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みんなのコロナちゃん  作者: 新型
32/40

32 レッドブリッジ

 午後5時。

 古い生活様式を守る会の会長はレッドブリッジの真ん中に立っていた。


 会長はたびたび時計を見る。

 約束の時間から1時間がたつが待ち人はまだ姿を見せない。


 昨夜、アマビエ様の動画配信に出演した際に、成り行きで守る会の「会長」を名乗る羽目になった彼は、今日の昼の会合で正式に会長として迎え入れられたばかりだった。

 だからこれは会長になって初めての仕事だ。


 初めてにしては荷が重い仕事だ。

 守る会の宿敵である結社ダイヤモンド・プリンセスのナンバー2、サファイアに呼び出されたのだった。


 会長は眼下の川を見下ろす。

 レッドブリッジの赤を反射して川面はまがまがしく光っていた。

 かつてこの橋は七色に光る、希望の象徴だった。

 感染症流行の第2派が訪れた際に、警告のために赤くライトアップされた。

 以来、橋はずっと赤いままだ。

 やがてレッドブリッジと呼ばれるようになった。


 レッドブリッジにまつわる不吉な噂がたびたび流れた。

 差別に苦しむ罹患者がレッドブリッジから身投げした。

 高レベル汚染地域のナンバープレートをつけた車が、レッドブリッジから転落した。

 自粛期間中に夜の街に出入りした者たちが惨殺され、彼らの血でレッドブリッジは赤く染まっている。


 そうした根も葉もない噂のために、レッドブリッジは縁起の悪い場所とされ、避けられるようになった。

 近年は歩行者はおろか、自動車すらも滅多にレッドブリッジを通らない。


 つまりこの無人の橋の上は、ならず者たちが密かな会合を行ったり不届きな行為をなしたりするのにうってつけの場所でもある。

 因縁の仲である、守る会とダイヤモンド・プリンセスはしばしばレッドブリッジで決闘を行ったと、かつて誰かが冗談めかして言っていたのを会長は思い出した。

 レッドブリッジの橋の下には歴代の両団体の有力者たちの死体が沈められているのだと。


 だから会長はサファイアからの呼び出しをくらって、万が一の場合があることを覚悟した。

 会員を前にしてこんな遺言を残した。


 もし自分が戻らなかったら、決闘に敗れ、川に沈められたと思ってほしい。

 川は海につながっているから、遺体は探さなくていい。

 その代わりに、レッドブリッジに花を手向けてほしい。

 青い花がいい。

 赤い橋には青い花がよく似合う。


 会員の誰もが、こいつはいったい何を言っているんだという目で見ていたが、会長自身は「赤い橋には青い花がよく似合う」のフレーズが自分で言っていたく気にいった。

 あまりに気にいったので、なぜか会長はいま青い花束を持って待っている。


 もう一度時計を見る。

 さきほどから5分しかたっていない。

 手持無沙汰になった会長は、花びらを一枚むしって、橋の上から落とす。

 赤い川面にくっきりと青い花びらが映えるが、流されてすぐに見えなくなってしまう。

 会長は自分が何か得体の知れない大きな出来事に巻き込まれていることを予感した。


「お待たせー。待ったー?」


 サファイアだ。


「ごめんねー。お洋服をどうするか迷っちゃってー」

「あはは。初めまして。とんでもないです。私もついさっき来たところなので」

「そうなのー。よかったー。ってそれ絶対嘘じゃん。ついさっき来てたとしたら、約束の時刻に大遅刻ってことになるじゃん。それって人でなしのすることじゃん」

「いえ、ごめんなさい。嘘つきました。1時間以上は待ってました」

「でしょ? でしょ? やっぱりそうでしょ。ねえ、もう二度と嘘つかないでね。私、嘘つかれるの嫌いなのー。次、嘘ついたらー、殺す」

「ははは……」


 会長に緊張が走る。

 やっぱり決闘を申しこまれるのだろうか。


「うっそでーす。嘘ついたの私でーす。殺さないよー。きみなんて殺したってー、なんの役にも立たないからー」

「そうですか……。よかった……」

「むしろー、生かす。生きていてこそー、きみは役に立つのー」

「それで、今日は私にどんなご用でしょうか」


 決闘でないならないで、早く要件を済ませたかった。

 サファイアの言動に不安を感じた会長は早くこの場を切り上げたかった。


「あ、昨日の動画見たよー、アマビエ様との。きみ、かっこよかったねー」

「それは、どうも」

「守る会の人たちってさー、気持ち悪いおじさんばっかりじゃない? きみ、若いのに、会長なんてすごいねー」

「いえいえ、私なんかまだまだ若輩者で、勉強させてもらってます。会長になれたのは、本当にたまたまで。若返りを計りたい会の方針みたいのもあったのかなって」

「そんなことないよー。きみの実力だよー。アマビエ様相手に一歩も引かないあの姿、私、感動しちゃったなー。ダイヤモンド・プリンセスにもきみみたいな人がいればいいのにーって思ったよー」

「いやいや、それほどでもないですよ」


 会長は、基本的に臆病者だが、おだてられるとすぐに調子に乗るタイプの人間でもある。

 まさか宿敵であるダイヤモンド・プリンセスの人間にまで褒められるなんて、やっぱり自分はひとかどの人物なのだと自信を取り戻した。


「そうだ。よかったら、こちら、お近づきのしるしに」


 会長は青い花束を、サファイアに差し出した。


「まあ、お花? 素敵」

「あの、サファイアさんにはやっぱり青が似合うかなと思いまして」

「私のために選んでくれたの? うれしいー」

「はい。あと待ち合わせ場所がレッドブリッジだったので。赤い橋には青い花がよく似合うって思いまして」

「へえー。心底どうでもいいー」


 サファイアは花束を川に投げ捨てた。


「きみはいまからアマビエ様をおびきよせるための人質だから。アマビエ様が来なかったら死ぬから」

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