第五話
夜明けと同時に目を覚ました双葉は、誰かが布団まで運んでくれたことに感謝した。
ぐっすりと眠れて昨日の疲れもかなり取れた気がする。
少し値が張ったがふかふかの布団を買って良かったと思う。
皆が寝てる間に日課の鍛錬と夏風の世話をすることにした。
集中して、いつもの鍛錬をこなした後、夏風を見ると早く手入れをしてくれと言いたげな顔で双葉を見る。
最近、夏風の馬格がとても若駒とは思えないほど一段とたくましくなった。
懐から蜜柑を一つ取り出して皮をむいてから与えてみると
なんじゃこりゃあ⁉(松田優作風) めっちゃうまいやんけ、もっとおくれ‼と言いたげな顔。
無視して朝飯の準備をするために鍛冶場に戻ると、なにやらいい匂いがする。
中を覗くと若い娘が味噌汁を作っている。
藤吉郎の依頼で座の主から紹介されてきたとと言う。
しばらく朝飯の支度と買い出しまでしてくれるそうだ。
さすがの配慮だな、藤吉郎は!
今日はあさりの味噌汁、卵かけご飯、鯵の開き、焼き海苔、納豆、梅干し、小魚の佃煮、沢庵、茄子と胡瓜の漬物。
ご飯が進むことこの上なし!
双葉は丼飯8杯、お茶漬け2杯を平らげ大満足だ。
今日は一段と作業がはかどるのは間違いない。
下働きも二日目になると、手順を覚えて効率が良くなってきた。
この調子だと予定より早く終わりそうだ。
龍馬は思考する。火薬は確かに利益は莫大だが、日数がかかるのが難点だな。
その原因は炭薪から木炭の生産だと気が付いた。
予め木炭を用意していけば大幅に時間を短縮できるはず。
さらに思考を重ねる。
威力のある火薬を作るには硝石、硫黄、木炭の混合の割合が重要だ。
鍛冶職人はその割合を長年の経験で身につける。
それをおいそれとは教えるはずもない、弟子にすら教えない。
それこそ飯のタネで極秘中の極秘なのだ。
だが親方の間近で混合の作業を観察できる龍馬はおおよその感覚がつかめていた。
データを取って試行錯誤を繰り返せば作れそうだが。
そんな龍馬の思惑を知ってか知らずか親方は淡々と混ぜ合わせていく。
数日見たぐらいで盗めるようなものじゃないと高を括ってるのかもしれない。
下働きを始めて6日目の夕方、ついに全ての火薬の加工が終わった。
10日の予定をさらに4日縮めたのは驚異的な成果だ。
打ち上げの酒宴の準備をしているときに、いつもの夕食が届いた。
良い鯛が手に入ったから刺身にして持ってきたとうれしい報告。
いつもより盛り上がった長めの酒宴は全員酔いつぶれるまで続いた。
翌朝、龍馬が親方に手数料として6貫と火薬2樽を渡した。
「そう言えばまだ名乗っていなかったな、儂は芝辻清右衛門。
次にまた火薬や鉄砲が必要なら、できるだけ便宜を図ってやるよ」
「それはありがたい、また来ますのでその時はよろしく」
布団などは清右衛門に譲ってやるとたいそう喜んだ。
三人は鍛冶屋を後にして馬屋に向かう。
火薬58樽はさすがに3頭の馬では運びきれないからだ。
馬屋で新たに三頭の馬を借りて計六頭の馬に火薬を58樽積み、火薬を売るために石山の町に向かう。
石山の町の座で火薬の相場を聞いてみると売値は11貫、買値は10貫だと言う。
火薬は交渉できないらしい。
おそらく京の町でもたいして相場は変わらないだろう。
言い値の10貫で全部売り総額580貫!
龍馬が280貫、藤吉郎と双葉が150貫ずつの取り分で分配した。
もちろん異存のあるはずもない。
龍馬は二人に提案する。
「今回の取引と前にネコババ...もとい頂いた分を合わせると相当な金額になります。
持ち歩くのも大変なうえ物騒です。ここは一つ銭を預けてみませんか?」
「なるほど! しかしいったい誰に預けるのだぎゃ?」
「今から堺の町に向かいましょう、心当たりがあります」
堺の町に着いた三人はまず馬屋にいき、雑賀の馬屋に三頭の馬を返してもらうように頼んだ。
その上で藤吉郎は10貫の馬を買い取り乗ってた馬を清洲の馬屋に返すように頼んだ。
「ここ堺の町には大商人、いや豪商が二人います。一人は天王寺屋の津田宗達。
もう一人は納屋の今井宗久。この二人に余分な銭を半分ずつ預けるのが良いかと」
「二つに分けるのは万が一に備えてだぎゃ?」
「さすがは藤吉郎、その通り!」いかん!つい褒めてしまう。
「初対面でも預かってくれますか?」と双葉。
「銭を出すのは渋っても預かる分にはまず大丈夫です。
運用資金が増えるのは大歓迎、もし預けた人物が死ねば丸儲け」
「ネコババされませんか?」と不安げな双葉。
「そんな人間のクズのようなことをする人物は豪商にはなれません」と人間のクズが言う。
「預けた銭を出したいときは?」と藤吉郎。
「手形のような札を出してもらって、その札を見せれば誰でも引き出せる約束をすれば良いのです」
「仮にそれがしが藤吉郎の札を奪えば?」と双葉。
「当然、藤吉郎の預けた銭は双葉のものになります」
「それ良いな!」と嬉しそうな双葉。
「全然良くないぎゃ」
「冗談です」と真顔の双葉。
「双葉の冗談は冗談に聞こえないときがあるだがや」
「ケケ、ウケケ⁉」と不気味な笑いの双葉。
どこまで本心なのか、つかみどころがない。
(双葉のこの笑い方は機嫌が良いときに出ると後に判明する)
龍馬の提案に従ってまず天王寺屋ののれんをくぐり銭の預かりを申し出た。
金額の多さに驚いた番頭が当主に取り次ぐと言う。
座敷に通され当主の津田宗達が話を聞いてくれた。
条件として追加の預かりと引き出しは当主か息子の宗久だけが取り扱うこと。
むろん、異存はない。
三人はそれぞれ手形代わりの特殊な札をもらった。
その札を持っていれば本人以外でも銭の引き出しができる約束なので絶対に
奪われたり、なくすことは避けなければならない。
それほど高価にも見えない札はその価値を知っている者以外は興味を持つこともないだろうが。
もう一つの豪商、納屋の今井宗久とも同じような契約が結べた。
契約の後で雑談中に宗久は頼みごとがあると言う。
以前に飲んだ酒の味が忘れられない。死ぬまでにもう一度飲みたいと言う。
何でも美濃の山奥にある隠し蔵元で造られる幻の酒だそうだが、滅多に手に入らない。
隠し蔵元の場所を探し出して特級酒を四壺入手を頼みたいとのこと。
生きているうちにで期限は特にない。
龍馬は少し考えてから、その依頼を受けることにした。
依頼を達成できれば宗久に貸しをつくれるかもと。
三人は納屋を出て南蛮商館へ向かう。
双葉は例によってカステラ5箱と金平糖二袋を買い、追加で紅茶を一缶買って懐にしまい込んだ。
藤吉郎は香水とシャボンを買った。寧々さんにあげるのだろうな。
龍馬は前と同じく懐中時計と遠眼鏡を一個ずつ買った。
このあとは京の町で交易品を買ってから、いよいよ清州に凱旋だ!
京の町につくと双葉がせっかくだから北野天満宮を参拝したいという。
藤吉郎と龍馬も付き合うことにした。。
京の町を北に向かうと、まさしくこれぞご先祖様=道真公の総本社、北野天満宮の入り口に着いた。
少し季節は遅くとも、さすがに見事な梅林が、その香りをあたり一面に届けている。
上品な、いや貴品さえ感じる梅の香り。
広い境内の奥に立派な本殿のお社があり多くの人が参拝している。
再拝,二拍手、一拝
(ご先祖様、どうか良い出会いに巡り合えますように。)
こういうときに一番似合う歌といえばやはりこれだな。
この度は 幣もとりあえず 手向け山
もみじの錦 神のまにまに
菅原道真
双葉は特にこの歌がお気に入りで、ぼんやりと物思いにふけっているときなど、知らず知らずのうちについ口にしてしまう。
ときには鼻歌まじりで。
念願の総本社にへの参拝を済ませ満足気な双葉に「もしや、貴殿は菅公ゆかりのお方でしょうかな?」と社の宮司らしき人物に声をかけられた。
「はい...ああ、この本家家紋の剣梅鉢ですね。確かに筑紫国から出てきたばかりの子孫です」
「やはり。なにやら、熱心な御祈願の様子が、つい気になってな」
「なにぶん、上方では新参者。なんの伝手もござらぬゆえ、良き人との出会いを」
「ならば鞍馬の山奥に滅法強い武芸者がいるという。通称鞍馬の小天狗。
会ってみて損はないと思われるが」
「是非とも会ってみたい。助言感謝いたす」
「礼には及ばぬが、また参拝に来なされ」
「報告も兼ねて必ず」深々と頭を下げてその場を去った。
北野天満宮から鞍馬山へはそれほど遠くない。
藤吉郎と龍馬も当たり前のように同行する。
鞍馬山のふもとに着くと、山頂に続いていく石段の近くに小さな茶店があった。
(少しのども乾いたし、小天狗の情報も聞けるやもしれぬ。寄っていくか。)
「おこしやす。なににしまひょ。」と気立てのよさそうな婆さん。
「お茶と団子3皿、あと握り飯を5個包んでおくれ。」
それぞれ適当に注文して腰を下ろす。
「はいはい、少しお待ちに。」
お茶と団子が運ばれてきたときに小天狗のことを尋ねると
鞍馬山の頂上近く義経公ゆかりの神社に住んでるとのこと。
ここの茶店の団子が手土産にいいらしい。
婆さん、なかなか商売上手だ。
二人は双葉が戻るまでこの茶店で待つという。
山登りはしたくないのだろう。
石段を登りきるとかなり険しい山道が続いており、登るのに骨が折れるとこだが、双葉は例の鼻歌交じりにひょいひょい登っていく。
体重を感じさせない身の軽さだ。
山頂近くの開けた場所にたどり着くと、鳥居があり潜り抜けると社と住居があった。
まずは参拝だ。賽銭をいれ、鈴を鳴らして一礼、柏手を打つとパァーンとあたり一面に響き渡った。
(さて、小天狗殿は何処に)
社の横に回ってみたら入口がある。
いつもなら声を掛けてから入るのだが、今日は無言で入らせてもらった。
廊下を進んで行くと、広くはないが床が板張りの道場らしき部屋の中央に、座禅を組んで瞑想している人物がいた。
(おそらくあの人物が小天狗殿だろう)
声を掛ける前に「どなたかは存じませぬが、拙者は無言で背後に立たれるのを好みませぬ」
開いているのか、閉じているのかわからぬぐらいの細長い目で双葉を見る。
(どこかで聞いたことのあるセリフだな。だれだっけ?)
「これは失礼ぶっこきましてございます」
「それがし、東風双葉と申す者。今日はお願いがあって参りました」
「ほう、願いとな。なにやら面白そうだ。伺いましょう。」
「それがしと共に、戦乱の世を終わらせて太平の世を造るのを手伝って頂きたい」
「ほう、貴殿は天下人にでもなるおつもりか?」
「そうではなく、我らの働きが一日でも早く乱世を終わらすことに繋がれればそれでよい」
「何やらつかみどころがない話じゃが、退屈しのぎにはなりそうだ。
良いだろう、同士になってもいいが一つだけ条件、いやお願いがござる」
「伺いましょう」
「拙者、これまで剣、槍、弓など武芸百般それなりに極めたつもりだが、どうしても南蛮渡来の鉄砲とやらも極めたい。だが高額でとても手が出ないのじゃ」
「承知致しました。近いうちに買い求め、必ずやお渡しいたしまする」
「ならば、たった今より拙者は貴殿の同志じゃ。よろしく頼み申す」
「こちらこそ!ちなみにご尊名を伺ってもよろしいか」
「これは申し遅れました。東郷十三と申す」
これが通称ゴルゴ...じゃなくて、鞍馬の小天狗との出会いであった。
―以下に続く―




