第七話
目を覚ますと三人とも布団の中で寝ていた。
おそらく三吉が運んでくれたのだろう。
三吉は藤吉郎から誰よりも早く起きて働き、誰よりも遅くまで働き、誰も見ていないときも手を抜かず働くことが肝要だと教えられた。
後に藤吉郎の[三誰の心構え]として伝えられる...ことはなかった。
藤吉郎に憧れていて、いつかは自分も武士になりたいらしい。
三吉は龍馬に「洗っておきますから着替えてください」とニヤリと笑って。
見れば三人の枕元には新品の見事な仕立ての着物が置いてある。
信長様の命で今朝一番で届けられたという。
着てみると少々丈が短いが問題ない。肌触りも良く着心地が良い。
龍馬は190㎝近くあり、この時代では飛びぬけて背が高く寸法があう衣服を用意するのも大変だったろうに。
「とてもよくお似合いで」とそつがない三吉。
ちなみに龍馬は容姿だけなら強そうに見えるが、実際は全然弱い。
カメレオンの矢沢君のように、はったりをかまして荒事は避ける方針だがやむを得ない場合は双葉に振る。
双葉がいなければ謝るか逃げることにする、命あっての物種だ。
双葉と藤吉郎も目を覚まして着替えると昨日までとは打って変わって見栄えが良くなった。
今日の初登城で主だった家臣たちにお披露目するための信長の配慮だろう。
朝餉の支度がすでに始まっているようだ。
双葉が匂いにつられて調理場の方にふらふらと歩きだした。
夕べとは違う二人の係が同時におはようございます。と挨拶をしてきた。
挨拶を返すと、「もうすぐ用意ができますので。」とありがたいお言葉。
二人ともかなり小柄で踏み台の上にのって調理しているのが微笑ましい。
子供?じゃないにしてもかなり若い。
後にこの二人は双子だと分かるが特に今は意味はない。
銀シャリに味噌汁、海苔に生卵、焼き魚に沢庵と梅干。
夕餉の係から、かなり多めに用意しておくようにと言付けがあったとのこと。
ありがたすぎて腹の虫が騒ぎ出す。
双葉が丼飯10杯、十三が6杯、藤吉郎が2杯で箸を置いた。
龍馬が藤吉郎に相談があるという。
「できるなら風呂は毎日入りたいのですが、毎晩あの騒ぎになるかと思うと、いささか気が引けて頼みづらくて。
せめて見物客が半分ぐらいなら少しはましになるかと」
「承知した! 簡単なこと。万事拙者にお任せください」と頼もしい。
清洲城、評定の間。
信長が現れると一同平伏して迎える。
「皆の者、大儀である。今日はまず新しい家臣と客分を引き合わせたい」
前に出た龍馬と双葉。
揃いの着物を着ているが一人は大男、もう一人は小男。
二人は一同に只者ではない雰囲気を醸し出している。
名乗りの後、信長が龍馬に
「織田家への最初の進言、どうせなら皆にも聞かせてやってくれ」と。
「承知しました」
龍馬は目を閉じて大きく深呼吸を一つした後で、一同を見渡した。
「今まさに織田家は未曾有の危機を迎えていることをご存知でしょうか?
尾張を統一したとはいえ、強力な後ろ盾の道三公を失い今や斎藤家とは断絶。
いや敵対と言った方が良い状態。
そんな中、今川家が北条家、武田家と三国同盟を結びました。
目指す方向は西しかありません。
かねてから上洛を公言する義元は織田家など眼中になく、京までの通過点ぐらいにしか見ていません。
今川軍は少なくとも二万以上、我ら織田軍は精々四千が精一杯。
まともに戦えば結果は火を見るよりも明らか。
もし信長様の首を差し出し全面降伏すれば...
「待たんか、無礼者‼ こともあろうかなんということを...
重臣の林秀貞が声を荒げて立ち上がるのを信長が
「話は最後まで聞かぬか‼ 控えよ、秀貞!」と一喝。
「龍馬、続けてくれ」と信長。
「では...全面降伏すれば兵や領民の多くの命は助かりましょうが、織田家は間違いなく滅亡します。
義元は後に禍根を残すような真似は絶対にしません。
また信長様も降伏する気など微塵もないはず。
さすれば残された道はただ一つ。
たとえ砕け散ろうとも今川家と一戦交えるほかありません!
無礼を承知で申し上げます。
勝ち目がないと鼻から逃げ腰な臆病者は邪魔、いっそいないほうが良い。
とっととこの場から、立ち去っていただきたい!」
「我らを臆病者と? 新参者の分際で...
猛将柴田勝家が怒鳴る途中で
「勝家!」と信長が一声だけ。
「申し訳ござらぬ」と勝家。
「龍馬、度々すまぬ。続けてくれるか?」
「もとより。これほど絶望的な状況なのにあまりにも危機感がなさすぎます。
もしや、義元上洛があったとしてもまだまだ先の事とでも高を括ってませぬか?
あえてもう一度言います。 織田家はいま未曾有の危機なのです。
三河から東海にかけての米の相場が高騰していますが、戦に備えての兵糧の準備以外に考えられますか?
義元上洛が近いのは間違いありません。
いまこのときこそ、皆が一丸となって備えなければなりません。
その覚悟、その自覚がない者はいない方が良いというのは言い過ぎでしょうか?」
家臣一同が静まり返った。
「最後までご清聴?(少し皮肉を込めて)感謝します。
もし質問があれば承りますが」
「先ほどは失礼した、許されよ。この勝家、感服しましたぞ。
その上で一つ尋ねたい」
「なんなりと」
「存続が危うい織田家にあえて貴殿は仕官した。それは今川家との戦に勝てると考えてのことか?」
「もちろんです」即答する龍馬。
「その言葉が聞ければ十分!」どうやら勝家は龍馬を認めたようだ。
重臣の勝家が認めたことで新参者の龍馬が他の家臣にも一目置かれて、やりやすくなった。
「センセ、質問!」中学生かよ、見れば藤吉郎ではないか。なんだよ、そのノリは⁉
「チッ、出しゃばりな猿め」と勝家が舌打ちして睨む。
「なにかな、藤吉郎くん」
「センセは義元上洛は具体的にはいつごろと予測しますか?」
「遅くとも...2ヶ月以内でしょう、早ければ一ヶ月ぐらいです」
皆がざわつく! そんなに早いのかと驚く。
自覚をさせるためにわざと聞いたのだろうな、さす吉⁉
「双葉は何か言いたいことがあるか?」と信長。
「客分の身でおこがましいかもしれませぬが、こう見えてそれがし東風流免許皆伝!
体を鍛えたい、少しでも強くなりたいと願う者は、毎朝辰の刻(午前6時)より半刻(約1時間)ばかり指南するので清州の名物屋敷にきてくだされ」と。
「ほかにはないようだな。今日の龍馬の進言を肝に銘じて皆励むが良い。
今回の評定はこれにて終了じゃ」と信長。
―以下に続く




