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今川了俊物語(時代考証なし)  作者: 山根丸


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37/40

君の名は

「えーでは、紀伊出兵の成功を祈願いたしまして、乾杯の挨拶とさせていただきます。」


「固いぞー!」「役人かー!」


「うるさいっ。」


 貞世が右手を高く掲げる。


「乾杯!」


「「「「乾杯!」」」」


 宴の始まりである。


 ※


 貞世が自席に戻ると、美童が気遣わし気に声をかけてきた。


「家臣との接し方とか、教えようか?」


「あー。」


 後ろの今川兵がびくりと反応したので、げんこつを落としておく。


「何するんすか!」


「野次るなよ!」


 えーだのおーだの喚く今川兵を小突いて、美童に向き合う。


「まあ、大丈夫だ。戦のときは言う事聞くし。」


「そうか?」


 まあそれならよい。


 美童はつぶやくと、杯を寄越した。


「ほら、飲め。」


「悪いな。」


 貞世が杯を見つめる。一般的な濁り酒と異なり、澄んだ色をしていた。


「貴重な清酒だ。それしかないぞ。」


「おお。」


 ぐい、と杯を傾ける。いい味だった。


 口々に文句を言う今川兵に美童が諭した。


「神事の酒だ。貴重だし、複数人が飲んでも意味がない。」


「意味がない?」


「将が加護を得るための酒なんだ。御霊よ見守り給えってな。」


「なるほど。」


 とりあえず文句をいう今川兵にはなみなみと濁り酒を注いでやった。


 喜んで一気飲みする勇者を讃えながら、美童に尋ねる。


「お前、帝になんて言って取り次いだ?」


「え?「憎っくき北朝の尖兵が我らのために血を流すそうです。お下知を。」って。」


「なんだそれ。」


 適当なこと言いやがって。いや、正確に言ってたら不許可だったかも。そうなるとファインプレーだったのか?


「・・・帝はなんて?」


「さあ?」


「は?」


「なにも言われてない。」


「そんな馬鹿な。」


 美童が訝し気に顔をしかめる。ほんとに何も言われてない。


「なんかこう、試すような絡まれ方しただろう?」


「試すような絡まれ方ぁ?」


 うーん。


「思い出せ。あの方はすべてに平等だ。全員におなじ姿勢で接する。」


「あー。なぜ味方するのか、みたいな話をされたな。」


「それで?」


「・・・いや、それだけだよ。帝も大した反応はなかったし。」


「・・・そうか。」


 美童が押し黙る。


「ところでお主、帝に大してもそんな言葉遣いだったのか?」


「え?」


「普通、帝の話をするときは言葉の節々に敬語を混ぜるだろう?」


「ああ!」


 感じた違和感はそれか。


「ああ?」


「お前に引っ張られただけだよ。」


 なるほど。何か変だと思ったが、そう言う事か。南朝方のくせに、こいつは言動に敬意感じない。「絡まれる」とか言ってるし。


 貞世が返すと、美童は顔をしかめた。多少の自覚はあるらしい。


「ま、まあ大丈夫だよ。特に何も言われなかったから。」


「あの方は不快に思ってもその場では無反応だ。後々仕返しなさる。」


「なんだそれ。」


 面倒な。


 ふう、と美童が溜息をついた。


「まあよい。」


 いいのか。


「それで?何を聞きたかったんだ?」


「ん?」


「私がどう取り次いだのか知りたい理由はなんだ?」


「ああ。」


 話の流れで忘れてた。


「帝が、「帰順」がどうとか「紀伊の掃討」がどうとか言ってたからな。どういう約束をしたことになっているのか確認しておきたかった。」


「ん。」


 美童が軽くうなずく。


「多少話は盛ったが、気にすることはない。南朝では約束破りが常識だ。」


「そうなの?」


「帰順すると言って帰順しない、帰順したけどすぐ裏切る。そんなことは日常茶飯事だからな。好きに動いていい。」


 ただ、耳障りが良い言葉を使ったんだよ。と美童が苦笑いした。


 南朝は大丈夫だろうか。


「しかし、私との約束は守ってもらうぞ?領土近くの豪族が五月蠅くてな。」


「領土ね。」


 つまり、南朝へ寄与する戦ではなく、美童を助ける戦というわけか。


 ふむ。


 別に問題ないな。


「わかった。」


「ああ。」


 美童が頷く。


「ところで、美童はどこに領土があるんだ?」


 貞世が尋ねると、美童は顔をしかめた。


 何が気に障ったのだろう。まさか目隠しをして戦場に連れていくつもりだったのか。


 数瞬の沈黙の後、美童は口を開いた。


「・・・お前、いい加減名前で呼べ。」


 ・・・なまえ。


 名前。


 そういえば、知らないな。


 貞世が黙りこくっていると、美童が焦れたように肩を揺すった。


「仮にも共に戦う相手に美童だの美青年だのと、まったく。」


「そうだな。」


「そうだろう?」


「その通りだ。」


「ああ。」


 沈黙


 貞世は悩んだ。もしやここまでの道中で名前を明かしていたのだろうか。そうすると今更聞くのは無礼にあたるのでは?いやしかし、聞いた覚えないし、というか今現在わからないし・・・


 よし。


「名前、教えてくれ。」


「は?」


 ※


 あの後まあまあ揉め、お互いが自己紹介をしていない事実に気づいた。


 嘘だろ、ひと月は一緒に行動してるぞ。


 宴も小休止状態にあり、両軍の兵士が固唾を飲んで見守っている。


「あー、駿河今川家当主、今川範国が次男、今川次郎貞世だ。」


 おおっ


 歓声と共に拍手が降り注いだ。何に対する拍手なんだよ。


 拍手が鳴りやむと、美童が居住まいを正した。


「楠木正犠だ。」


 ・・・え。


「楠木?」


「ああ。」


「赤坂城の楠木?」


「その子供だ。」


「・・・」


 わお。

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