第二話
夜明けとともにとび起きた二人は顔を洗い朝餉を食べている。
(それにしても昨夜の藤吉郎の話は強烈だったな。
ここだけの話で終わらすのはあまりにも惜しい。何かに使えないだろうか?)
「ときに龍馬さん、今日はどのように動く予定で?」
「そのことで相談があります。
資金も増えてきたので取引量を増やすために人手が欲しい。 早めに一人雇いましょう」
「わかったぎゃ、ところで座での取引にはまだ時間が早いし、今からは?」
「雑賀の町へ向かい座で仕入れて堺の町で売る予定です。
堺では硫黄を買って...
「そこなんじゃ、わからないのは。昨日のうちに買っておけばすぐに雑賀で売れるんじゃ?」
「一晩のうちに万が一、商品を奪われたらどうします?」
「なるほど!そこまで考えていたとは⁉」
「最悪の場合も想定して最善を尽くす!これこそが商いの極意です」
「おお、いつもながら勉強になる。これからも色々と教えてくだされ」
前世であまり褒められた事がない龍馬は、つい饒舌になる。
「では銭の価値について話しましょうか。
たとえば2貫は1貫の2倍の価値ではなくそれ以上の価値があります。」
「そうなのぎゃ?」
「はい。もし2貫で1貫の品物を2個買うならば確かに2倍の価値です。
ですが手持ちが1貫では2貫の品物は買えないのです!
この意味がわかりますか?
つまり銭は多ければ多いほど使い道の選択枝が増えて価値が増すのです」
「妥協して安い物を買わずに銭を貯めて価値の高い物を買えば良いと?」
(即座に本質を理解する頭脳の切れ!
こ奴には調子に乗って教えるのは止めておいた方がよさそうだ。
ラスボスを成長させるような真似は今後は控えよう)
「まあ、そういうことです。」と言葉を濁していおいた。
(こ奴は褒めると伸びるタイプだからな)
雑賀に向うため堺の町を南に進むと港に出た。
朝早くから寄港や出港をする交易船で賑わっている。
多くの船員たちが荷運びに汗を流している。
その中に一際目立つ小柄な若者が、大きな荷物を軽々と運んでいる。
龍馬たちは足を止めて少し様子を見ることにした。
ほどなくその若者は船主らしき人物に深々とお辞儀をして、その場を立ち去ろうとした。
「藤吉郎さん、あの若者を雇いませんか?」
「良いですな、見込みがありそうだぎゃ」
追いかけて龍馬が声を掛けた。
「スミマセーン、チョットイイデスカ?」例によって少し緊張したようだ。
「それがしは耶蘇教(キリスト教)には興味がありませんので」と素っ気ない。
かわって藤吉郎が「これは失礼した。じつはこれから各地での交易で人手が欲しいのじゃ。
手当は弾むので暫く|の間手伝ってもらえまいか?」
「ふむ...急ぐ旅でもないし、それに交易の基本も学べるなら悪くない。
寝る場所とあと三食を腹一杯の約束をしてもらえるなら良いですよ」
「約束しましょう、拙者は木下藤吉郎、こちらは虎熊龍馬どの」
「それがしは東風双葉、以後よしなに」
この三人の出会いがやがて歴史を動かしていく。
このとき、藤吉郎は25歳、龍馬が18歳?、双葉が15歳だった。
何はともあれ双葉の馬を借りる必要がある。
近くにいた町娘に馬屋の場所を聞くと、指さしてすぐそこだよと教えてくれた。
馬屋では髭面の親父が熱心に馬の世話をしている。
その様子からは馬への並みならぬ愛情が見て取れる。
(良い馬が揃っているな、清州の町の馬屋とは段違いだ。)
「親父さん、馬を一頭借りたいのだが見せてもらって良いか?」
「好きなだけ見て選びな。代金は馬によって違うが」
「双葉どの、ご自分で選んで下さい」
「良いのですか?」嬉しそうに眼を輝かせて見てまわる双葉。
全部で八頭いる馬を一通り見たうえで、一番奥の栗毛の馬の前から動かない。
「ほう、馬を見る目はあるようだな。うちで一番良い馬だが値段も一番高い。
貸し出しは二日で一貫と保証金が別途五貫。参考までに買取れば20貫だから断然お得だがな」
値段を聞いて気を使ったのだろう、双葉は別の馬の前にいって親父を見る。
「そいつは2番目に良い馬だ、2日で500文と保証金は2貫と500文。買取は10貫。
若いのに良い目利きだな。 ところで、馬の扱いは得意かな?」
「それがしは不思議と馬に好かれるようで、たいていの馬は乗りこなせるかと」
「ほう、ならば相談がある。 最近仕入れた若駒が蹴るは嚙みつくやらで気性が激しすぎて買い手が付きそうにない。
儂の目に狂いが無ければ能力はピカイチなんだが、一度試してみるかい?」
「是非!」
裏手にまわると青毛の若駒が一頭、丈夫そうな木に繋がれたまま座っている。
双葉たちの気配を察したのか起ちあがって威嚇してきた。
なめんなよ、かかってきやがれとでも言いたげな顔。
双葉が無造作に距離を詰めていくと「危ないよ⁉」と馬屋の親父。
双葉は振り返りもせず右手を上げてひらひらと振る。
心配ご無用とでも言わんばかりに。
若駒は間合いに入ったとみるや鋭い蹴りを放ってきた。
双葉は下がらずに前に出ながら蹴りを交わし噛みつかれないように両手で首を抱えた。
耳元で「それがしの勝だ」と穏やかに囁くと観念したのか打って変わっておとなしくなった。
「こいつはたまげたな⁉ ようがす、あんたさえよければ仕入れ値の三貫で売っても良いが買うかい?」
「二貫で!」とすかざず藤吉郎。
「うーん...売れなきゃ二束三文で馬肉、それも不憫だし二貫で手を打とう」
藤吉郎が支払いをしようとするのを双葉は制して
「この馬は自腹で買わせてもらいますので」と譲らない。
馬の所有権にもかかわるので自腹を認めることにした。
双葉しか乗れないのだから譲るしかないのだが、まあよかろう。
双葉は若駒に夏風と名付け「良かったな、馬肉にされずに。
今日からそれがしがお前の主ではなく、相棒じゃ⁉ よろしく頼むぞ」
馬肉にされなかったのは恩に着ると言いたげな顔でブヒンといなないた。
この日から8年後の別れ(寿命)のときまで双葉は自ら朝晩の手入れを欠かすことはなかった...らしい。
話は10日前に戻る
応仁の乱以降、数十年続く戦乱の世。
全国の領主は領地を広げるために合戦を繰り返す。
奪った土地を配下に与え、民を支配する封建制度全盛時代で
一番つらいのは農民たちだ。
丹精込めて収穫した米のほとんどを押収され、ときには労働や戦に駆り出される。
理不尽な話だがそれがまかり通る。
双葉はこんな世の中が大嫌いだ。
一日でも早く戦乱の世を終わらせたいと心より願う。
古今東西、戦乱の世は必ず終わりを告げている。
この日の本の国も例にもれず、いつかは太平の世を迎えるに相違ない。
叶うものならこの目で見たいものだな、戦のない世を。
そんなことを考えながら博多の町を歩いていると、前方に人だかりがありなにやら騒がしい。
人ごみをかき分け前に出ると、どうやら南蛮人とその従者にごろつきどもが因縁を付けているらしい。
見るに見かねた双葉はごろつきの一人に背後から忍び寄り、軽く背中を突いた。
二人目、三人目も同様に突くと全員硬直した後崩れ落ちた。
残りは親分らしき大男だけだ。
大男は手下たちが急に静かになったのでふと後ろを見ると双葉が立っていた。
(なんだ,このチビは?こいつが俺の手下どもを全員倒したのか?)
大男は双葉の胸のあたりをみてから「文句がありそうだな、小僧⁈」
胸への視線に敏感な双葉は「今、どこを見てからほざいた?」と。
(小僧じゃなくて小娘なのか、まさかあの胸で?)
「当然...胸だ!」
「泣いて許しを乞うても絶対許さぬ!」
哀れな大男は徹底的にボコられ続けた。
本来の実力差なら一撃で済むのだが敢えてそうしなかった。
理由は言わずもがな⁈
普段は冷静で温厚な性格だが胸が原因で頭に血が上った時は執念深く残忍になる。
顔つきさえ変わる。
同一人物とは思えないほどに。
気が済むまで殴ると冷静になった。
気を失っている大男の顔は倍近くに腫れ上がっている。
これぐらいにしてやるか。
南蛮人はルイス・フロイスと名乗り双葉に礼を言ってから、2種類の野菜の種を分けてくれた。
人参とカボチャの種で現時点ではまだ日本では栽培されていないという。
育て方から種の取り方まで詳しく教えてもらい帳面に記録した。
双葉はこの二つの種が軍資金稼ぎの切り札になると直感した。
種を懐にしまい込みフロイスに深々と頭を下げた。
双葉は思わぬ収穫に顔をほころばせながら港をぶらついている。
(何とか堺の町まで船でいけないだろうか。徒歩なら1か月近くかかるが
速い船なら10日かからずに着ける。)
少し先に着いたばかりの船が積み荷を載せ始めていた。
(なかなか速そうな船だな。ダメもとで頼んでみるか。)
積み荷を運ぶ船員や人夫に指示を出している人物に
「人手が足りないよう見えますが、手を貸しましょうか?」
小柄な双葉を見て断りかけたが、思い直したようで
「運べそうな荷物を選んで船倉まで運んでくれれば助かるよ」
「承知しました」
かなり重そうな荷物を軽々と運びだすと皆目を見開いて驚いた。
積み荷を全て運び終えると
「助かったよ、見事な働きっぷりだ。儂は船主の善兵衛、報酬は弾ませてもらうよ」
「報酬はいりませぬ、その代わりにそれがしをこの船で堺の町まで乗せてもらえませぬか?」
「ほう。なぜこの船が堺の町に寄港すると思うのかな?」
「高価そうな積み荷がたくさんありましたし、 堺の町で売るのが利益が大きいかと」
「その通りだ。よかろう、向こうに着いた時に積み荷を降ろし、航海中は掃除や雑用もするなら乗せてやってもよい」
「有難い、ぜひともお願いします」
双葉は船首に立ち、両腕を広げて全身に潮風を受けながら目を閉じて考えている。
(堺に着いたら、まずは仕事を探さねば。商いの盛んな町だと聞いているし、まあ何とかなるだろう。)
今日で10日間の船旅も終わりとなる。
誰よりも早く起きて毎朝の鍛錬を済ませた後は、甲板掃除から雑用までできる仕事は全力でこなした。
今はまだ夜明け前。あと半刻(約1時間)ぐらいで港に着く。
積み荷を運び終えたら契約終了となる。
晴れて自由の身だ。
あらかじめ荷分けの段取りを聞いておいたので、それほど時間もかからないはず。
夜明けとともに船が着いた。
猫のように軽やかに飛び降りて、綱を受け取り船をつなぎとめてから橋げたを渡し、大八車を近くまで運んでおく。
船倉に走って積み荷を次々と運び出す。
すべての積み荷を大八車に乗せ終えて、船主の善吉に挨拶に行った。
「ご苦労さん、助かったよ。ここしばらくの働きぶりが気に入ったのでこれやるよ。紹介状だ。座で見せるといい」
「かたじけない、感謝いたす」深々とお辞儀をしてその場を去った。
この後すぐに双葉は藤吉郎たちに誘われて交易の手伝いをすることになる。
―以下に続く




