表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今川了俊物語(時代考証なし)  作者: 山根丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/40

高野山

 古ぼけた門が鎮座していた。


「・・・拍子抜けだな。」


「・・・ええ、羅生門のほうがはるかに立派です。」


 日本有数の名刹にしては、あまりにも質素な大門をくぐり、貞世は高野山に入った。


 ※


 高野山は宗教的権威であり、その山は聖域だ。


 同時に世俗への興味が薄いため、軍事的脅威はさほどでもなかった。


 和議を請うべきという意見で一致した楠木・今川連合軍は、主力を笠田領の防衛に残し、高野山にやってきていた。


 事前に使者を送っていたおかげか、名前と所属を言っただけでするすると案内されていき、高野山の大門手前まであっという間についた。


「で?」


 やたら長い階段を登りながら、貞世は問いかけた。


 禿頭に矢傷が目立つ、楠木軍の副官が顔を上げる。


「楠木が入山しない理由はなんだ?」


 副官は何も言わず頭を下げた。


 貞世は顔をしかめる。


 高野山との交渉をしにやってきた。だのに当事者である楠木は来ず、援軍(という扱い)である貞世が代表者として山を登っているのである。


 まさか山がきついなんて理由じゃあるまいな。


 もしそうだったらどうしてくれようか、とメラメラとした怒りを灯したが、すぐに霧散した。


 会った時に比べれば打ち解けたとはいえ、それでも随所に真面目さが残るあの青年が、そんな理由で来ないわけがない。


 責任を背負う者特有の雰囲気。ならば万が一を起こさぬよう行動するはずだ。


 己の父のように。


 そこまで考えて首を傾げた。


 ではなぜ来ないのだろうか。


 気まずい沈黙と、登る足音だけがあたりに響く。


 案内役の僧侶が立ち止まり、道の脇に逸れた。


 階段はまだ続いているが、人影が下りてきているのが見えた。


「頭上から失礼いたします。皆様、蓮華定院へようこそおいでくださいました。」


 萌黄色の衣を纏った僧侶が、深々と頭を下げた。


 ※


 目の前に座る僧侶は、いかにも穏やかそうに見えた。


 にこにこと笑みを浮かべ、


 油断は禁物だ。交渉事にはこういう奴の他にもう一人いるのが定番だ。


 |背丈6尺の毛むくじゃら《バッドコップ》を恐れてきょろきょろとしていると、穏やかな僧侶(グッドコップ)が口を開いた。


「遠路はるばるお越しくださいまして、誠にありがとうございます。戦乱打ち続くなか、信心を忘れぬその赤心を、御仏はきっと見ておられます。」


 貞世はにこやかに会釈したが、同時に不安も覚えた。


 交渉事で来たのだが、この僧侶は参拝に来たと勘違いしてはいないか?


 身じろきをするが、異変を感じ取った様子もなく、僧侶は続けた。


「今川様には多大なご支援を賜っているとか、駿河の民もさぞ心安らかなことでしょうな。」


 よくわからないがとりあえず頷く。


「特に御嫡男の範氏様とは懇意にさせていただいているそうで、慶寿寺に代わりまして感謝申し上げます。」


 思いがけず範氏《兄》の名前が飛び出し、険しくなる顔をなんとか抑える。


 同時に、かすかな驚きを覚えた。


 慶寿寺とは駿河にある真言宗《高野山》の寺だ。その縁でこの僧侶は温かく迎えてくれているのだろう。


 なるほど。


 ・・・あいつ、何を考えているんだ?


 貞世は内心で首を傾げる。今川家当主であり、範氏と貞世の父である範国は曹洞宗の信徒だ。伯父た墓も曹洞宗の寺にある。


 いくら嫡男とはいえ、勝手に宗派替えをするつもりか?


 ・・・やめよう。


 ここで考えることじゃない。


 貞世は疑念を振り払うと、笑顔で応じた。


「弘法大師様のお教えは、私のような非才の身にはわからぬことも多いですが、それでも感銘を受けております。いずれは高野山に、と思うていたのですが、これほど早く機会を得ることができるとは。」


「これも御仏の導きでしょう。」


 和やかな雰囲気が、かえって背筋を凍らせる。


 生まれてこのかた、人にやさしくされた経験の薄い貞世は、善意を生身で受け取れない。


 何をたくらんでいるのか、と穿った目で見ていた。


「さて。」


 僧侶がちらりと、貞世の後ろに座る楠木の副官に目を向けた。


「此度は和議のお話とお伺いしております。」


「ええ、これ以上血を流すのは、忍びないことです。」


「素晴らしいお考えです。我ら高野山としましても、無益な殺生は望むところではございませぬ。」


「それでは。」


「が、そうは問屋が卸さぬのが俗世でございます。我らも兵を使わざるを得ない側面がございまして。」


「と、申されますと?」


 僧侶が、はあ、とため息を吐いた。


 いかにも物憂げな、溜息である。


「かつらぎ南部や、野迫領の領主がたびたび我らの信徒を襲っておりましてな、その対応を迫られているのです。」


 かつらぎとは北の笠田領と南の花園領を有する一帯の地名。野迫領はその東である。


 ちらり、と僧侶がこちらを伺った。何を言わんとしているのか、貞世にもわかった。


 冗談ではない、と貞世は顔をしかめる。


 やっと笠田領周辺の勢力と和を結んだというのに、花園や野迫にまで進出しては、また泥沼の戦になる。だいたい、楠木の本領はもっと北なんだ。そんなに間延びしてどうする。


「そのようなことになっていたとは。」


「ええ。」


 考えをおくびにも出さず、貞世は胸を叩いた。


「お任せくだされ、我らが各領主を鎮めてみせましょう。」


「おお!」


 僧侶が顔を上げる。なんて白々しい。


「講和の際は、《《御山のお力》》をお借りしたい。」


 僧侶はにっこりと笑った。


「ええ、微力なれど信心を思い出して頂けるよう、励みまする。」


 貞世は頷く。土豪の講和の場も、講和の相手も高野山だ。


「それと。」


「はい?」


 貞世はやや言いづらそうに肩を揺する。


「日を経ずに盆がやってきますな。先祖を供養したいのですが、菩提寺はここから遠く、間に合わんでしょう。願わくば御山の盂蘭盆会に参加し、《《我らの先祖》》を供養したいのですが・・・」


 僧侶は満面の笑みで頷いた。


「おお!それは良い。御先祖様もさぞお喜びになることでしょう!」


 貞世は感激した振りをしてペコペコと頭を下げた。


 交渉のカードとしては充分だろう。


 周辺のまつろわぬ土豪をしばき、高野山に服属させる。盂蘭盆会に名門武家の名前を載せることで高野山の権威を高める。


 和議の材料としては大盤振る舞いがすぎる。


 だが、まあ、これで当分は関係が崩れないだろう。


 貞世は平身低頭のまま、蓮華定院を後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ