参拾参
『妾はこの娘を助けることはせぬ。じゃが、そなたと共に行くのではなく、この娘と共に行くことになりそうじゃな』
神功皇后は淡々と言葉を紡ぐ。
ワコが来るまでは、まだ暫くは春香と共にいるようなことを言っていたのに、急なことで春香は惑う。
だが、期間限定だったのは最初から分かっていたことでもある。
「そうですか。突然で驚いてます」
本当に突然だったから春香もちょっと冷たい言い方になってしまい、自分に驚いた。
『うむ。突然に妾が行きたい方向へ行く者と会うことは良くあるが、妾もここまで突然であることはあまり無いので驚いておる。戦時中だったか戦前だったか、それくらいの頃以来じゃの』
春香の言葉に呼応するように、神功皇后の言葉から戸惑いが伝わってきた。
「えっ、なになに春香ちゃん、神功皇后サマだっけ、なんか話してるの?」
ワコが春香と神功皇后を交互に見ているが、その言葉に春香は首を捻った。
「聞こえないの?」
「全然」
見えているのに何を言っているのか分からない、ということがあるのか、と春香はまたも驚く。
『言ったじゃろ。波長の問題じゃ。見えて声が聞こえる者も居れば見えるだけ、声が聞こえるだけの者もおる。妾と縁が有ってもそのような者はおる。まぁあまり長く共に居らんがの。妾にも何故かは分からぬが、その者でなくてはならない。それだけじゃ』
波長の合う合わないで声が聞こえる・聞こえないなどが関係するなんて、とまたも驚く。神功皇后と出会ってから怖いと怯えるばかりだった幽霊への知識が増えていく。怖いことは変わらない。見えても良いことなんて無いと思っていたのも事実。今でも見えない方が良かったと思うし、見たくないのも変わらない。
それでも。
知らないことがさらに怖い思いを増幅していた今までより、波長の問題で見えてしまうと知った今の方がずっと良い。只管に怯えるよりも知識が少し増えて認識を改めていく今の方がずっと良い。
見たくないのに見えてしまうのなら。
知りたくないと拒否をするのではなく知ることでただ怯えるだけでない日々を過ごすようにしたいから。
だから、知ることが出来ることは春香の心や考えに変化を齎せた。
知ることで変化が出来た。だから心にゆとりも出来た。
その結果が劇的に現れているのが、言われっぱなしで俯いてばかりで肩身の狭い思いをしてきた自分を解放するように、ワコへの反論に至る今、だ。
別にワコに今の方がいいなんて認められたいわけじゃなかった。ただ今までの何も知らずに怯えていた自分を解放したい、少しは前進していると思いたい、とふとそんな思いが胸に萌した。
ワコに言い返して気づいた。
怖いモノに怯えて、見える自分を嫌って、人から奇異の視線を浴びて、その全てから逃げていた結果が、結局自分で他人を遠ざけていたということに。
それまでの自分を否定するわけじゃない。
桂木春香という人間を守るのは、結局春香自身しか居ない。だから、怖いモノから逃げることも、そんな自分から逃げることも、他人から嫌がられることを逃げることも、今までの春香自身を守るために必要だったこと。
自分を守るために逃げることを選んだし望んだ。
自分を守るために人と距離を取ることを選んだし望んだ。
それは間違いじゃない。
でも一方で、独りぼっちは寂しいから、人と関わりたいと望むのもまた春香の偽りない気持ちだった。だから、居ないように扱われても腫れ物扱いにされても嫌だと思いながらも学校に通った。そうしないと人と関われなくなってしまいそうだったから。人と距離を取りたいくせに人と関わることをやめたくなかった。
そんな矛盾した複雑な気持ちもまた、春香の心の声で。だから春香は今度こそ、と勢い込んで大学進学と同時に上京した。今度こそ、人と関わりたいと思ったから。
上京しなくても、もっと近くで勉強出来る大学はあった。上京したのは、心機一転ということ、春香を知っている人が居ないだろうことで。そして多分、少しだけ両親に甘える自分を客観視したくて。だから東京を進学先に選んだ。その中でも今の大学にしたのは、吟味に吟味を重ねて、自分が勉強したい分野で詳しい教授が居るのが今の大学だったから。
まだ一ヶ月しか通ってないから、今の選択が正しいのか、自分でも分からない。それはこれから四年を経て卒業するときに分かることだと思う。
でも少なくとも、上京したから神功皇后に出会えたのは確かで。もしかしたら此処、山口県に居ても出会ったかもしれない。でもそんなのは分からない。あの時あの場所に居たから出会ったことが、事実なだけ。
そうしてゴールデンウィークのたった数日なのに、神功皇后に出会い、行動したこのとっても濃い数日間は、春香に知識を与え、考えに変化を齎し、人に怯えるだけじゃない強さを引っ張ってきた。
「神功皇后、あなたと出会ったことが、私の岐路であることは間違いないと思います。あなたと出会ったことは、私の見直し旅です。次のあなたの見直し旅を快く送り出せそうです」
神功皇后に、春香は伝える。
神功皇后が次に共に行動する相手が誰であってもその時が来たら、ちゃんとお別れをして送り出そうと思っていた。
だから相手がワコであっても、その気持ちは変わらない。
『ふむ。そなたと共に過ごした日々は、短いが楽しいものであったぞ』
春香の別れの言葉を鷹揚に聞き入れた神功皇后は、ふふふと楽しげな声を上げて笑った。
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