謁見
「侍所寄人、今川次郎貞世殿!入られますっ!」
案内の武士が声を張り上げる。
今川邸が何個か入りそうなこの建物の中で、最大級に大きな部屋の襖がゆっくりと開かれた。
目線は前にしつつ、敷居を踏まないように注意する。
部屋に入ると、ごわごわとした麻の服を纏ったむさいおっさんたちが列座していた。
ぎろり、と視線が向けられる。とりあえず睨み返す。
なるべくゆったりと歩きながら、貞世は部屋の中心に座った。
額をこすりつけるほどに平伏する。
「今川次郎貞世。帰参仕りました。」
喉が枯れんばかりに声を出す。上座に聞こえないと、「聞かせたくないとは不遜な輩。二心ありに相違なし。」とか言われて捕まる。
「おう。お疲れさん。」
義詮が鷹揚に頷いた。
「紀伊の国はどうだった?」
「はっ。お歴々のご活躍により、こちらまで謀反人の一党が流れてくることはございませんでした。万一に備え、紀伊の国の反乱分子を誅滅した次第です。」
うんうん、と義詮が頷く。なんだか知らないが好意的な雰囲気だ。
「上様っ!!!よろしいかっっ!!!!!」
ぜんぜん気のせいだった。
突然の大音量に貞世は身体を振るわせる。平伏しているので誰の声かわからない。
「うん。」
「ではっ、失礼仕るっ!」
どすどすとした音が近づいてくる。貞世の真横に来た。
「今川、面を上げていいぞ。」
と、義詮は言うが、貞世としてはこのまま平伏していたい。だが、今のは許可ではなく命令である。恐る恐る顔を上げると、右目から顎にかけて太い刀傷のある武将が貞世をねめつけていた。
ちびりそうである。
貞世の知っている刀はそんなに太くないのだが、いったい何でどう切られたらそんな傷跡になるのだろう。
「おい今川の小僧。」
呼び掛けられた以上答える義務がある。貞世は身体は前に向けたまま顔を右横に向けた。なお、身体ごとずらすと「上様に背を向けるとは不遜な輩。二心ありに相違なし。」とかなんとか言われて捕まる。
「はっ。」
「貴様に幾つか問う事がある。誠意を持って答えよ。」
「ははっ。」
「ひとつ、貴様はなぜ謀反人に同調したのか。」
そこで言葉が区切られる。武将の顔を見ると、にらまれた。答えろ、ということらしい。
謀反人。土牢に入れられたときもそうだが、なぜ謀反人と言われるのか。拷問吏が言っていたのはたしか・・・なんだったかな。意味不明な論理だったのは覚えているのだが。
「お答えいたします。それがしは決して謀反人細川清氏になびいたことはございません。」
答えるや否や殴られた。拳である。グーである。ぐらっときたがこらえる。
「誠意を持てと言ったであろう!上様っ、こやつ反省の色が見えませぬ!それがしが素っ首たたっ切って見せましょうぞ。」
「まあ待て則祐。も少し話を聞こうではないか。」
義詮の言葉で武将は手にかけた柄を手放した。
先ほどから謎の冷や汗が止まらない。則祐と言われても誰か知らないが、そんなことはどうでもいい。やっていないことをやっていないと証明するために、どうするべきだろうか。
「おい。申せ。」
ぐい、と髪を引っ張られ、ぶちぶちと音が鳴る。
「い、まがわが足利家に歯向かうことはございませぬ。そも、細川公には先の戦で不遇な目に合わされました。どうして合力することがありましょうかっ。」
「たわけっ。証拠が挙がっておるのだっ!」
は?
証拠も何も、やっていないものはやっていない。
とりあえずアッパーをかまそうとしたが体勢が悪く、躱される。カウンターの拳を避けてクロスカウンターをきめた。
武将がよろめく。
「いいがかりも甚だしいっ。そこまでおっしゃるからには見せてもらいましょうぞっ。さあっ!」
ぼだぼだと血がこぼれていくのを感じる。しゃべりながら口の中の血が泡立った。
「お、のれっ!!!」
「則祐。」
義詮が止める。
「先に殴ったのは主だろう。いいから主の言う証拠とやらを見せてやれ。」
「むっ。」
武将は立ち止まると、列座の将に目をやった。
「上様に言上せいっ。」
武将の呼びかけに応じ、一人の男が立ち上がった。
得意満面なその顔を見て、貞世は頷いた。
立ち上っていた血の気が引いていくのを感じた。
「ではっ、恐れながらこの斯波藤右衛門めが上様に言上仕りまするっ。」
腰に手をやる。武器は携帯していない。
「そこな小僧は、大罪人細川清氏と密な連絡をとっておりました。それが証拠に若狭での追討命令、今津平野での戦において幕府軍の内より謀反人に利する行いを繰り返し、大和の国、紀伊の国では南朝方に与するなど、あからさまな行動をとっております。これぞ動かぬ証拠と言えましょうっ。」
場がどよめく。
武将が貞世を見やった。
「どうだ小僧。申し開きはあるか。」
貞世は穏やかな笑みを浮かべる。
「ございます。」
てくてくと歩く。中年の男の小鼻が膨らんでいるのが見えた。
前々から、顔の造形に対して鼻の穴が小さいと思っていたのだ。鼻ごとちぎれば穴は広がるし、締まりのない顔も多少箔がつくだろう。
右手を突き出そうとしたところ、後ろから押し倒された。
「ええ加減にせいっ!!」
武将が大喝し、貞世の顔を床に叩きつける。
貞世は顔を上げた。
「てめえっ!!!いい加減にしろやっっっ!!!!」
場の音が消えるのを感じた。
「ねちねちねちねちねちねちとっ!男ならサシでこいよっ!!ええっ!!家の力を借りねえと喧嘩もできねえのかっ!!!おいっっっ!!!」
武将が再び顔を叩きつける。中年の男がいやらしく顔を歪めた。
「ふんっ。謀反人め。見苦しいぞ。上様っ、ご裁断をっ。」
視界は畳しか映らない。
「・・・ん-。喧嘩とはなんの話だ?」
「へ?い、いやいや、この者のでまかせでございます。」
「おい宗重。」
「はっ。斯波藤右衛門と今川次郎貞世の間で、今津平野の直前に諍いがあったようで、その後もたびたび衝突している様子が目撃されております。」
「ほう。」
「斯波藤右衛門が大槻城攻めを打診したこともござましたな。」
「あー、あったな。」
「その後紀伊の国出兵となりましたが。」
「うん。」
ふむふむ、と義詮の頷く声が聞こえる。耳には入るが、貞世の頭には入らなかった。どのようにしてこの男を縊り殺そうか。この拘束は解けるだろうか。
貞世の怒りをよそに、列座の将はどよめく。色々と述べていたが、謀反の証拠は今のところ斯波の言葉のみだ。私怨があったのでは信頼性が疑わしくなる。
諸将は濡れ衣を恐れていた。なにせこの場にも少なくない数の旧直義派《今川と同じ立場》がおり、細川派閥の家も少なくない。
《《ただでさえ粛清を恐れる必要がある》》のに、濡れ衣があっては自分たちの身も危うい。
確たる証拠がないなら、断罪するのはやめてほしかった。
「し、しかしっ。この者が南朝方と通じているのは揺るがぬ証拠でございますっ。そ、そうでしょう秋月殿っ。京極殿っ。」
「む、そうであるな。」
「はい。それは調べがついております。少なくとも紀伊の国にて、南朝方に与して戦っていたとのこと。」
それみたことか、と中年男がつぶやく。
武将が貞世の顔を持ち上げた。
視界が赤黒くにじんでいた。
「申し開きはあるか。」
「ございます。」
「ふんっ。聞くまでもございませぬ。」
武将は斯波を無視した。
「上様。」
「うん。言わせろ。」
「はっ。・・・おい。」
武将が頬をはたいた。意識が戻ってくる。
「南朝方と戦を共にしたのは、ひとえに上様の命を重んじたがゆえでございますっ!!!滅びかけの南朝を過度に気にするよりかは、尊氏公のように、その力を用いて上様の権威を知らしめんと考えたがゆえのことでありますっ!!!」
力を振り絞る。血でおぼれそうになり、激しくせき込んだ。
「ふむ。」
遠くから声がした。
ざかざかと義詮が近づいてくる。武将がかしこまって座を正した。
「おい今川。」
「はっ。」
じろり、と覗き込まれる。
「兄貴と俺なら、どっちとる?」
・・・?
兄貴?義詮公の兄か?自分の兄か?
どちらにせよ選択肢はない。ここで他の択はありえない。
「むろん上様でございます。」
かすれる声で絞り出すように音を発する。
「じゃあ親父と俺なら?」
幾人かの将が息をのむのが聞こえた。則祐と呼ばれた武将も冷や汗を流している。
義詮公が貞世を見つめた。貞世は義詮公を見つめた。
「・・・場合に」
「場合に?」
「場合によります。」
・・・
「そうだな。」
義詮がくるりと背を向けた。
「おい、今川を治療してやれ。それから屋敷に向かわせた兵も解散させろ。」
「は、ははっ。」
宗重と呼ばれていた武将が頭を下げた。
「ああ。」
思い出したかのように義詮が振り返る。
「則祐、二つ目は?」
「・・・いえ、ございませぬ。」
「そうか。」
「お、お待ちください上様っ。実はそれがし、動かぬ証拠を持っているのでございますっ。う、上様っ。」
斯波藤右衛門の声を無視して、ざかざかと音を立てながら義詮が出ていった。
※
貞世が尊氏討死を知ったのは、その日の夜のことであった。
☆
14歳なので、感情に忠実に生きています。
☆
赤松則祐 赤松円心の息子、赤松範資の弟。豪勇で知られる。




