12話
何かが切れる感覚を覚える。何か、大切な何かが――。ふと我に帰る。気がつけば紅葉はかつての親友に刺殺され、地面へと伏していた。
「アラクネええええええええ!」
考える間もなく私は走り出していた。天界でたった一人の友達? 関係ない。迷いなく銃口を向けてトリガーを引く。撃って、撃って、撃って。それでも攻撃は当たらない。軽々と避け続けるアラクネは、もはやただの的にしか思わない。
「まるで獣ね。品がないわ」
想像を超えるスピードで間合いを詰められる。そのまま腹部をえぐるような一撃。かすれる意識を舌を噛んでつなぎとめる。血を吐き捨てて、引き金に指をかける。しかし、アラクネの振りおろした刀は私の神器のバレルを切り落とした。使い物にならなくなったそれを捨てて拳を握り、アラクネへ突っ込む。
「ああああああああ!」
叫ぶ。形振りなんか構わずに連打する。だが、一つとして有効打を与えられない。それどころか足を削られ、顔は殴打によって腫れ始め、視界もゆらゆらと揺らめきはじめている。やがて懸念していた足は動きをやめてしまう。それからはひどいものだ。
「ほらほらほらあ! 立ち上がってご覧なさいよ!」
顔面を蹴り飛ばされ、指を踏み折られ、喉を潰される。もう動く部位がどこにあるのかすらあやふやになっていた。それでも私の口は一つの単語を口にし続けた。
「……紅葉」
心地よい風が頬を撫でる。倦怠感から開放された体を起こす。見覚えのある光景だ。遠くまで広がっている青空と草原。春に夢で見た光景と同じだ。ここは……天国か何かなのだろうか。それにしては味気ない。そんなことを考えていると、後ろから名前を呼ばれる。
「やあやあ、久しぶり。紅葉くん」
振り返れば、あのときは逆光で見えなかった姿がはっきりと見えた。腰下まで伸びる美しい銀の髪。紅い瞳。細い腕と手足に膨らむところは膨らんだ体。どこか見覚えのある顔。
「あなたは誰なんですか? 前にも夢で会ったような」
「さて、私は誰だろう」
ニコニコと笑いながら質問を質問で返してくる。苦手だなあ、と思いながら質問に答える。身体的な特徴はもちろん、それよりも笑った顔がそっくりに思えた。
「アテナのお母さんですか?」
「正解。でもなー。簡単に正解されてもつまらないなあ。でもまあ、これだけのヒントがあればわからないほうが可笑しいか」
髪をくるくるといじりながらアテナのお母さんは苦笑した。その顔を見るたびにアテナの顔が浮かぶ。
「ところでここはどこなんですか? 俺さっき殺された気がするんですが」
「あー。心臓を一突きだったからねえ。でもまだ死んではいない。生きてもいない。そんな感じかなあ」
いまいち要領を得ないが、俺は生きてはいないようだ。
「ああ、そうだ。本題に入る前に君に話しておかないといけないことがあった」
「なんですか?」
アテナのお母さんは空を見上げ、何か懐かしいものを思い出すように話し始めた。
「あれは君が生まれる前の事だ――」
君も知っているように、天界と外界には誰が作ったのかは知らないが、厄介な結界がはられている。出るのは簡単だが入るのは難しい。そこで私が開発したのが、アテナも身に着けているあのペンダントだ。あれは人間の魂の欠片を回収し、それを使って天界の防護壁を無理矢理に突破するものだ。しかし、それはあまり賢い方法とは言えない。だから私は、天界の壁の研究をしていたんだ。
外界で人間と地球の調査に出ていたとき、一人の妊婦を見つけてね。私も結婚していたから、子供には興味があった。だから病室に寝ているその妊婦を近くで観察しようとしたわけさ。
「あら、あなたは誰?」
いや、正直驚いた。きちんと霊体化は済ませてある。だから人間に見えるはずはない。だが、彼女にはしっかりと私の姿が見えていた。
「……君には私が見えるのか?」
「ええ、しっかりと。あなたは幽霊かなにかかしら? あなたみたいな子は初めて見たけれど……」
「いや、私は天使だ。君こそ本当に人間なのか?」
「当たり前でしょ?」
それから、彼女とはいろいろな話をしたよ。お互いの夫のこととか。いつから幽霊が見えていたのか、とかね。楽しかったよ、柄にもなく笑顔で過ごしていた。だが、悲劇は突然訪れるものだ。
ある日の夜、いつものように病室に私が訪れると、その女性は一人泣いていたんだ。近々生まれる予定だと聞いていたから、余計に気になってね。
「何かあったのかい?」
「……私の子が、もう…………動かなくなってしまったの」
その瞳は赤く腫れ、頬には涙の流れたあとがくっきりと残っていた。その時、私はどうにかしたい、そう思ってね。だが、天界には禁則事項がある。人間の魂に手を出すのはご法度なんだ。だが、愚かにも私はその運命を捻じ曲げた。
「君は、自分の魂を子供のために使う気はあるかい?」
その母親は笑いながら言ったよ。
「もし、この子の未来のために私の命が使えるのなら。喜んで差し出すわ。あなたがどんな存在であろうとね」
私はその覚悟に恐怖すら感じた。自分の身を顧みない、なんてことを心からできる生物がこの世にいるのかと。しかも知性を備えた人間がだ。だが、その目は本物だったよ。
「――そうして、私は彼女の命、すなわち魂と人間の意思の力を使って、君が死ぬ運命を捻じ曲げたんだ。我ながら無茶をしたよ。もちろん代償はあった。気味の母が速くに亡くなったのは私のせいだ。君にこのことを隠しておくのはフェアじゃないと思ってね」
長話をしてすまない、と苦笑いを浮かべるアテナのお母さん。
「別段恨んではいませんよ。母さんがそうしたいって言ったなら何も言うことなんてありません。もちろんもっと母さんに生きてほしかったとは思いますけどね。あと、今の話を聞く限り俺が生きていられたのはあなたのおかげでもありますから」
「そう言ってもらえるのはありがたいよ。全く、私もこんな可愛い息子が欲しかった!」
勢いよく抱きしめられる。少しばかり照れくさかったが悪い気はしない。その暖かさと、どことは言わないが柔らかな感触に包まれて、なんとも言えないような安心感を感じた。
「もういいでしょう! 恥ずかしいですから……」
「そう言わないでくれよー。私だってずっと一人で寂しかったんだぞ? それにお義母さんになるかもしれないんだから。そんなに照れなくてもいいじゃないか」
「……もしかして、外界の人間の考えてることがわかる、とかそんな事ないですよね?」
「さあ、どうだろう? まあ、いつもの君たちを見ていればわかるよ。最初は親と子供みたいな感じだったから不安ではあったけどね。私の娘なのになんで、あんななんだろうか。絶対父親に似たんだろうなあ」
親と子供。否定はできない。髪を乾かし、飯を与え、寝床を与えた。これを育児と言わずなんと言うのか。
「まあ、その辺は否定できないですけど。実際子育てってこんな感じなのかなあ、なんて考えてましたし」
「そうだね。でも反抗期に入る前まではあれよりは楽だと思うよ」
「違いないですね」
アテナのお母さんは俺を開放して、一つ質問をする。
「紅葉くん。一つ質問、というより提案かな。君、もう一度戦う覚悟はあるかい?」
「あります」
考えるより先に口から答えは出ていた。もしそんな都合のいいことが許されるのなら、それにしがみつかない訳がない。
「即答か! いやー、愛されてるなあ私の娘は。君ならそう答えてくれるとは思っていたけどね。準備をしたかいがあったというものだ」
そういううとアテナのお母さんは俺の心臓に手を当てる。手が触れたところから紅の炎が上がる。体を焼かれるような痛みはなかった。ゆっくりと引かれた手の内には短剣が握られていた。手渡された短剣は美しいは白銀の刃を持っていた。握り込めばそれに同調するように暖かさとともに柄が火に包まれる。
「……これは」
「神器、明確に言えば違うが、同じようなものだ。君のちっぽけな勇気で魂の炎を包み込んだ世界で一本の剣。気をつけて使うんだよ? 破壊されれば君は死ぬ。だがその分、その剣は他の天使の使う神器とは比べ物にならないような力を秘めている」
その一振りの小さな剣は軽くはないが重くはなく、手に吸い付くような握り心地だった。ハデスから借り受けたナイフよりもむしろ扱いやすいように感じた。
「さて、あともう一つ」
アテナのお母さんが手を掲げると、どこからか蒼い羽の蝶たちが現れて一つの塊になっていく。一つの光になった蝶たちはアテナのお母さんの合図で俺の体の中に吸い込まれていった。不思議な感覚だ。暖かくて、悲しくて、嬉しくて、色々な感情を一度に感じた。そして最も強く感じたのは感謝の気持ちだった。一匹の蝶が体から出てきて主人公に話しかける。
「おう少年! また会ったの!」
「爺さん?!」
姿かたちこそ違うものの声はあの公園であった爺さんそのものだった。もう会えないかと思ったがこんなところで再会するとは。
「いやいや、儂のほうが驚いとるよ。でも、まあ、最後の最後にお前さんの力になれるなら本望じゃ。シロの件は本当に感謝しとるからの」
笑い方もあのときのままだった。飼い犬との再会を助けただけ、それだけのことをしただけなのに、精一杯の感謝の気持ちが伝わってくる。
「さて、こんなところで長話しているのもなんじゃろう。今度こそ本当にお別れじゃ。銀髪の子にもよろしくの。気張れよ、少年!」
爺さんは俺の心臓のあたりへと吸い込まれていった。暖かさが体中へ染み渡っていく感じを覚えた。
「さてと、そろそろ私達もしばしのお別れだ。最後にひとつだけアドバイスをしておこうか。まあ、聞き流してくれても構わない」
アテナのお母さんは咳払いをして話を続ける。
「人間は果てのない欲望を持つがゆえに、意思の力を得た。それは本当に心から願い、行動するとき、世界そのものを改変することのできる力だ。天人は根底から進化の欲望を持たない。ここは大きな違いだ。だが、私は天人でありながら前者に近い。アテナの魂のあり方が人間に寄ってしまったのはそのせいだろう。でももしそうなっていなければ、君と出会うことはできなかっただろう。そう考えればそこまで不幸なことではなかったのかもしれないな。たとえその特性でアテナが苦しんだとしても」
アテナのお母さんは自嘲的に笑う。この人はちゃんと娘のことを見ていたんだろう。たとえ自分が近くにいられなくても。
「まあ、とにかくだ。君はなんのために立ち上がるのかをはっきりと心に据えておくことだ。叫んだって構わない。そうすれば魂のかけらたちも君に力を貸してくれる」
なんのために立ち上がりたいのか。答えはすでに心の中にある。失うことは怖い。だが恐れていては守れるものすら守れない。だから、弱い自分はもう過去のものだ。
「いい顔をするじゃないか。大丈夫、君の進む道にはきっと明るい未来が待っているよ。でも、できるなら私の娘もその隣においてほしい。あれでも私の宝物だ。君になら預けられる。いや、この言い方は失礼だな。君に預けたい、お願いだ」
涙を流しながらアテナのお母さんは俺に頭を下げる。顔を上げてください、と言って顔を上げたお義母さんを思い切り抱きしめる。
「ちょ、ちょっと。真面目な話をしていたんだけど!」
「お返しですよ、お返し。そんな今生の別れみたいな顔しないでください。きっとまた会えますよ。今度はアテナとゼウスとあなたと俺で、たくさん話しをしましょうよ」
「……全く。これは私の娘が落ちてしまったのも納得だよ」
「何か言いましたか?」
「いいや、なんでもないよ。そうだね、約束しよう。私もどうにかしてここから抜け出す方法を見つけるよ。でも夫の前でこんな事しないでくれよ? 一応婚約しているんだし」
「わかりましたよ」
抱擁を解くと、アテナのお母さんは少し頬を染めて罰の悪そうな顔をしていた。
「格好がつかないなあ。まあ、でも少し元気が出たよ。私も長い間一人だったから」
「……実験の失敗でしたっけ?」
「そんなところだ。その話はまた今度にしよう。そろそろ君は行かないと」
アテナのお母さんがパチンと指を鳴らすと、続いていた地面は俺の後ろから消えた。振り向けば雲ひとつない空が広がっている。
「さあ、行って来なさい。今こそ君の英雄譚をこの大地に刻むときだ。何かのため、誰かのため、理すら捻じ曲げて立ち上がれ!」
「ちょっ!」
背後からいきなりアテナのお母さんに突き飛ばされる。
「年上をからかった罰だ! またね!」
心地よい落下感の中で今一度自分のすべきことを考える。アテナのお母さんのため、ゼウスのため、そして自分のために。俺は、今一度大地に立つ。
意識が現実へ引き戻される。光を失っていた瞳に炎が宿る。痛む体。揺らぐ視界。はたから見れば人間の限界だ。体を数ミリ動かせばそれに見合わないだけの苦痛が全身を襲う。いや……違うな。十分釣りが来る。この痛みを乗り越えた先に俺が立ち上がれるのなら安いものだ。あの夜、アテナが背中に抱き着いてきたのを、受け入れたときから覚悟は決まってる。顔を地面に擦り付けながら、無様に滑稽に。血を吐き捨てながら、少しずつ体を起こしていく。守るべきもの、守りたいもの、家族。そんな大層な動機じゃない。ただ、アテナと一緒に居たい。わがままなところも、臆病なところっも、実は寂しがり屋なところも、不器用なところも、たまに見せる笑顔も、全部、全部――
「愛してるぞ、アテナああああああああ!」
精一杯の愛を叫ぶ。その欲望は俺の身を焦がし、傷を埋めていく。蒼い羽の蝶は火にくべられ、鉛のように重かった体を羽の生えたように軽くする。アテナにトドメをさす寸前だったアラクネの背後から斬りかかる。
「――!」
寸でのところで攻撃は躱されてしまう。しかし、その表情に余裕はなかった。
「あらあら、地獄から蘇りでもしたのかしら? しかも公衆の面前で告白だなんて。でも残念ね、お相手は死にかけよ。まあ、お互い死にかけという点ではお似合いでしょうけど」
「笑いたいなら笑えばいいさ。だがな、俺は諦めない。俺は、どうしようもなくアテナが好きだ。一緒にいたい、一緒に話をしたい。これからもずっと。だから俺は立ち上がれる、立ってみせる。こいつのためならな」
大きく息を吸い込んで、短剣をアラクネに突き立てる。
「行くぞ、アラクネ。幕引き(エンドロール)にはまだ早い!」
「ああ不快、寒気がするわ。吐気がするくらいに憎たらしい。お前も、そこに転がっている天使も。調子に乗るな、人間風情が!」
剣と刀がぶつかりあう。金属と金属が削れ、火花が散る。ナイフよりリーチが伸びたとはいえ、アラクネの神器には及ばない。さっきと戦い方は同じだ。懐へ飛び込み続け、動きを読まれれば背後に回る。確かにアラクネは速い、だが追いつけないほどではない。多彩な動きを交えながら、攻めに攻め続ける。狙った場所へ誘導しながら。
アラクネが足を引いた瞬間、その足は差に後方へ引かれる。そこには俺が心臓を突き刺されたときに撒き散らした血液が溜まっていた。
「しまっ!――」
「うぉおおおおお!」
渾身の力を振り絞って振り上げた短剣をアラクネに向けて振り落とす。アラクネは崩れた姿勢から刀でその攻撃を受け止めようとする。しかし、短剣は刃を砕き、左目を切り裂き、炎をあげた。それはアラクネの目を焼き尽くす。黒く焦げた目を押さえながら、アラクネは距離を取る。
「全隊、撃て!」
背後からの聞き慣れたハデスの声とともに、アラクネに向けて四方八方から弾丸が飛ぶ。多勢に無勢だと判断したアラクネは撤退を図る。その目からはなぜか涙が流れていた。アラクネが完全に撤退したのを確認してハデスは俺のもとへ駆けつけて、全力で抱擁を交わす。
「よく頑張った! よく頑張ってくれた少年!」
「ハデス、痛い、割とマジで痛い」
「おお、悪い。少年、助けに来るのが遅くなって本当にすまなかった。回復に手間取ってしまった。……そういえばその手に握ってんのはなんだ? 俺そんなの渡してないよな」
「……ああ、これは」
右手を見ると、短剣は炎になって消えてしまった。それと同時に自分の中に何かが戻ってきたように感じた。
「とりあえず、そのことは後で聞こう。ともかく、よく耐えてくれた。完全にオレたちの不手際だった。すぐに助けに行けなくて悪かった」
「もういいさ。結局助けられたからな」
「それは違うぜ、少年。お前はオレたち全員を救ったんだ。お前がいなければオレたちが回復する時間も、援軍が来る時間もなかっただろう。それに姫様も殺されていた。今回のヒーローはお前だよ。お前のような弟子を持ててオレは誇らしい!」
再び絞め殺される寸前まで強烈な抱擁を強要される。筋肉の圧がすごい……。
「おおっと。やりすぎたな。ほら、見てみろ少年。お前が掴み取った朝日だぜ」
「……ああ」
太陽に向けて手をかざすと、赤々と透けた手のひらが自身が生きていることを再確認させてくれた。やってみれば案外なんとかなるもんだなあ。目が潰れてしまいそうなほどに降り注ぐ朝日は、今までに見てきたものの中で、一番に美しかった。
アテナの怪我は生死に関わるほどのものではなく、死神の救護班の治療によって傷や打撲痕はすぐに消えた。だが、意識がない状態が続いた。原因は身体的なものではなく精神的なもの、だが数日のうちには目をさますだろう、とのことだった。ベッドに寝たままの彼女の意識は丸二日たったが目をさます様子はない。
「なあ、少年。お前休んでないだろ。流石にオレと変われ」
「いや、大丈夫だ。ちゃんと仮眠は取ってる」
「……本当なのか?」
「ああ」
無理はするな、と一言残してハデスは去っていった。眠気覚ましにコーヒーを飲みながら、目を覚まさないアテナの寝顔を見つめる。寝ている彼女を見ているとこちらまで眠くなってくる。少し寝よう、と思い座ったままで目を瞑る。
目を覚ますともうすでに月が昇るような時間だった。はっとしてアテナの方を見ると、こちらを見つめている彼女の姿があった。その顔は少し悲しげで、それでもいつもの彼女がそこにいた。
「おはよう。あなた」
「……ああ、おはよう。アテナ」
感極まった俺はアテナに抱きつく。アテナも同時に俺に飛び込んでくる。
「ごめん。本当にごめん。お前を守ってやれなかった」
「違うわ。それは私の台詞よ。私こそ……本当にごめんなさい。あなたの力になれなくて。自分の都合であなたを傷つけてしまってごめんなさい」
アテナは泣きじゃくりながら俺にしがみついてくる。背中に回された腕は、服が裂けるかと思うほどに掴んでくる。その指は自分の無力さを嘆き続けているようだった。そんなアテナを俺は更に強く、強く抱きしめた。そこに言葉はない。だが確かに感じる暖かさは、確かに二人が今ここに存在していることを実感させてくれた。




