表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

-2-

 真っ青な顔になっている貴族達を見やりつつ、私は大きな溜息を吐き出しそうになった。


     ○


 魔王選出の日を丸無視し、この男は独断で勝手に私を魔王としたのだが、それも意外にすんなりと国民達は納得を見せた。

 私以外に国を統治出来る者が居ないと考えたという。


 ……押し付けられたのだろうか?


 その可能性は大きい。

 大きいが、それでも他の信用ならない者に任せるより数段良い。

 貴族達も私が魔王となるのを快く受け入れた様で、毎日贈り物が尽きない程に届く。

 媚びを売っているのか、それとも別の意味を含んでの事か。

 前の出席したパーティーでの際に、貴族の小太りした男が私に夜の誘いをしてきていたのを思い出し、苦々しい気持ちで贈り物達を見つめてしまう。

 髪を少し触られた時には全身に鳥肌が浮かび上がってしまった。


 ……全く。貴族達には気品も無くなってしまったのか。


 昔はこの様な醜態などは一切無かった。

 一体何がどうなってこの様になってしまったのか。

 新たに出そうになる溜息を呑み込み、私は大きく深呼吸をした。


     ○


 ギルナの時には行われなかった騎士指導の強化を開始したのは、今の各国家との緊張状態を把握していたからだ。

 魔王が治める魔族の国は、北大陸の大半を占めている。

 後は西と東と南にそれぞれ国があり、そこを人間達がそれぞれの国の民族特徴を生かして生活をしていた。

 魔族だからと言って、人間達を襲うことはしない。

 国は国。

 国交もすれば、輸入も輸出もしている国だ。

 親交が深い国だってある。

 しかし、つい数年前に、魔族の国が気に入らないと西の国が神子を呼び出し、魔王を……ギルナを倒そうとした事があったのだが、それを未然に防ぎ、大事になるを食い止めたのはギルナ自身だった。

 魔力のコントロールに長け、北国最強と謳われているギルナには簡単な事だったらしい。

 仮にも魔王なのだから当然だと私は思ったのだが、それも貴族達の反感を買う理由となってしまったのはもう全力で無視だが。

 また何処かの国が、この国を攻める姿勢を見せないとも限らない。

 それの処置としての武力強化だ。

 さらに最近では、東の国が神子を呼び出し、新たな魔王となり武力を強くさせた私を倒そうと動き出しているという情報も入った来た。


 ……やはりな。


 迎え入れてやろうではないか。

 否。

 寧ろ私一人でどうとでもなる。

 城の武力等使わずとも、魔王たる私が北国の力とやらを示してみようではないか。

 喉の低く鳴らし、私は余裕の笑みを浮かべながら神子一行が訪ねて来る日を待つことにした。


     ○


 城に近付いてくる気配を察した私は、姿を消し、神子達がこの城に入ってくるのをじっと見つめた。

 金色に輝く髪と天使のような愛らしい顔をしているのが神子だろう。

 汚れ一つ無い高貴な衣服を身に纏い、キョロキョロと忙しなく辺りを見回しながら大声で怒鳴り散らしている姿は、何やら……こう、おかしな物を感じた。


 ……あれが神子だと?なんと粗暴な言動だ。


 まさか影武者を仕立て、此方を欺こうとしているのではないだろうな。

 用心に近付き、魔法使いにも気取られないようにそれぞれの顔を窺う。

 鎧を纏っている大柄の男は神子の護衛も兼ねているのだろう。

 視線は神子の周囲だけを気にしているようだ。

 魔法使いなどに至ってはずっと神子の横で杖を構えている。

 しかし目線はずっと神子。

 こいつは一体何をしに此処に来たのだ?

 剣士なのだろう男は、じっと気配を探っているのだろうが、チラチラと神子に気を取られ、全く気配を探れていない。

 目の前に私が居るというのに。

 何だこの体たらくは。

 そして最後にこのボロボロの格好をした男………。

 目線は、上、横、そして………私に。

 きっと私が居る事には気付いていないだろう。

 上を気にしているという事は、魔王が空をも自由自在に飛ぶという可能性を考えての警戒。

 横は当然の事だ、左右共々に。

 唯一、己を守る為だけに警戒心を纏っているこの男は、逃げるという生き物の本能を理解している様子だ。


 ……賢い男だ。


 きっと戦う、という選択肢は頭の中に入っていない。

 武器も持たなければ、体調も悪い様子だ。

 私はこの男に興味が湧いた。


 ……そうだ。神子達と戦う、という場を契約の場に仕立て上げよう。


 私は、自分が優秀なのは自覚していた。


     ○


 手に入れた後は、その小汚い格好をどうにかしろと、風呂を勧めた。

 酷い臭いを漂わせている身体を綺麗にしろと告げているのに、どうも会話が噛み合わない。

 するとどうだろう、この男は。


「俺、風呂に入っても良いの?」



 腹が立った。

 否。

 男に腹が立った訳では無い。

 この男がされていたであろう待遇があからさまに理解出来たからだ。

 風呂にも入らせて貰えず、きっと雑用も言い付けられていたのだろう。

 男を風呂場へと抱えて持っていき、服を無理矢理脱がせてみれば痣だらけの身体。

 黒く変色しているそこは痛みを訴えているように見える。


 ……あの男共………。


 先程の神子とそれを取り巻く男共の様子から、きっとこの男はあの馬鹿共の鬱憤の捌け口だったのだろう。

 抉れているような傷跡も、青と赤と黒の斑模様の肌も、何もかもが胸を締め付ける。

 自分で洗えると焦った様子で言った男に、渋々風呂場を出た私は、シェフに頼み、胃に優しいスープを用意してもらうよう手配した。


 ……きっとあまり良い物を食させてもらえなかっただろう。


 肋骨が浮いていた細い傷だらけの身体を思い出し、私はどうにもならない苛立ちを壁にぶつけた。


     ○


 食事をしろと、席に着かせたまでは良かった。

 小綺麗になった男は飄々とした態度を崩さないままスプーンを掴もうとする。

 その態度……強がりだろうとは思うが。

 異変は直ぐに現れた。

 スプーンが掴めない程に、男の指先は震え、腕に力が思うように入っていない様子。

 私の予想は正しかった。

 食事も風呂も取り上げられ、そして精神的に追い詰められていた生活。

 きっと睡眠しか男にはなかったのだろう。

 恐怖の色を顔に浮かべ、男は懇願を口にする。

 私にでさえ、恐怖を感じるというのか。


「ゆっくり……深呼吸をしろ」


「ふっ……ふぅ……、ふぅ………」


 抱き寄せ、身体をさすりながら口にした言葉に、男は素直に従おうとする。

 どことなく……可愛らしい。


「良し、調子が戻って来たな。焦るな、時間はまだまだある」


「……ん」


 コクリ、と頷く仕草に強く抱き締めたい衝動に駆られるが、従者が見ている手前。

 我慢我慢。


「ほら、落ち着いただろ?」


 スープを一口食させてやると、もっとと男は強請ってきた。

 支配欲を頭の片隅に感じながら、私は甲斐甲斐しく男の食事の世話をしてやる。

 従者は少しばかり驚きに目を見開かせているが、私は気に入った者に対しては割と寛大な心で接し、そして小さな心配り位なら出来る方だ。

 ……それに、私はこの男に心を奪われかけているのかもしれない。


 出会ってからたったの数十分。

 たったそれだけの間に、私は様々な感情をこの男に引き出されていたのだから。


     ○


「おい。お前この計算ちゃんと合ってんのか?手抜きバレバレだから他のヤツらに迷惑が掛かっちまうだろ。それなりの地位にいて、それなりにチヤホヤされてぇんだったらもちっとマトモなモン仕上げてこいよな。あ、それと二日前に書類不備を俺が気付かないでやんのーププーとか笑ってたのも俺は聞こえてたからな。あれ、俺が直しておいてやったんだぞ。あのまま通ってたらどのみちお前に責任が行くっての理解してる?あ、してんの?してないかと思ってた。だってお前頭よわそーだし。おっ、座り込む前に書類直せっての。オラ、両足がちゃんと付いてんだから立てるだろ立て」


「もっ、もう勘弁してくださいぃぃ……申し訳ありませんでしたぁぁ……ッ!!」


「何泣いてんだよ。ホラ、泣く前に書類直せってホラ……」


 ズリズリと自尊心が高く、仕事にも手を抜く癖があると有名な部下の一人をヨシキは引きずりながら執務室を出て行く。

 あれから数ヶ月が経った。

 私とヨシキの結婚式の際には、貴族達からの苦言や暴言、それに加えヨシキに対する侮辱の言葉が多かったのだが、それを鼻で一笑したのはヨシキだった。

 精神的な全快を果たしたヨシキの言葉と態度は凄まじい。


「ほぅほぅ、貴族様達とは貴方方のコトですか。いや、知っていますよ。確かそこの男性は毎度毎度のパーティー出席でルーナに恋文を出している方ですよね?城中の皆が知っている噂になっていましたよ。ポエム調の下品な言葉の羅列が凄いっていうコトで。おや、隣に居る方は奥さんですか?俺、この国のコトをあまり良く知っていないんですよー。重婚って出来るんですねー。驚きましたー。一夫多妻の国なのですか?あ、確かそこの方もルーナに夜のお誘いを掛けていた方でしたよね。妻を共用って可能なんですか?あっ、でももう俺の妻になったワケですからもう夜のお誘いも無しにしておいて下さい。俺、嫉妬深い方なんで………あれ?隣に居る女性……もしかして奥様でしたか?何やら青くなったり赤くなったりで顔色が悪い様子ですが……医者を呼んだ方が……え?いい?帰る?それでしたら帰り道はお気を付け下さい。祝いの言葉をありがとうございました」


 行事で城に集まる際に、私にしつこく誘いの言葉を掛けていた小太りの貴族達は妻に殴られ気絶。

 そして置き去りにされていた。

 私は隣で唖然としているだけしか出来なかったのだが、どうやらとんでもない男を夫に迎えてしまったらしいと、急激に湧いてきた笑いを堪えるのに必死だった。


 ……あぁ、ヨシキは本当に私の感情を乱してくれる。


 良い方に。

 こうして魔王の補佐として働きだしてからも助かっている。

 情報処理の速さと的確さ。

 さらにはアクの強い部下達を一纏めにする姿に、私の胸はいつも高鳴りを感じるのだ。


「ヨシキは、格好いい………」


 誰も居なくなった執務室で、淡い恋の色に呆けた声で呟いた。




END.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ