第三十五話
その前夜、本能寺の寝所で信長は悪夢にうなされ飛び起きた。
全身に冷や汗をびっしりとかいている。
最近、自分でも制御できないぐらいの憎悪や怒りが湧き上がり、
気が付けば目の前に地獄絵図が広がっている。
これは、本当に自分が命じてやらせたことなのか?
分からない...時折り記憶が飛んでしまい何も覚えていないのだ。
岐阜城にいた頃もし日本を統一できたなら、あとは信忠に任せて
藤吉郎や双葉、龍馬たちと大陸に渡り、気楽な旅が出来るなら最高に楽しいに
違いない!
そんなとりとめもない夢物語を想ったことさえあった...
それが今やどうだろう?
双葉が去り、藤吉郎にもしばらく会っていない。
心の底から大笑いしたことが遠い昔の出来事...
気が狂いそうな焦燥感! 誰かこの儂を救ってくれ...
一夜明けて、運命の日
明け方ごろには、明智軍が着々と配置につき本能寺を、二重三重に取り囲んだ。
光秀の号令で一斉に鬨の声を上げた明智軍が攻めかかった。
「蘭丸、何事ぞ?」
「桔梗の紋の旗印! 明智光秀の謀反でございます⁈」
昨日の龍馬の言葉が不意に頭をよぎった。
まさか龍馬はこのことを知っていた?
「そうか、光秀なのか...是非に及ばず!」
「早くこの場から抜け出してくださいませ!」
「無駄だ! 他の者ならいざ知らず、あ奴だと...無駄なこと⁈」
信長は屋敷に火を放つよう命じて、数名の近習と共に槍で応戦する。
だが、所詮は多勢に無勢。
(ここまでか...)
信長は蘭丸にしばらく時を稼ぐように命じて奥の部屋に入った。
「もはやこれまで⁉」 腹を切るつもりで着物を開けた。
「信長殿に申す! 腹を切ってはなりませぬぞ⁉」
「双葉か、双葉なのか?」
「はい! 信長殿の魂を救うために参上しました!
ベルさん、お祓いを始めてください!」
ベルはお札を取り出し、呪文を唱え始めた。
「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり!」
「駄目です!ベルさん⁈ それだと、悪魔が呼び出されるのでは?」
「間違えちゃった>< では改めて...
エコエコアザラク、エコエコザメラク...」
(黒〇ミサかよ⁉)
信長はとたんに苦しみだし、喉をかきむしる。
見る見るうちに信長の表情が変わってきた。
まさしく魔人そのものに変貌を遂げた!
双葉は背中の宝剣・神風を抜刀し、変わり果てた信長に切っ先を向けた!
「お前の一族は昔から、我らの邪魔ばかりする!
口惜しや、菅公の末裔よ⁈ 必ずやこの恨み晴らさずにおくものか...
(浦見魔〇郎かよ⁉)
「いざ、悪霊退散⁈ イヤー⁈」
掛け声と同時に魔人に切りかかる。
死闘が始まり、一瞬の隙を突き東風流奥義[天神殺]が炸裂!
「グエエエエエエ~⁈
断末魔の悲鳴と共に魔物は黒い霧となって消えていった。
「信長殿、お気を確かに!」
「おぉ、双葉か。 儂は一体...
「魔に取りつかれていたのですが、どうやら祓えたようです。」
「そうか、儂の魂を救ってくれたのじゃな?」
「ですが、この場から救うことはできません、お許しを...
「わかっておる、気に病む必要はない...が、最後に一つだけ頼みを聞いて欲しい。
この首を光秀の前に晒したくないのじゃ...分かってくれるか?」
「承知致しました。 誰一人ここには近づけませぬ!」
「蘭丸よ、ともに旅立ってくれるか?」
「もとよりそのつもりでございます!」
「さらばじゃ、双葉! お主に会えて良かった...わが友よ!」
「さらば信長殿、わが友!」
1582年(天正10年)6月2日 炎の中で織田信長の物語は幕を閉じた。
世に言う本能寺の変である。
羽柴秀吉、東風双葉、虎熊龍馬。 三人はこの後、それぞれのめざす道をどの様に進むのだろか。
第一部 完




