拾肆
『あれは拙いの』
女性の姿を見るなり神功皇后が呟いた。
どういうことか春香が尋ねるより早く、その女性と春香の周囲が先程の青空や角島の青い海が消えたように暗くなる。
えっ
春香が焦って周りを見れば、春香から五歩も離れてないところに居たはずの両親の姿が、無い。
見えているのは先程の女性と宙に浮かぶ神功皇后。
コレは、と春香は思い当たる。
神功皇后と出会った時の、あのいつもと雰囲気の違った景色と同じだ、と。景色の色が暗くなっても見えている景色は変わらない。ただ、人が居ない景色。
あの時と違うのは、春香が一人なのではなく、目の前に同い年くらいの女性が居る、ということ。
神功皇后の説明によれば、人より見える範囲が広い。チャンネルの多い春香が、見えないモノを見る寸前、ということでは無かったか。
では、目の前の女性も春香と同じく見えないモノが見えるという結論で合っているだろうか。
神功皇后に尋ねるよりも先に、光が、春香が彼女と出会った時に見たよりも遥かに眩い光が、一帯を照らす。
灯すのではなく、照らす。
そんな表現が当て嵌まる眩い光。
春香が最初に見た時は、喩えて言うなら真っ暗闇に街灯が灯ったような、ランプが灯ったような光だったのに対し、今のは真っ暗闇に強い太陽の光が照らし出されたようなものだった。
その眩い光が消えたあと、ややしてから両親が見えて他にも色が戻り、観光客なのかたくさんの人が角島の方から歩いて来たり歩いて行ったりするのが視界に入ってきた。
そこで春香は気づいた。
両親の姿だけでなくたくさんの人が周りに居たというのに、春香と同い年くらいの女性のみが視界に入っていなかったことに。
一体これはどういうことなのだろう。
考える春香の視界には、倒れる女性が見えたので慌てて両親と駆け寄る。意識が無いようなので救急車を呼ぶべきか、と考えた矢先に「お姉ちゃん」という声が聞こえてきたのでそちらを見ると、高校生か中学生くらいの女の子が駆け寄って来た。
「すみません、お姉ちゃんが急に倒れたのが見えて走って来ました」
息を乱した少女に頷き、救急車を呼ぶか確認しようとしたところで、女性が意識を取り戻す。母が抱きかかえていたけれど、女性にゆっくりと話しかければ状況を掴めたようで、ゆっくりと身体を起こす。
礼を述べて頭を下げた女性が、妹らしき少女に声をかけられてそちらへ視線を向けた横顔に、春香は、ふと思い出したくない記憶が戻って来るような、冷や汗が背中を伝い手が冷えて震えるような感覚に陥る。
それは、女性が自分の知っている人、ということなのだろうか、と考えるより先に。
女性が立ち上がって改めて頭を下げて礼を述べて立ち去ったので、今はその感覚を追うことをやめて、母が気をつけて帰ってね、と声をかけるのを黙って見守った。
それから春香は不意に宙をチラリと見た。
神功皇后が少し疲弊したような顔をしているのが気になったから。
『妾のことは後で良い。大丈夫じゃ』
そう言った神功皇后。もう一度神功皇后神社に足を運ぶことを両親に提案して、ゆっくりと神社へともう一度足を向けた。
「もう一度、ということは何かあったのかしら」
母に尋ねられて春香はどう説明しようか迷う。自分と神功皇后との出会いを両親に話してあったので、先程の出来事を話しても大丈夫だとは思うが、自分のことではなく、先程の女性のことだし、実は春香としても良く分かっていない。
チラリと神功皇后を見れば、まだ疲弊した顔をしているので、少し考えてから見たことだけを口にした。
「なんか、神功皇后が女性を見て、あれは拙い、と口にした直後に眩い光が照らし出されたの。それで女性は倒れたし、神功皇后はすごく疲れた顔をしている」
春香の説明を理解出来たのかどうか、両親は神妙な顔をしつつ、神社へと黙々と足を運んだ。
先程参拝したけれど、何度参拝しても良いだろう、と三人で参拝する。その間、神功皇后は拝殿に寄りかかるように身体を預けたように見えた。直後、その姿が消える。なんとなく、だけれど、春香は拝殿の中に入って行ったのだろうな、と思い、その姿が再び見えるようになるまで待つことにした。
「少し、待っててもらってもいいかな」
両親に確認すれば快く頷く。
先程参拝した時も今も、美祢市の神功皇后神社の時と同じように、静謐で厳かな気持ちになる神社の空間。ただ無言で三人はその場に居る。
体感時間としては、先程の参拝はあっという間に神功皇后は元気になったように思ったが、今回は長く掛かっているように思う。多分、昨日のうちに美祢市の神功皇后神社に行っていた分だけ違うのかもしれないな、と春香はなんとなく思う。その考えが合っているのか違うのか、そこは大切なことじゃなく、ただ神功皇后が早く元気になってくれれば良いな、と祈るように待つ。
参拝姿で祈るように待っていると、宙からのんびりとした声が聞こえてきた。
『待たせたの』
疲弊した顔はどこへやら、穏やかな顔をした神功皇后が宙に浮いているのを見て、春香はようやく安堵の息を吐いた。
その春香の姿で、両親も察したのだろう。来た道をまたゆっくりと歩んで神功皇后神社から帰る。
春香も神功皇后に色々と尋ねたいけれど、取り敢えずはお腹が空いたので予定通り、海鮮料理を食べることにしよう、と両親に提案する。
海鮮料理を食べ終えたら、角島プリンを自分たちの土産に買って帰宅することにして。
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