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漆黒の銃声  作者: ゆみ。
15/16

15話 広がる波紋

アパートの狭いリビングに流れる時間は、表面上は穏やかだった。しかし、千聖の胸中には、一度芽生えた違和感が毒のように広がり始めていた。


朝、食卓を囲む聖菜の動作を、千聖は観察せずにはいられない。

聖菜が醤油の瓶を手に取る。その手首に、わずかに覗くテーピングの跡。


「聖菜、その手首……どうしたの?」


千聖が努めて平静を装いながら尋ねると、聖菜は一瞬の迷いもなく、柔らかな微笑みを返した。


「ああ、これ? 最近、タイピングの練習をやりすぎちゃったみたい。腱鞘炎かな、少し痛むから補強してるの」


「……そう。無理しちゃダメよ」


(嘘だ……)

千聖は確信していた。タイピングによる腱鞘炎で、あんなに広範囲に、しかも筋肉を固定するような巻き方をするはずがない。あれは、重いものを支えたり、打撃の衝撃を和らげたりするための巻き方だ。


仮面の裏側

千聖が「バイト」へと出かけた後、聖菜はすぐに準備を整えた。

最近、彼女が受けている訓練は、ナイフ投げや格闘といった物理的な技術だけではない。骨董品店の老人は、彼女に「毒物の調合」と「人体構造」を叩き込んでいた。


「いいか、聖菜。お前は千聖のような天賦の体躯も、天園家で長年鍛えられた筋力もない。ならば、知恵を使え。最小の力で最大の結果を出すのが、お前の戦い方だ」


地下訓練場。聖菜は、倒した人形の頚動脈を正確に模したポイントに、医療用メスを模した練習用ナイフを突き立てる。


「……はい」


聖菜の瞳には、以前のような迷いはない。

彼女は、自分がデータ分析で姉をサポートするだけでは不十分だと感じ始めていた。万が一、現場で姉が窮地に陥ったとき、自分も現場に介入し、姉を救い出せるだけの「実力」がなければ、共犯者パートナーとは呼べない。


その日の午後。聖菜に与えられたのは、ある中堅政治家の「行動分析」という実戦形式の課題だった。

この政治家は、かつて両親の会社が不当な捜査を受けた際、検察側に圧力をかけた疑いがある人物の一人だ。


聖菜はカフェでノートPCを開き、その政治家の隠し口座の動きと、深夜の密会場所を特定していく。

(この人は……死ぬ必要まではない。でも、姉さんが動くための『道標』にはなってもらう)


闇で重なる足跡

その夜。千聖は、佐伯から提示された「新たなリスト」を見て驚愕した。

そこには、自分が独自に洗っていた「両親の仇に繋がる人物」のデータが、非の打ち所のない完璧な形でまとめられていた。


「これ……どこの情報班が?」


『……最近、やけに仕事が早い外部の協力者がいてな。天園家でも重宝されている』

佐伯は、珍しく満足げな声を出す。

『今夜、そのデータにある場所へ向かえ。標的の逃走経路はすべて封鎖済みだ。お前は、ただ引き金を引けばいい』


千聖は、漆黒のドレスに身を包み、夜の街へ駆け出した。

指定されたビル、指定された時間。

すべてが完璧に整えられた戦場。千聖は、まるで見えない誰かに守られているような感覚に、強い恐怖を覚えた。


(誰が……。誰が、私のためにこんなことを?)


屋上から狙撃のポイントを探る千聖。その視界の端、向かい側のビルの窓に、一瞬だけ見覚えのある人影が映った気がした。


「……っ、聖菜!?」


千聖は思わずスコープから目を離した。

だが、そこにはただの夜の街が広がっているだけだった。


姉を想うがゆえに、自ら毒を喰らう妹。

妹を想うがゆえに、その変化を認めたくない姉。

二人の距離は、同じ目的を追い求めるほどに、取り返しのつかない形で歪み始めていた。

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