浮気すんなよ
浮気は男なら誰でもするというが、あいつはあまりにもしすぎだった。5日に1回は女をホテルか家に連れ込んでいた。
それもいつも違う女。鉢合わせになることもしばしばだった。
情報を聞き入れるたび「あたしって本当に恋人なのか?」と考える日々だった。それでも別れられなかったのは、多分相当私が惚れ込んでいたから仕方ない。「ごめんな、もうしないから」という言葉をいちいち信じていた。
しかしそれもいつしか限界に達し、とうとう2年前の冬に別れた。クリスマスを目前にしていたが、あたしは我慢できなかった。それにクリスマスにあいつはバイトを入れていた。
恋人同士の一大イベントだというのに。
「仕方ないだろ、今日バイトだった奴が葬式があるって言うんだから」
嘘に決まっているではないか。
話によると、数日前に父親の兄弟の息子の友達の祖母が死んだと言う。あんまり関係ない、というかむしろまったく関係ない。どうせ彼女にでも「明日はバイトなんか入れないで」とでも言われたんだろうに。
嘘臭い嘘に簡単にだまされやがって。それに、クリスマスは一緒になんてあたしも望んでいた。あいつはあたしより友達とバイトを選んだのだ。
「もういい、別れよ。ばいばい」
「待てよ」と言いながらも、彼は追ってはこなかった。
あまりにもあっさりした終わり方だった。つまりはあたしたちはそこまでの関係だったってこと。あいつにとってあたしはどうでもよかったんだ。そんな男にいつまでも縋り付いていたあたしが馬鹿を見ただけってこと。おかしすぎて道の真ん中で「ははっ」と笑ったら、通りすがりの人があたしを一瞥して去っていくのが何度も見えた。そしてあたしは雪がちらつき始めたとき、何の恥じらいもなく大声で泣いた。
思っていたより傷ついていることに驚きながら。
それから1年半後、私は結婚した。
号泣するあたしにハンカチを渡しながら「大丈夫?」と言ってきた彼と。よくあんな状態のあたしに話し掛けたものだ。付き合い始めてすぐ彼に聞くと、「可愛かったからかな?」と笑った。あたしはもうこの人しかいないなと思った。物好きもいたものだ。
それから早くに彼の両親に紹介され、あたしも両親に紹介した。どっちの親にも彼は「結婚を前提にお付き合いしています」と言った。あたしは「律儀な人だな」と思いながら密かに喜んでいた。
半年後、あいつから結婚式の招待状が届いた。
忘れることのないあいつから。
綺麗な字だったから、きっと奥さんが書いたんだろう。あたしは日時を見てからカレンダーを見た。予定は入っていなかった。
とりあえず相談してからにしようと思い、それを机に置こうとした瞬間ある言葉が小さく隅に書かれていた。
「悪かった」と汚い字で一言。
相変わらずというか。
あたしはあの時のように「ははっ」と一人笑った。「どうした?」と彼が新聞から目を離しながら聞いてきた。「何でもない、愛してる」と言うと、「俺も」と聞こえた。驚いて彼のほうを振り向くと、ただにこにこしていた。こっちも相変わらずであたしはもう一度笑った。
あたしは彼に「友達の結婚式があるんだけど」と言うと、「行っておいでよ」言って微笑み再び新聞に目を向けた。「一緒に行かない?」と言うと、「何日?」と聞かれた。
「再来週の日曜日」と言うと、彼は「いいよ」と言って新聞を机の上に置いた。そして近づいてきたかと思ったら、後ろから抱きしめられた。
「暑いからやめてよ」と言うと、「いいじゃん新婚だし」と言って首にキスしてきた。あたしはくるっと向きかえって、彼の口にキスした。「浮気すんなよ」と言うと、「新婚だし、まだ当分しない」と彼は言う。
「あほか」と言って、あたしはもう一度キスした。




