陸
それからふ、と思い出したことがあった。まだまだ尋ねたいことがあるのだ、と。
「神功皇后、あの、あの時の眩い光はなんだったのでしょうか」
『あれは、妾の魂の光じゃな。そなたの見る怖いモノを祓うことが出来る。それが今の妾の旅の目的』
魂の、光。
「えっ、それってなんか大変なことなんじゃ」
思わず丁寧語が崩れ素の言葉遣いになる春香。神功皇后はカラカラと笑い声を上げた。
春香は古代の衣装に詳しくないので分からないが、古めかしい衣装を着ていても茶髪よりの黒い髪をした春香の髪よりも濃い黒髪をした、二十代前半の美女が豪快に笑う様は違和感がちょっとある。
尚、文学部の春香は昔から言われている濡羽色という表現は、艶のある黒髪ってこの目の前の人の髪を言うのだろうな、という感想を持っている。
あと、自分も長い髪なのに重たい雰囲気になってしまっているのに対し、神功皇后の長い髪は重く見えず気品があるように見えるのが不思議だ、と。髪の長さだけで言えば、春香は背中……肩甲骨が隠れる辺りまでの長さに対して神功皇后の髪は常に座っている状態で浮いているとはいえ、床につく程。毛先が床につくどころか三分の一以上は床について広がっているくらい長い。
それなのに毛先まで艶々していて、パサパサ気味の春香は羨ましく思う。ちょっとその辺りも尋ねてみたい。
そんなことを考えていた春香の耳に一頻り笑い終えた神功皇后が笑い含みのままの声で言う。
『そなた、おもしろいの。妾は既に死んで霊魂の状態ぞ? 大変になりようが無いのじゃが』
「あの、消滅してしまう、みたいなことは」
いやだって、魂を光らせているわけだから、削っているということになるわけで、それって消滅の危機になってしまうんじゃ……とアワアワしながらも春香が説明すれば、ああ、と腑に落ちたような相槌が聞こえてきた。
『なるほど、そなた、そのように考えておったか。確かにそういうことを考えると危ないのかも知れぬな。だがの、妾は神功皇后じゃ。そなた自身、言ったであろう。妾の名を冠した社がある、とな。妾がただの霊魂であったなら、抑々魂の光など浴びせることなど出来まいよ。下手に近づけば、ああいう悪い気配に囚われてしまう。だがの、妾は生きている時から神々を信仰し、敬い、守られてきた。死して後は妾を神として祀ってくれる者たちまで出てきた。故に魂を光らせてああいった悪い気配を持つモノを退ける力を得た。とはいえ、元は人の身。神々とは違う。疲れもするよ。そういった時に妾の名を冠した社に戻れば、力は取り戻せる。またあの社には妾が生きていた頃に信仰し、敬った住吉大神様と共に祀られておる。夫の仲哀天皇様も、な。夫や神様の力もお借りしているようなものじゃ。故に妾は消滅ということは無い』
その説明を受けて春香はホッとすると共に、また気になることが出来た。
「それなら良かったです。神功皇后、住吉大神様にはお会いしたことがあるのですか」
春香の素朴な疑問に、神功皇后は、とんでもない、とばかりに細い弓形の目を大きく見開いて首を左右に動かす。
『まさか。死んでからでも真の神々にお会いしたことは無い。生きていた頃は竹内宿禰を審神者として神々の声を聞かせてもらっていた。その時にお声をかけていただいたのが住吉三神の方々や事代主神様などじゃな。住吉大神様とも三神様とも仰るが、そこは様々ではあるがの、住吉の神様であることは変わりない。その神々にお会いしたことは死んでからも無いよ』
竹内宿禰とは人の名だと神功皇后は説明し、審神者というのは、神々の祭祀を行った際に神託を受け、神意を解釈して伝える者のことを言う、と説明の補足をしてくる。
多くの神々が神託を授けて下さったが、実際に声を聞いたわけではなく、竹内宿禰の言葉を介して神意を聞いたわけじゃ、と続ける。
その神託が嘘では無いというのは、嘘を吐けば審神者の力を喪失するから、とまで説明されて、春香はなんだか壮大な物語を聞いているような心持ちになった。
「お話を纏めると、神功皇后の名がついた神社で力の補充をして、神々の力も借りている、ということで合っていますか」
取り敢えず、春香が情報を整理すると、うむ、その通りじゃな、と肯定された。
春香の帰省は、神功皇后の神社を訪れることも必要だろうな、と頭の中でスケジュールに組み込む。
それからまだ尋ねたいことがあったと思い出した。
「では、続いてお尋ねします。私の視界が少し違う世界を見ていたことを仰っていましたが、それはどういうことでしょうか」
眩い光を浴びたあと、停電でもなく急に街灯が灯った。それどころか絶対にいなかったはずのこの女子寮のエントランスに、人が居た。
神功皇后の話では、急に現れたわけじゃない、ということ。ずっとそこに居た、と。どういうことか訝しむ春香に、見えている世界が少し違う、と言われた。その意味が全く分からない。
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