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 翌朝目を覚ました春香は、目の前に浮いている古めかしい衣装の女性を見て危うく叫び声を上げそうになった。叫び声を上げる前にその女性が神功皇后と名乗った幽霊であることを思い出し、息を吐き出す。

 さすがに寝起きで宙に浮く女性を見るのは驚くというか、叫んでもおかしくない。


「神功皇后、おはようございます」


『うむ、良き挨拶じゃ。併しそなた、妾が神功皇后じゃと名乗ったことを信用しておるようじゃが、それで良いのかの』


「というと?」


『神功皇后を名乗る別の霊魂かもしれぬぞ』


 朝の挨拶を交わしたと思えばそんなことを言われ、春香は戸惑う。


「違うのですか」


『さてな』


 ふふふ、と笑うその幽霊に更に戸惑う。


『ああ、揶揄って済まなんだ。妾は神功皇后で間違いないよ。ただの、そなたは疑いもせずに受け入れる。それは危ういことじゃと理解して欲しいのじゃ。生きていても死んでも人は嘘を吐くことがある。人を騙すこともある。嘘も方便という諺があるじゃろ。嘘を吐くことで相手を傷つけない方法もある。だがそうでない嘘もある。全てを疑え、とは言わなんだが、あまり素直に信用し過ぎて辛い目に遭わないようにな』


 昨夜もそうだったが、目の前の女性の幽霊こと神功皇后は、春香に一つ一つ大切なことを教えるように話す。諭される内容は、親が子を導くような、師匠が弟子を教えるような、そんな温かさを感じさせる。

 本当に神功皇后であるのなら、彼女が生きた時代の国民たちは良き主導者の元で幸せだったのではないか、と思えるほどである。


「ありがとうございます、神功皇后」


『またそのように素直な……。まぁ素直なことは良きことか。そなたは目が少し人と違うから苦労もしただろうに素直で性質が曲がっておらぬ。そなたを大切に慈しんでいる者がいる証じゃな』


 春香が素直に礼を述べると、やや呆れた口調ながらも思い直したように春香に聞かせるような、一方で独り言のような調子で言葉を紡いだ。

 春香は慈しんでくれたのは両親だと理解している。それを理解してくれる神功皇后に微笑んで、取り敢えず大学へ行くことにした。帰ったらまた尋ねたいことがある、と言い置いて。


 帰りに怖いモノと会うこともなく寮の自室に帰った春香は、そういえば、と気になっていたことを尋ねることにした。


「神功皇后にお尋ねします。私と暫く一緒に居ると仰ってましたが、それはどういうことでしょう」


『ふむ。妾はの、定期的にこの日の本の国を見て回ることを使命としておる。その気になればいつでもどこでも簡単に行ける。と、言えれば良かったのだがの。妾にもよう分からんが、誰かと共に居なくては動けんようじゃ。北に行きたいと思うと、北に向かう誰かに出会う。南に行きたいと思えば、南に向かう誰かに。生きている頃は征伐という形で国の治世を正して整えておったが、死んでからは妾には何も出来ぬ。気になることがあっても正すことも整えることも出来ぬ。見回るくらいじゃの。死んでしまっているのじゃから何も出来ぬことが当たり前なのかも知れぬがの。国を定期的に見回り、そなたのように、大勢の人の目には見えない悪しき霊魂を掃除するのが使命になっておる。だいぶ前に共に行動した者が言っておったのは、世直し旅ならぬ見直し旅のよう、という一言じゃったな。その一言が気に入っての。そこから旅の目的は見直し旅じゃ、と思っておる。で、此度、此処から南に行きたいと思っておったらそなたに会ったゆえ、そなたと暫し共に居る、と言ったわけじゃ』


 春香は、目を瞬かせて神功皇后の話を飲み込もうと努力する。


 少しの間を置いて理解した途端、目を大きく見開いた。


 それはつまり、春香が東京から南へ向かうことを示す。可能性が高いのは、ゴールデンウィークを利用して故郷・山口県へ帰省するということ。夏休みになったら山口県へ帰省するつもりでいたが……さすがにこんなに早くは考えていなかった。


「では、私の帰省についていらっしゃる、と?」


 そんなつもりは無かったから、帰省しません、と言葉を紡ぐつもりだったのに。

 スルリと出てきた言葉は帰省する、という言葉。自分でも驚いてしまうが、口にしたら帰省することが当然のような気持ちになった。春香にも分からないけれど、それが自然なことのように。

 現実的に考えて帰省するお金は……ある。新幹線の指定席はおそらく取れないとは思うけれど。ゴールデンウィーク間近で新幹線の指定席など取れるわけが無い。自由席ならなんとかなるだろうか。

 スマホを取り出して新幹線の自由席の空席を探し始めた時点で、もう心は故郷へと向かっていることに春香は気づいていなかった。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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