀井閑子は、無関心であった。
亀井閑子は、うちに帰っていった。
その23
以下、冴子編
さて、亀井閑子が帰って、その町で起こっていた騒動について、話しておくべきであった。
騒動の行方に、影響を与えてくれそうな、力と確信がその声から十分に感じ取れた。
そんな、新しい声が深夜の「街」に響き渡った。
「皆さん、ご機嫌よう!」
その声には芯があり、その響きは明瞭であった。
ほんの今まで、荒々しさと、勢いに充ちていた男たちの声に、一瞬の間動揺が走った。
「おい、何でこんなところに?」
しかし、新しい男は、返事をしなかった。
「気取った野郎だ。しゃくに障る」
別の男が、いきりたつ男を制止した。
「落ち着け!」
男は続けて言った。
「兄さんよ、あんたとここでこうやって顔を合わせること、こんな深夜に、こんな場所であんたと顔を合わせること、こういう偶然が起こること、こういう偶然を偶然と感じて受け入れること、俺や、俺の仲間たちはそれができるほど素直な人間にできてはいないんだよ」
「だから、俺たちが思うには、あんたは、なんか考えというか、狙いがあってこんな時間に、あえて、こんな闇の世界にやってきたとしか考えられないんだよ。だから、俺はあんたのことを疑っている。そして、どうしてあんたがここにいるのかはっきりした理由を知りたいんだよ。まず、その訳を聞かしてくれないか?」
名乗る!?
冴子を探すのはどうなった?
あんたら、冴子を探していたんじゃないのかい?
「私は、気まぐれの虫が、目を覚ましまして、このような深夜の繁華街を歩いてみたくなった。そんな次第であります。人もまばらな繁華街、照らす街灯の灯りを独占して歩く散歩というのは、何事にも気づまりな渡世を右往左往して歩む、私には、何者にも代えがたく痛快なものです」
「そんな私の深夜の散歩、その途中、虫の知らせだったのか。
「どうにも、無粋な人間たちの匂いが、それが気になって仕方ない」
その24
亀井閑子が、旦那の三郎と実際のカンバンを見るために親戚の倉庫に行った話である。
亀井閑子は、倉庫に案内される。そして、生まれてはじめて、問題の看板を見ようとしていた。
小林兆治 カンバンを欲しがって、亀井閑子のことをせかして来ていた。
「欲しい。その話は聞いていたわ。向こうはしびれを切らしているそうね」
突然、夫の運転しながら大声を上げた。
「おっと! こんなことになるとは思いもしなかったぜ! 一体、全体、どうなっているんだい?」
「どうしたの」
「俺たちのカンバンが収まっている倉庫が火事になっているようなんだ」
亀井三郎は、考えた。三郎は、燃えさかる炎にもかかわらず穂能の方へ向かった。
亀井三郎は、炎の柱に四方を取り囲まれてしまった。あたりに溢れ出しつつある煙もひどかった。
外から見れば、この亀井三郎が向かう先の倉庫、はもう手遅れに見える。カンバンは、生き延びるチャンスを完全に失い消失してしまっただろう。最後の逃げ道も完全に塞がってしまっただろう。
それどころか、車は、炎や煙が吹き出している通路の方に向いて進んでいた。
(車からでは、まわりの様子が見えていないのか?)
その時、巨大な炎の塊が車を捕らえ、包み込んでしまった。
(俺は、どれだけ長くこの段取りで、仕事をしてきたのか? この単純なミスですべてが台無しになってしまったぞ。単純ミスさえ泣けラバ今度も大丈夫だ)
車の断末魔にあって、亀井三郎は全く冷静で、炎の地獄にあって、その男の思考の冷静さやその男の落ち着いた態度は、亀井閑子に違和感を覚えさせるほどであった。
車を捕らえ、車の周りを取り囲んだ炎と煙の勢いが、一瞬衰えた。しかし、炎に包まれた男の姿はそこにはない。
後で、現場を訪れた蕪木栄一は、つぶやいた。
(これで、五人目!)
蕪木栄一は、手帳に蕪木栄一が、逆巻く炎のなかに見いだした男の名前を書き出した。
「江里口錦二」
蕪木栄一は、炎の中からカンバンをたった今救い出した男の名を知っていたのだ。
その25
「つまり、そのぉ……」
「そのおおぅ」
「つまり、あんたが、冴子さんというのかい?」
「つまり、彼奴等が探していた……」
「……」
女は、何も返事をしなかった。
「そうよ! たぶん、この娘が、冴子よ。そんな気がするの」
「……」
女は、ハイも、イイエもなかった。
三人いるうちの年長の男が言った。
「まぁ、ここにある中から選んで、どれでもいいから、あんたの好きな服を着るんだ」
* *
その部屋は、青い部屋であった。天井も青く、壁も青く、ひとつだけあった窓枠も青く塗られていた。
床も青だが、床はグリーンぽい色だった。
窓からは、隣の雑居ビルの階段が見えた。
* *
外で、「冴子」という女を探していた男たちは、もうすでに立ち去ってしまった。
男たちが立ち去り、そして、まもなくの娘がスタジオに飛び込んできた。
スタジオは、深夜でもひとの出入りがあるので、ドアにカギはかけられていなかった。
* *
このスタジオのオーナーの咲は、断言した。
「この娘、なにか訳ありよ!」
「だって、普通な人なら、こんな深夜、こんな場所をこんな全裸の格好じゃ出歩かないもの!」
スタジオのオーナーの咲は、全裸の娘の顔を覗き込んだ。
厚めの化粧の女からは良い香りがする。女は、美人を見慣れている咲からみても、特別であった。
「……」
女の緊張は少し解けたが、なお、何も話さなかった。
スタジオのオーナーの咲は、断言した。
「間違いないわ! この娘が、そとの男たちが探していた冴子よ!」
その26
「こいつ! こわくて口がきけないというより、単に、腹空かせているだけかも!」
佐伯新太郎は、そう言うと、冴子の頬のほうを指さした。
冴子らしい娘のほっぺたが膨らみ、口の中に相当の量の食べ物が残ってあるのがわかった。冴子らしい娘は、口の中にある食べ物を噛みだした。
「この娘は、スタジオに入る前に、台所に隠れていたんですよ。そして、冷蔵庫に残っていた食い残しの焼き肉弁当を食っちまったということです。冷蔵庫の中にあった食いかけの弁当の、残っていたあの肉は固くてどうにも噛み切れなかったからな。俺様でも」
佐伯新太郎がつぶやくというか愚痴った。
「ほんと、あの肉に食いついていたとしたら、いくら噛んでも、飲み込むのは無理なはずだよな」
スタジオのオーナーの咲の一行は、仕事が一段落すると、オーナーの咲が車で各人の家まで車で送ってくれることになった。
スタジオオーナーの咲は、この冴子というらしい娘に、どうするのか聞いてきた。
オーナーの咲と一緒に行くという答えであった。
(まさか、冴子というらしい女は、帰る家がないというのか?)
「追ってきていた男たちのところには、もちろん戻りたくはないだろうね」
スタジオオーナーの咲は、冴子らしい娘の気持ちを思い測った。
咲がオーナーを務めるスタジオに残っていたのは、四人であった。
車に乗ったのは、四人である。スタジオオーナーの咲、冴子らしい娘、佐伯新太郎に、あとひとり、カメラマンの亀井大吾だった。
亀井大吾については、語るべき重要な人物であるが、ここまで読んでくれた読者であるならば、少しは、見当がつくと思った。
この4人は車に乗った。オーナーの咲が運転して、佐伯新太郎は、助手席に乗り込む。
後席には、ジャージ姿の冴子というらしい娘とカメラマンの亀井大吾が乗り込んだ。
佐伯新太郎は、娘のことを、チラチラ観察していた。
娘は、佐伯新太郎の、チラチラを不快に感じているようだった。自分の方をチラチラ見てくる佐伯新太郎と目が合うと、娘は、佐伯新太郎のことをキツく睨みつけた。
娘と佐伯新太郎との間に敵対関係ができてしまっているようだった。これは、佐伯新太郎が、娘の盗み食いを摘発したせいもあるのだろうが、この敵対関係は、自分が盗み食いをバラされて恥をかかされた以上にというか、そのほかにも根深い原因ががありそうだった。
その27
冴子は、ぜんぜん悪びれてはいなかった。
冴子は、着こなしにも長けており、何の変哲もないジャージでさえも、冴子が着ると、そこにいいようにない、なにか不思議で、しかも強烈な妖艶さが生まれてしまうというか、演出されてしまった。
はっきり言って、冴子は不快であったのだ。
亀井大悟の家庭のこととか、亀井大悟の家庭内での立場が強くはないこととかまったく考えてはいないというか、予想できていないのは明らかであった。
とにかく、冴子は、アピールのモード全開のスイッチが入ってしまっていた。冴子は、危機を乗り越えたこいうことであろう愛想が良かった。活気があった。スタジオのオーナーの咲の車を降りてから、さらに元気になった。夜も明けようという時間帯だというのに、冴子はよく喋った。
亀井大悟の気持ちは暗く落ち込んでしまい、亀井大悟の足取りは重かった。
カメラマン、亀井大悟の住まいは、都内一等地にある高層マンションの高層階の比較的広い間取りの身分不相応な高額物件であり、そこに彼は妻子と暮らしていた。
このマンションの購入資金には、妻の実家からの援助が多く含まれていた。
今、亀井大悟は、夜明け前の高級マンションに帰ってくる。騒がしい、正体不明の妖艶さを持ち、ジャージの上下を着て、騒がしいが、美しい女性をともなって、帰ってきた。
亀井大悟は、連れの女性については、あらかじめ何の説明もすることはなく帰宅した。というのも、事情は入り組んでおり、簡単な説明では、とても妻の理解を得られそうにはないように思えたからである。
亀井大悟の妻は、大悟に対して辛辣とまではいえないが、決して大悟に甘い顔をして、何でも「ハイハイ」と協力してくれるような女性ではなかった。
亀井大悟とジャージ姿の不審な美女、冴子は、亀井家のマンションの部屋の入り口に到達した。
亀井大悟は、インターホンで、夫人を呼び、ドアを開いてもらおうとした。夫人は、大悟が連れてきたジャージ姿の女性の存在に気がついているはずであった。
その28
カメラマンの亀井大吾は、覚悟した。
カメラマン、亀井大吾の隣には、冴子というジャージ姿の謎の美女がいた。
今はというと、ちょうど夜が明けかかったという時間のころあいであった。
まだ、空は暗いが、まもなく夜が白み始めるという頃合いであった。
カメラマンの亀井大悟と謎の美女、冴子の二人は、自分のマンションの部屋の入り口の扉の前に立ち、妻の亀井遥が、扉を開けて、部屋に入れてくれるのを待ったのだ。
亀井大悟ほ、怪しげな若い女を連れてきたことについて、やましいことはないが、夫人の遥が不信感を持って、気分を害していただろう。それは、覚悟していた。そうとして、もうこれ以上に、話がこじれないように、ものの言い方にも、細心の注意を払うように自分の心に念じる。
ついに、玄関の扉が開いた。
しかし、亀井大悟と謎の美女を部屋に迎え入れたのは、妻の遥ではなかった。
「おかあさん!」
部屋の中から、現れたのは、亀井大悟の義理の母である亀井閑子であった。
遅れて、夫人の遥が居間から出てきた。夫人の遥は、少し疲れた様子である。心なしか、目を腫らしているように見えた。
長男の森と長女の里香の二人は、もちろん寝てしまっていた。
亀井大悟は、事情を遥に簡単に話した。夫人の遥は、聞き返すこともなく、亀井大悟が連れてきた冴子とい謎の美女のために、寝床と仮にこの場で着るものを用意していた。そして、ジャージ姿の冴子をバスルームに案内する。風呂のあと、冴子は寝てしまった。
大悟が連れてきた謎の美女のために用事を済ますと、妻の遥は大悟に言いった。
「困ったことが起きてしまったのよ」
亀井大悟が思うに、どうも、妻の遥は、大悟が連れてきた謎の美女のことで、大吾のことをせめようとしているわけではないようであった。
遥が、3人分のコーヒーを淹れた。居間に三人がそろった。
遥は、居間のソファの定位置に座り、セットしたコーヒーを一口すすった。そして、なにか心を決めたという様子で話を始めた。
その29
「あの子には呆れるわ。」
亀井大吾の妻の遥は、長男の森について怒っていた。
亀井大吾の夫人、遥と、一家の長男の森は、最近ぶつかることが多かった。
「わたしには、大事な人と会う約束があったのに、だから、お母さんに子守りをしてもらおうと家に呼んでいたのに、いつもはお母さんと仲良しなのに、今日は、森、お母さんに不機嫌に当たるの。だから、約束はキャンセルすることにした」
「実家の御母さんは、森のお気に入りだろう。」
「急に、お母さんに攻撃的になるなんて。全く、とんでもないことを言い出すんだから。森は人のことをなんだと思っているのかしら?」
(妻の遥の不機嫌は、森が原因だ)
「今度ばかりは、我慢がならないわ」
「他にも、森がなにかやったのかい?」
「あの子、この頃、急に言うことを聞いてくれなくなった。あの子は、本当に変わってしまった。誰かに、本当に、聞き分けがなくなってしまったの」
亀井遥は、少し間を置くと、結論を言ったのだ。
「悪魔たちが現れて、近所の子供達に取り憑いているに違いない」
.追加
「まさか!」
「ここら近所には、子どもたちをそそのかしている変なインフルエンサーというのがいるのよ。うちの森に悪い入れ知恵をする人物も、その人物らしいの」
「そんなことって?」
亀井大悟は、言葉を選んでいた。そのため、中途半端な言葉しか口から出てこなかった。
(まずいな)
亀井大悟は、思った。しかし、亀井大悟は、意見は言わない、流されるばかりであった。
「私の思い込みじゃないわ。学校でもそう言っている」
「……」
亀井大悟は、自分の言葉が見つからない。自分の体から、一切合切なくなってしまったかのように感じた。
「学校の子も、近所の子も、これは、反抗期というわけではないなと感じる。森が、立ち聞きをしているなんて昔は考えられなかった」
「立ち聞き!?」
無意味な言葉だ! しかし、亀井大悟が何とか絞り出した言葉だった。
「ドッキリするのよ。不意だから。不意に、森がいることに気づいたり、突然、森が現れたりするのよ」
「そして、口の聞き方も、生意気というか、子供ぽさが急になくなった。森が言っていることもなにか、上から目線である」
「……」
「そう、あんた何者か! 森に、突っ込みを入れたい時もあるのよ。でも、それは、ボケではなく、けっこう本気だったりする……」
亀井遥は、黙り込んだ。亀井大吾は、妻遥の様子を見て、遥が限界に来ていることを悟った。間違った刺激を与えようものなら、遥は、大爆発を起こしてしまうだろう。一番危険なのは、つい森の味方をしてしまうことだった。
亀井遥の沈黙が続いた。
もちろん、亀井大吾と夫人の亀井遥と遥の実母の亀井閑子とは、黙り込んでしまった。というか、そうするしかなかった。
結局、沈黙に耐えかねて、遥の母の亀井閑子は、沈黙を破った。
「ねぇ、これは、わたしから大吾さんへの一生に一度の御願いなんだけど、頼れるのは、あなただけなのよ。この子、つまり遥のために、力になってあげれる人は」
「このことを今まで私たち二人で話し合っていたとこなのよ」
亀井閑子は、娘の遥に意味ありげな仕草でうながした。
遥はソファから立ち上がると、キッチンの自分専用の引き出しから一枚のメモ用紙を取り出すと、自分のソファまで戻ってきて、亀井大吾に見せるため、そのメモ用紙を応接セットのテーブルの上に置いた。
「しばらく前から、準備だけは、していたの。結局、誰かがやらなければならないことだし......」
そのメモ用紙には、住所、どこかの店らしい名前、そして、連絡先と思われる電話番号が書かれている。
その住所は、この土地において、行ってはいけない、最も危険で、呪われた場所を示している。
亀井大吾には、一目でそれとわかった。
「大悟さん、お願いします。警察は頼りにならない。警察は、こういうことに関しては、なんの役にも立たない。だから、あなたの愛するため遥のために、私の遥に代わってお願いするわ。あなたの息子、森ちゃんのために、ここに行ってあの連中と話をつけて来てください!」
彼女、亀井閑子が言い終わると、遥は、嗚咽し、応接セットなテーブルに突っ伏した。
(なんかに悪い方向に流されちまった。俺は、最悪の貧乏くじを引いちゃった)
* *
このマンションでは、とんでもないことが行われている。偶然、そこには、妻の母、亀井閑子がいた。閑子は孫と論争をしていた。閑子は、自分の孫だからという理由で、孫に譲ったり、孫を立てたりすることはなかった。
亀井閑子は、孫からは疎ましがられる人物であって、遙の家を訪れても、孫に歓迎されず、孫のお迎えがないことさえ珍しくなかった。
昨今の孫を含め子供たちの置かれている危険な事態については、事件などのことが耳に入っていたりすると、心配でいたたまれないようなときもあった。
今、亀井閑子にとって心配なのは、孫たちが通う幼稚園のことである。
「町中にあって交通の便がいい。敷地もあのあたりでは広いから、いいじゃない!」
娘の遙は、孫たちの幼稚園の転園するなどという閑子の思いつきには賛成できない。
(ほっとくわけにも行かないでしょう)
強引にことを決めようとする閑子の考えに、親子がぶつかることも出てきた。
その30
それは、何かの気配であった。それは、何かの影であった。
その影は、人にしてはあまりにも移動するスピードが速すぎる。
その影は、亀井遥のマンションあたりから、10キロほど離れた警察施設にたどり着くと、その影らしきものは、移動を止めた。
その影は、動きを止めたのに、その姿はボンヤリとして、それが結局は、人ほどの大きさのものであることは分かるのだが、動きを止めてもその姿はぼんやりとしか人の目には映らない。
蕪木栄一は足を止めて「それ」が通り過ぎるのを見送った。
(あれはやはり? )
蕪木栄一は、タクシーを止めると警察署に向かった。
○パートスリー○




