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漆黒の銃声  作者: ゆみ。
13/16

13話 協力


朝の空気は、以前よりもずっと重く感じられた。

食卓に並ぶのは、安売りされていた卵と、少し硬くなった食パン。聖菜は丁寧に姉の分のパンを焼き、マーガリンを塗る。


「姉さん、最近……少し、仕事の内容が変わったの?」

聖菜は、まるで世間話でもするように尋ねた。


千聖はコーヒーを啜る手を止め、視線を泳がせた。

「え……? ああ、そうね。お店のメニューが新しくなったの。覚えることが多くて大変だけど、やりがいはあるわ」


「そうなんだ。新しいメニュー、また今度教えてね」

聖菜は微笑みながら、心の中で別の計算をしていた。

(昨夜、姉さんが殺したのは、かつてお父様の会社を裏切った幹部の秘書。今夜狙うのは、その背後にいる男……)


聖菜の脳裏に、あの日、松濤の邸宅で見た光景がフラッシュバックする。

父が一代で築き上げ、業界の頂点へと上り詰めた大手企業。その経営は順風満帆だった。しかし、何者かによる巧妙な陥穽と、あまりに冷酷な「死」によって、すべては一夜にして灰燼に帰した。


事故として処理された両親の死。けれど、あの時流れた「不自然なほど赤い血」の意味を、今の二人は知っている。


---

千聖を送り出した直後、聖菜の顔から「妹」の仮面が剥がれ落ちる。

彼女は机の引き出しの奥から、改造されたノートPCを取り出した。それは骨董品店の老人を介して、天園家の「ジャンク品」を譲り受け、自ら組み直したハッキング専用の端末だ。


「……さて、姉さんの戦場を下書きしなきゃ」


聖菜の指が、鍵盤の上をピアノの旋律のように滑る。

彼女がアクセスしたのは、天園家のメインサーバーではない。そのさらに外郭、今夜の標的が隠し持っている非公開のクラウドストレージだ。


聖菜は、ターゲットが今夜立ち寄る予定のバーの防犯カメラに潜入した。

(ブラインドコーナーが二箇所。入り口のセンサーは、私が一時的にループ映像に書き換えておく。そうすれば、姉さんが入る瞬間を誰も見ることができない)


かつて、父を殺し、会社を食い荒らした奴らに向かって、聖菜は子供ながらに無力感に震えた。

法律も、警察も、正義も、何もかもが「強者」の味方だった。

けれど、今は違う。

この暗いモニターの向こう側なら、自分は神にだってなれる。


その夜。港区の会員制バー。

千聖は、ドレスのスリットに隠した銃の重みを感じながら、ターゲットを待っていた。

今回の任務は、本来なら厳重な警備を潜り抜ける必要がある難易度の高いものだった。


(……おかしい)


千聖は、バーの裏口に手をかけた。

本来なら作動しているはずの赤外線センサーが、音もなく沈黙している。

さらに、自分が通る瞬間に、監視カメラのレンズが不自然に上を向いた。


「佐伯さん、こちら千聖。警備状況が報告と違います。甘すぎる」


『……なんだと? こちらのデータでは、警備は最高レベルのはずだ』

インカムから聞こえる佐伯の声にも、戸惑いが混じっていた。

『不測の事態だ。撤収するか?』


千聖は一瞬迷ったが、目の前には無防備なターゲットの背中がある。

「いいえ、続行します。……チャンスですから」


千聖は音もなく男の背後に忍び寄った。

銃口を向けるその刹那、かつて父が経営していた会社のロゴが、男のネクタイピンに刻まれているのが見えた。


(……見つけた)


パシュッ。


任務完了。

千聖は、まるで見えない誰かに導かれるように、最短の逃走経路を通って現場を離脱した。


アパートに帰り着いた千聖は、玄関に脱ぎ捨てられた聖菜の靴を見た。

きちんと揃えられたその靴は、何の汚れも知らない、純粋な少女の象徴のように見えた。


「……聖菜、ただいま」


「おかえりなさい、姉さん。お疲れ様。ココア、淹れたよ」


寝室から顔を出した聖菜の瞳には、一切の淀みがなかった。

千聖は、自分が手に入れた「完璧すぎる成功」が、誰かの手助けによるものだとはまだ知らない。

そして聖菜もまた、姉の手に刻まれた銃の反動リコイルの痕を見ながら、何も言わずに温かいマグカップを差し出す。


二人は、同じ家の中にいながら、別々の闇を見つめていた。

両親を殺した「真犯人」に辿り着くまで、この危うい姉妹の二重生活は続いていく。

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