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弐拾漆

 二人が帰ってからどっと疲れが出た春香。


「春香、お出かけの話だけど、今日はやめておきましょうか」


 母が片付けをしながら声を掛けて来るのに、春香は頷くだけで終わる。返事をする気力も無いほどに疲労を感じていた。

 自分を疎ましく思っていた相手と会話をしたから、という疲れなのかも分からないが、心も身体も酷く倦怠感が起きている。


「お母さん、お茶、飲みたい」


「じゃあ居間にいらっしゃいな。香川のおじさんからもらった和紅茶があるから」


 母の軽やかな声に誘われて客間をノロノロと出た春香は、十歩も歩かずにダイニングを通ってリビング、つまり居間のソファーにトスっと身体を放り投げるように座った。

 兎に角只管に心も身体も疲れているのだ。喋ることも億劫な程に。だから、目の前で浮かんでいる神功皇后の顔がちょっと険しいものになっているのを確認出来ても、そのことを尋ねる余力も無い。

 自分を疎んでいた人ときちんと話す、というのは、思えばこれが初めてだったかもしれない、と春香は思う。自分では怒ることもせず、泣くこともせず、冷静に話すことを心がけていたつもり。でも、冷静でいなくちゃ、と思うこと自体が、自分に負担をかけているんだ、と今になって分かる。


「お疲れ様」


 母の労りの言葉と共に置かれたティーカップ。

 海外から入って来る茶葉と同じく紅茶色をしている和紅茶。綺麗な色は、先程までのやりとりで疲れた春香の心を癒すような色合いをしている。


 渋みが少なくてやさしい味わいが特徴的な和紅茶は、カフェインの量が海外紅茶より少ないのだ、と母から以前聞いたことがある。きっと誰かの受け売りだろう。

 香川のおじさんからもらったということは、高瀬茶で作る和紅茶ということか、と春香は一口啜る。

 子どもの頃は紅茶はあまり好きでは無かった。渋みがあるというのもそうだったけれど、砂糖を入れたミルクティーもレモンティーも、子どもの春香にとっては、大人の味に思えた。コーヒーは尚のことだったけれど。

 和紅茶を作り出した時から和紅茶の茶葉も送られてきたけれど、春香は忌避感があった。両親から試しに飲んでみて、と言われて飲んでみたとき、優しくて渋みのあまりない紅茶を初めて美味しい、と思った。それからは毎年和紅茶の茶葉を送ってきてくれている。


 砂糖もミルクもレモンも入れていないけれど、ホッと息をつけるその和紅茶をゆっくり飲んで、全身に染み渡るような心地で心が温まった。


「美味しい」


「それは良かったわ」


 心配しているはずの両親は、でも春香が何も言わないので問うこともせず黙って側に居てくれる。そんな両親の気遣いが当たり前ではないのだ。その気遣いが欲しくても手に入れられない人もいる。

 それをユキと話していて改めて実感した。だがユキには妹がいる。これから関係が変わっていく、はず。変わらなくてもそこまでは春香の知ったことではないけれど。

 無言で一杯を飲み切った春香は、自室に戻る旨を両親に伝える。背後から相変わらず難しい顔をした神功皇后がついて来るのを確認して、部屋に入った。


「ずっと難しい顔をされてますね」


 どう切り出せばいいか分からなくて、春香は取り敢えず気になっていることを口にする。神功皇后は、うむ、と一つ頷いてから話し出した。


『少々難しいの。あの女性は』


 そこでまた口を閉じて、少し何かを考える神功皇后は、どう言えばいいのか悩んでいるのかもしれない。春香も急かすことなく黙って待つ。


『そなた、明日郷里の地である此処を離れる、と申していたの』


 話題が変わり、春香は目を瞬かせたが、はい、と頷いた。


『ふむ。時間が無いのぅ。あの女性にもう一度会う方が良いかと思ったが。まぁ関わらなくても問題無いとは思うし、自力で頑張れとしか言えぬしなぁ。うむ、気にせんことよな』


 一人で納得している神功皇后を見て、春香は何とも言えない顔になる。何しろ話が見えないので、相槌すら打てない。ユキにもう一度会う方が良い、と神功皇后は言っていたが、でも何かしら手助けは出来ないような言い方で。そして結論が出たようなので、春香は口を出すことが出来ず困惑する。だが黙っているわけにもいかないので、尋ねることにした。


「あの、神功皇后、あの女性のことは」


『忘れると良い。あれはそなたにどうにか出来るものではない。女性自身でどうにかするしかないのじゃ』


 スッパリ答える神功皇后は、でも、とまごつく春香の気持ちに気づいたように大きくため息をついた。

 そんな呆れ半分の表情を浮かべても美しく見えるなんて、美女は得だよね、と春香は羨ましくなった。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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