仕事
ドアを開けた先にいたのは、品定めするような下卑た笑みを浮かべる中年男だった。
IT企業の役員という表の顔とは裏腹に、その実態は未成年の人身売買を仲介する組織の末端。千聖は、彼が座るソファの対面に、音もなく腰を下ろした。
「……ほう、今度の『掃除屋』は、ずいぶんと上等な出立ちだな」
男はグラスを揺らし、千聖の漆黒のドレスをなぞるように視線を動かした。千聖はその視線を、まるで道端の石ころでも見るかのように、一切の感情を排した瞳で見返した。
「確認します。対象は、この部屋の主。あなた一人で間違いありませんね」
「なんだと……?」
男が異変に気づくより先に、千聖は動いた。
テーブルの下で脚を組み替える。その一瞬の動作で、ドレスの深いスリットに仕込まれた薄型の自動拳銃が彼女の右手に吸い付いた。
**ガッ、ガガッ。**
消音器が発砲音をくぐもった吐息へと変える。
男の両膝を正確に撃ち抜き、逃走を封じる。叫び声を上げる暇さえ与えず、千聖は立ち上がり、デスクの影へと倒れ込んだ男の髪を掴んで引きずり出した。
「な、待て! 金か? 金ならいくらでも――」
「いらない」
千聖の声音は、松濤の家でピアノを弾いていた頃の穏やかさとは無縁の、凍りついた刃だった。
「命を乞うために使う口は、この世界には必要ないの」
男の眉間に銃口を押し当てる。
かつて中学三年の春、施設から逃げ出し、夜の街を彷徨っていた自分を思い出す。あの時、暗い路地裏で自分に向けられた大人たちの醜い欲望。身分を偽って働いた店で、自分を「モノ」として扱った男たち。
今、目の前に転がっているゴミも、それらと同じだ。
引き金を引く指に、迷いは微塵もない。
**パシュッ。**
乾いた音が響き、男の体から力が抜ける。千聖は返り血を避けるように一歩下がり、手慣れた手つきで薬莢を拾い上げた。
遺留品を確認し、証拠を消去する。
一連の動作に淀みはない。15歳で死を選ぼうとし、天園家に拾われてから叩き込まれた「技術」が、彼女の体を機械のように動かしていた。
「……終了。撤収する」
インカムに向かって短く告げ、千聖は返り血一滴ついていないドレスの裾を整えた。
部屋を出る直前、一瞬だけ窓に映った自分の姿を見る。
そこには、かつての「幸せなお嬢様」の面影を完璧に消し去った、冷徹な死神の顔があった。
復讐への足がかりを掴むため、今はこうして、天園家の「道具」として闇を掃除し続ける。
それが、今の千聖に許された唯一の生存理由だった。




