美童の領土
楠木正成は英雄である。
ここ100年ほどの英雄ランキングで、トップを争うほどの英雄である。
その正成の子供。
貞世は目を瞬かせた。
北朝にとっては南朝よりも楠木の方が危険だ。
南朝は勢力を失って久しいが、楠木の名声は衰えていない。
最終的に正成も正行も殺せたが、それだって圧倒的大軍による力攻めの結果だ。北朝はほろ苦い思いを抱えたまま、今日に至る。
軍神、楠木。その名は天に轟いている。
・・・・・
まあいいや。
「で、お前領土どこ?」
貞世は気を取り直して聞いた。楠木だろうが杉の木だろうが、こいつと協力して戦うことに変わりはないのだ。
名が高いだけ安全と思っておこう。
「・・・お前、やっぱりおかしいぞ。」
楠木は半眼で貞世をなじった。失礼な奴である。
「直冬様のときもそうだが、変だ。接し方云々以前に捉え方がおかしいんじゃないか?」
ぐちぐちと言ってくるが、どうにも非難の類ではなさそうだ。
貞世は首を傾げた。
「別に構わないだろう。それで領土はどこなんだ。」
楠木はため息をついた。話しても無駄だと考えたのかも知れない。
「泉佐野から岸和田の一帯だ。もっとも、岸和田の北は細川に掠め取られているがな。」
「泉佐野と岸和田。」
貞世は広げた地図を眺めた。
「・・・どれぐらいの距離だ?」
「大した距離じゃない。」
「そうか。」
貞世は頷いた。移動に時間がかかって、紀伊の国に辿り着く前に戦が終わってました、なんてことになったら目も当てられない。あとは楠木と貞世の距離感覚に大きな差がないことを祈るばかりだ。
「食糧や武具の調達はどうする?」
「五條の城下に用意がある。すでに向かっている楠木の兵と合流して、北上だ。」
「北上?」
貞世は地図を見た。楠木が「費用はつけとく」などと言っているが無視して見た。方角が狂っている地図なんて当たり前だが、それにしてもおかしい。貞世は南下してきたのだ。北上すれば京に着く。
「真っ直ぐ西に行けば高野山の領内だ。摩擦は避けたい。北に行けば南朝方の領主がいるから、そっちに迂回する。」
「なるほど。」
そういうことか。
「ああ。」
話がまとまったので、貞世は再び酒を飲もうと宴席に目を向けた。
酒も食い物も全て平らげてあった。
幸せそうに転がる今川兵を小突いて、その場はお開きとなった。
☆
今回は短めです。




