帰京
足利幕府と守護の関係は中途半端なものだ。平安時代に比べれば緩やかなだが、鎌倉時代に比べれば厳格な主従関係である。
また、足利幕府との関係によっても従属度合が変わってくる。例えば足利尊氏の盟友赤松一族であれば都に呼び出されてものらりくらりと出立を遅らすことができるが、尊氏に歯向かった上杉家であれば「ワン」と言ってまっしぐらに駆けつけなければならない。
さらに、当然のことではあるが、守護本人より幕府に出向している守護の弟や陪臣は幕府の力が及びやすい。幕府に出向していなければ、陪臣とはすなわち守護の一部なので幕府は直接命令をしてこないが、出向しているなら陪臣兼直臣となる。主人に守ってもらえず、幕府にもないがしろにされる辛い身分の完成である。
ここで貞世の事を思い出してみよう。彼は尊氏に歯向かった今川家の当主の跡継ぎの弟にして、侍所に出向している謀反人疑いである。
下手すると足軽以下の立場であった。
※
数か月ぶりの京の都は、活気に満ち満ちていた。寂れた賀名生御所や、食事の半分が柑橘類の紀伊の国と大違いである。
げし、と脚を蹴られた。
見ると、楠木がふくっれつらで佇んでいた。貞世がやればさぞ悲惨であろう表情でも、彼は愛嬌を伴ってみせるのだから流石である。
美男は得だな
「なんだよ」
「呆けたように突っ立てないで歩け」
どうやら邪魔していたようである。が、どうも怒りの原因はそこではないようだ。
ふむ
「ああ、都に圧倒されているのか」
蹴られた
「圧倒されてなどいない」
「ふーん?」
折角なのでからかおうとしたところ、はたかれる。
どうにも野蛮である。
「若、遊んでいませんと、疾く進みませ。」
「ん。」
都で出迎えてくれた今川の家臣の言葉で我に返る。そうだ、急がねば。
※
謀反人細川清氏が死んだらしい、という噂が出回ってしばらくして、幕府は追討令を解除した。
追討令とは幕府が傘下の守護・領主・寺院らに協力を呼び掛けるものだ。この時代、領主は網の目のようにつながっているので、敵になったが最後滅ぼしますでは混乱が生じる。なのでほどほどの所で幕府がお許しを出し、傘下の連中は謀反人となった領主達との付き合いを再開するのだ。
また、今回のように広域で戦が展開された場合、各地に散らばった傘下の武士を撤収させる意味合いもある。上で停戦したのに命令が届かずドンパチを続け、まとまったものが破談する、といった事例を無くすためである。
貞世も追討令解除を知って帰還の支度を進めていたのだが、楠木が付いていくと言い出した。今回かっぱらった財物の換金や、敵情視察、在京の南朝勢力と交流するのが目的らしい。
楠木と一緒に入京したら幕府に殺されそうなので、活動するのは別れてから、と約束して今に至る。
「お前、京の都に来た事あるんじゃなかったのか?」
「は?」
中心部に向かいながらだべる。以前、そんな話をしたような気がした。
「来た事なんてないぞ。」
気のせいだったらしい。
「ないの?」
「ない。俺はこれでも楠木の棟梁、万が一があってはことだからな。」
そりゃそうか
貞世は納得しつつ、首を傾げる。たしかにそんな話をした気がするのだが。
「若様、若様。」
楠木の配下が楠木に声を掛ける。二人そろって名称が「若」なので、ややこしいったらない。
「今川殿がおっしゃっているのは、以前都の噂話を告げたからでは?」
「ん?そうなのか?」
噂話?・・・そうかも
「そうだ」
頷く。物事は堂々とするのが一番である。
「京都の味方はよく文をくれるからな。情報は常に入ってくるのだ。」
心なしか自慢げに楠木は言った。散々に打ち破られてなお、協力する仲間を誇っているのかもしれない。
南朝は存外結束が固いというのが、ここ数か月で最大の発見だ。
どんなに小さな領主でも、南朝は密に連絡をとりあっている。劣勢がゆえかもしれないが、なかなか侮れない。
思案にふけっていると、今川の家臣が足早に駆け寄ってきた。
「若、今しがた先ぶれを出しました。御所につき次第すぐに通される手筈となっております。何卒ご無礼のないように。」
「ああ。」
貞世はこくりと頷いた。
山城の国に入った辺りで今川の者に接触された。旗を掲げていたから道中噂になっていたのだという。で、労いの言葉もなにもなく、「御屋形様の手回しにより謀反の疑いが解けるはずです。いの一番に御所で将軍様に謁見なさってください。」と言われた。
一族の直系が牢に入れられて、親父殿もさぞ苦労したことだろう。その心労を偲んで、俺は言う通りにすることにした。
正直都に来る気は二度となかったのだが、あのまま紀伊の国にいても清氏討伐軍に行き掛けの駄賃とばかりに滅ぼされかねないので泣く泣く帰京した次第である。
なのでまあ、気持ちは重い。どうせめっちゃ遠くから頭下げて、「ご温情に感謝しろ」とか言われて、帰りの廊下で足ひっかけられた挙句に嫌味を言われるのだ。
やる気出ねえなあ。サボっちゃおうかなぁ。
とか思っているうちに御所についてしまった。「従者殿はこちらで」と楠木が引き留められている。高圧的な衛兵の態度に、楠木の堪忍袋を心配したが、どうでもよさそうな態度だった。あとで落ち合う場所を告げて別れる。
ぎいぎいと音を立てて、正門の閂が外された。




