謀反の終わり
お湯をすすっていると、とたとたと音がした。
「ただいま。」
「ああ。」
襖を引いた楠木を見上げると、貞世は立ち上がった。
「白湯飲むか?」
「飲む。」
ずずず
ふう
「で?首尾は?」
「ああ。上々だ。」
「そりゃあよかった。」
貞世が湯飲みを置く。
「ひと段落だな。」
「ああ。」
楠木が笑みを浮かべた。
※
高野山の僧侶と会見してから、南の領主達と戦った。
根来寺に挨拶もいった。
漁夫の利を狙う小土豪たちとも鍔競り合った。
勝って負けてを繰り返し、結局どうなったのかよくわからないまま停戦した。
いつの間にか、木々が色づく季節になっていた。
※
貞世が胡坐をかきながら湯飲みを傾ける。
ずずず
「高野山との約束もこれで果たした。お坊様は大層喜んでたよ。」
言いながら、当然だろうと頷く。
自分たちは汗ひとつかかずに、邪魔な領主は消え、権威は高まったのだ。
礼の一つや二つ、のしつけてくるに違いなかった。
「こちらも笠田の領主を打ち取った。お前たちの仕事も終わりだ。」
「やっとか。」
頷くと、楠木は気まずげに身体を揺すった。
「ひと月の取り決めが随分と間延びしてしまったな。」
「ん?」
貞世が顎に手をやる。被害は大して出ていないが、たしかに長いこと手助けした。
「そうだな。」
「ああ。」
・・・
幕府に命を解かれるまで紀伊の国にいなくてはいけないので、迷惑どころか安全地帯を提供してもらって助かっているのだが、真正直に話すようでは乱世の武将はつとまらない。
「いずれ合力を頼むかもしれないな。」
楠木が貞世の目を見る。
「そのときは頼む。」
「いや、どうだろう。」
貞世が口を尖らせた。
「そこは頷いておけよ。」
「私は楠木の棟梁だ。勝手な約定を交わしてみなを死地に追いやるわけにはいかぬ。」
「・・・まあ、そうか。」
会話が途切れる。
足音が聞こえた。ほっと溜息を吐く。
「失礼いたします。」
楠木家の用人が入ってきた。ゆったりと頭を下げる。
「幕府軍が河内より撤兵いたしました。恐らくは鎮圧が完了したものかと。」
※
そもそも、京都で平和に暮らしていた貞世が紀伊の国の山奥にいるのは、細川清氏の反乱が原因だった。
細川家、ではなく細川清氏、の反乱なのだが、今は良い。
こいつが突然とちくるったせいで、謀反を疑われ、守役は殺され、貞世は北に南に奔走するはめになった。
全部清氏が悪いのである。その元凶が、多分死んだらしい、という。
「そうか。」
「存外早いな。」
感慨もあるかと思ったが、考えすぎだった。
そもそも清氏謀反なんて無理筋なのである。連動する仲間が出れば別だろうが、幕府内から離反者は出ず、足利直冬一派は北陸と中国筋に押し込まれている。南朝は紀伊の山奥で活動するのがせいぜいだ。
目に見えた結果だった。
「なんで謀反なんかしたのかね。」
「さあ。私が知るわけないだろう。」
独り言を拾った楠木が、訝し気に貞世を見る。
たしかに、とつぶやいて貞世は用人を見た。
「ほかに情報は集まっているのか?」
「は。幕府方は相当な被害を出したようです。」
「被害?」
楠木が眉を顰める。
「後背を突かれたのか?」
「いえ、子細はつかめませんが、恐らくは河内や摂津を落とす際に無理攻めしたとのことで。」
「無理攻め?」
ずっとだまっていたが楠木の客人がおずおずと手を挙げた。
「あ、あの。」
「なんだ。」
「細川清氏は偽朝有数の大大名ですよね。幕府方に被害が出るのも当然では?」
偽朝?ああ、北朝のことか。
貞世が軽く眉を顰める。楠木は気づかずに腕を組んだ。
「細川は一枚岩じゃない。此度も清氏の甥や叔父や従兄などが同調せず行動している。領内に反乱分子を抱えながら幕府と向き合うなんて無茶だからな。幕府は包囲を狭めればよかったんだ。滅亡を恐れた細川が清氏を殺すまでな。」
「はあ。」
そうなのですね、とあまり納得いってない風に客人は頷いた。まあ、彼は千草家の一員だからな。貴族には内紛とか縁遠い話かもしれん。
・・・いや、そんなことなくないか?
「長忠殿。」
「はい?」
「千草の家はともかく、宮廷内では御家騒動など日常茶飯事では?」
貞世が聞くと、千草長忠は気分を害したように顔をしかめた。
「わが千草家は、父忠顕以来武をもって帝にお仕えしてまいりました。弱足どものことなど知りませぬ。」
「忠顕殿は義絶されているものな。」
楠木が口を挟むと、長忠は胸を張った。彼にとって義絶は誇らしいことのようだ。忠義の証明とでも思っているのだろうか。
ともあれ、まずいことを言ったと貞世は頭を下げた。
「ご無礼仕った。」
「ぅ、む。はい。」
戸惑い気味に長忠が応じる。楠木が再び茶々を入れた。
用人が焦れたように続きをしゃべりだす。
「ともかく、戦は終わったようです。」
「ん、まあ、こちらもすべて片付いたからな。特に問題はない。」
「うん。」
貞世が頷くと、楠木は身体を揺らした。




