紀伊国小土豪
戦は圧勝だった。
いや、戦ですらなかった。
楠木の領地の南側に領土を持つ笠田家という土豪は、高野山や根来寺や周辺土豪と小競り合いを繰り返しており、本城はもぬけのからだった。楠木兵200、今川兵200、その他南朝方の兵100の計500名は、切り結ぶことなく笠田領を制圧した。
その後が大変だった。
まず旧笠田領主が取り返しにきた。次に高野山の僧兵も来た。根来寺に味方する土豪や、関係ないけど漁夫の利を狙う周辺領主や、細川派の土豪や北朝の土豪や・・・
笠田領というちっぽけな領土をとった途端、蜂の巣をつっついたような・・・比喩表現ではなく実際に棒を突っ込んで掻き回した時のように、どんどん敵が来るのである。
幸い本格的な戦になることはなかったが、ひたすらに野山を駆けずり回って今川兵はくたくたである。
楠木兵は本領近くということもあってか比較的消耗が少なかったが、それでもけっこうつらそうだった。
「和議を結ぼう。」
「ああ。」
楠木の言葉に貞世は頷いた。一か月は笠田領でシャトルランをしている。いい加減辟易としていた。
「で?どことだ?」
「全部だ。」
「全部?」
貞世は目を丸めた。てっきりこの四面楚歌の状態を打破するために、いくつかの敵と講和するのだと思っていた。
「噂には聞いていたが、紀伊国は混沌としている。」
「そうだな。」
「あらゆる勢力が入り乱れ、かつ協調しない。ひとつと戦っているはずなのに、気づけばみっつになっていたりする。」
「そうだな。」
「しかもあいつら、あいつら同士でも小競り合いしている。」
「ああ。」
「こんなところでいつまでもやっていられるか。お前たちがいるうちに、和平を結んでおきたい。」
「そうだな。」
貞世は相槌を打った。
「しかし和平か。別に負けてるわけでもないが、勝ってるわけでもないからな、こっちから申し出ると足元みられそうだな。」
「ああ。そこは考えてある。」
「おお。」
楠木が自信満々に頷いた。
貞世はその姿に安心した。
短い付き合いだが、彼は裏表の少なめな人物だ。
できると言うからには、信じよう。
※
「で?どうします?」
「い、いや、しかしな。」
「しかしぃ?」
貞世は無表情で禿頭の後ろ姿を眺めていた。
「なあ、御宅の兵どんだけいるぅ?50?100?うちの兵数教えたろうかぁ?ほかに敵がいるなかで、兵を失ったら大変だろうなぁ?」
「そ、それはそちらも・・・」
「こちらぁ!?こちらは無事だよ。失ったら取り返せばいい。元々奪った土地だからさぁ!?」
謎のイントネーションと強弱をつけて、あばた面の禿頭が恫喝している。
「違う。交渉だ。」
・・・あばた面の禿頭が交渉している。
イスに座って縮こまるおっさんの目の前の机に脚を置き、そのまま覗き込むようにおっさんの顔をにらみつけている。
貞世と楠木は、三歩ほど後ろで起立していた。
「なあ、そんなに難しい話かなぁ?こっちは襲わない。そっちも襲わない。それだけ!御宅もうちも、他の敵に集中できる!こんな素敵な話あるか?」
「そ、そちらと違って、うちが一か所のみと対立なんてした日には、危険視されて潰される・・・」
「それはそっちの都合じゃんか。大体戦おうとするから問題なんじゃないの?」
「たっ戦わなければ仲間の輪から外されてしまう。孤立した小土豪の末路なんて決まり切っている。」
「そうなの?大変だねえ。」
禿頭はさも寄り添っているかのように肩に手を置く。
「じゃあ、うちと仲良くする?」
「へ?」
「うちが攻められたらそっちを助ける。そっちが攻められたらうちを助ける。仲良しって素敵だねえ。」
「そっそんな!?」
中年がとんでもないと首を振る。
「根来はともかく、楠木の領土がどれだけ広いか、知らないはずないだろう。和泉や河内に兵を送ることなんてできないっ。」
絞り出すように言った中年の顔を、禿頭が鷲掴みにした。
「・・・あのさあ。」
低い声。
「あれはだめ、これはだめって、ガキじゃないんだからさあ。わかるよね?そんなわがまま通らないのよ。」
「ひっ。」
「・・・どっちがいい?」
「ひぃっ。」
※
「いやーよかったよかった。」
「良かったですねえ。」
禿頭の男と今川兵が談笑している。
「おかげさまで無事に和平を結べましたよ。」
「なあに、仏門に帰依した身として、無駄な争いは見過ごせんよ。」
「さすがは根来寺のお坊様、徳が高いですなあ。」
わっはっは
和やかな雰囲気で禿頭の男に酒を注ぐ。
「おっと、すまんな。」
「ええ、ささ、ぐいっといってくださいな。」
「うむ。高野山の連中を真似るわけではないが、般若湯は百薬の長であるからな。」
「そうですとも。あ、そうだ。」
今川兵がわざとらしく声を上げ、懐から大きな袋を取り出す。
「こちら、些少ですが、御足代です。」
「おお、かたじけない。」
禿頭は笑顔で受け取ると、二度三度手を上下に動かし、破顔した。
「拙僧らも人間ゆえな、ここにくるまでにいくらか費えがかかっておった。さすがは天下に名高い楠木殿、気配りも見事よな。」
「いえいえ、とんでもない。」
あはははは
その後も酒宴は続き、一週回って空が白ばんで来た頃、禿頭は笑顔で帰っていった。
「・・・とんだ生臭坊主だったな。」
「・・・まあ、おかげで助かった。」
楠木が溜息をつく。複雑に絡み合う敵対勢力と一対一で交渉するのは無理があった。渡りをつけるまでが大変だし、向こうの面子もあるから対面の仕方も場所も大変だし、交渉中に襲われるかもしれないし、それ以外にもあれやらこれやら・・・
そこで楠木が提案したのが、紀伊国北部にけっこうな影響力を誇る根来寺による仲介である。根来寺の傘下ではないものの付き合いのある勢力は多い。高野山はどちらかというと全国に散らばる真言宗の総本山の意味合いが強く、襲われないため守りを固める必要がないことから周辺勢力との関わりも薄い。せいぜい小競り合いに配下の僧兵を参加させる程度だ。どうせ本山を襲う輩なんていないので、寺社領を守る理由も収入維持とかそんなもんだ。全国に檀家を抱える高野山は収入維持など気にする必要はない。つまり高野山は格は高いが地元影響力は大したことがなかった。上層部は世俗に興味ないし。
その点根来寺は違う。
高野山の元僧侶がお山を飛び出して立ち上げたこの寺は、独立独歩を地で行った。
無視できない勢力にまで成長した後は、高野山の息のかかった土豪や、その学問・経済的価値を狙った周辺領主、他国勢力が根来寺を狙った。
これら外敵を跳ね返すべく、根来寺は強力な自警団を結成し、同時に周辺小土豪を返り討ちにしたり先制攻撃したり懐柔したりを繰り返した。
今や南朝ですら手出しを控える、立派な一大勢力である。
その権威の拡大や活用のため、彼らはサイドビジネスを展開している。
和議の仲介もその一つだ。
自分たちと敵対していた勢力すら顧客にするのだから、商魂たくましいというか仏心たくましいというか。
しかし楠木の言う通り、少なくない金を払いはしたものの、一時は四面楚歌だった周辺勢力との関係も、和議を結んだり向こうが諦めたりして、だいぶ改善してきた。
残るは一か所。
真言密教の総本山、高野山金剛峰寺と、その勢力。




