表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒の銃声  作者: ゆみ。
5/16

5話 本当のこと

昨夜、佐伯から突きつけられた忠告が、千聖の脳裏にこびりついて離れない。

(聖菜が、私の行き先を調べている……?)


朝の食卓。安物のプラスチック容器に入ったマーガリンを、食パンに塗り広げる音がやけに大きく響く。


「姉さん、今日のバイトは何時から?」

聖菜が、カップを口に運びながら何気なく尋ねてきた。その視線は、手元の参考書に向けられているが、千聖にはそれが「探り」のように感じられてしまう。


「今日は夕方17時からよ。少し早めに店に入って、仕込みを手伝わなきゃいけないの」

「ふーん。大変だね。代官山のあのお店、そんなに忙しいんだ」


千聖の動きが、一瞬だけ止まる。

「代官山」とは一言も言っていないはずだった。以前、適当に誤魔化した時に口を滑らせただろうか。


「……そうね。おしゃれな街だから、お客さんも多くて」

千聖は努めて冷静に、けれど背中を冷たい汗が伝うのを感じながら答えた。




家を出た千聖は、一度代官山へ向かった。

もし聖菜が後をつけてきているのなら、ここで「カフェ店員」としての姿を見せなければならない。


馴染みのない街の、テラス席があるカフェ。千聖は客として入り、店員たちの動きを観察した。皿の持ち方、挨拶の声のトーン、エプロンの結び方。


「掃除屋」としての訓練で培われた観察眼が、今は「善良な市民」を演じるための武器になる。千聖はノートを広げ、標的の情報ではなく、コーヒーの淹れ方のコツをメモしていく。


その時、ふと窓の外に目をやると、通りの向かい側の角に、見覚えのある紺色のコートが見えた気がした。


(……聖菜?)


心臓が激しく鼓動する。しかし、次に目を凝らしたときには、そこには誰もいなかった。ただの街路樹の影か、見間違いか。千聖は自分の「過敏さ」を呪った。



夕刻。街がオレンジ色から深い紫へと溶けていく頃、千聖は代官山を離れ、指定された「裏路地」へと向かった。

待ち合わせていたのは、天園家が手配した黒塗りのセダンだった。


「昨日の後始末、ご苦労」

後部座席に座る佐伯が、低く言った。

「今日は仕事(殺し)ではない。標的の行動確認だ。顔を覚えろ」


渡されたタブレットには、一人の男が高級クラブに入っていく動画が映し出されていた。


「この男は、中堅商社の幹部だ。かつて君の父親の会社と取引があった形跡がある。……父親が亡くなる直前、彼が誰と接触し、何を動かしていたのか。この男を洗えば、何かつながりが出てくるかもしれない」


千聖の瞳が、わずかに揺れた。

父を殺した犯人は、まだ深い霧の中にいる。だが、この男がその霧の端を掴んでいる可能性はある。


「……了解しました。今夜は尾行に徹します」


「ああ、深追いはするな。まずは情報を集め、天園家の利益に叶うかどうかを判断する」


千聖は車を降りた。夜の帳が下りる中、彼女は漆黒のコートを羽織り、雑踏へと消えていく。


一方、二人のアパートでは。

聖菜は、姉が置いていった「代官山のカフェのレシート」をじっと見つめていた。


姉が「店長にもらった」と言って持ち帰るパン。

時折、姉の服から漂う、カフェのコーヒーとは違う、もっと重苦しい火薬のような匂い。


聖菜は、机の引き出しの奥から、一枚の古い写真を引っ張り出した。

そこには、まだ松濤で暮らしていた頃の、幸せな家族の姿があった。


「……お姉ちゃん、何を隠しているの?」


聖菜は、姉が絶対に見るなと言っていた、クローゼットの奥の「開かずの鞄」に手をかけた。

開けてしまえば、今の穏やかな(けれど嘘にまみれた)生活が壊れてしまうかもしれない。


しかし、彼女の疑念は、もはや無視できるほど小さくはなかった。


パチン、と金具が外れる音が、静かな部屋に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ